第三十五話 首無しドラゴン
「では続きまして! 魔物素材の競りを開催いたします!」
手を振り上げ、高らかに宣言する司会者。
それに応じるように、会場の広場全体で拍手が巻き起こった。
賢者祭の大競りには様々なものが出品されるが、その中で最も高値がつくのが魔物素材である。
魔法学園と冒険者ギルドの競い合いなどの要素もあり、最も白熱する部門だ。
普段は澄ましている貴人たちも、ここぞとばかりに興奮した様子を見せる。
「百万!」
「二百万!」
「一気に五百だ!!」
大いに盛り上がる競り合い。
人々の怒号が飛び交い、金貨が舞う。
――こういう時こそ、きちんと警戒しておかないとな。
盛り上がるあまり、ついつい周囲をおろそかにしてしまいがちだ。
「ん?」
「どうかしたの?」
「あれ、アルバロス伯爵じゃないか?」
貴賓席の最前列。
そこに、どこか見覚えのある男が腰かけていた。
いつぞや、ギルドに乗り込んできたアルバロス伯爵である。
息子のジェイクそっくりのどこか高慢さを感じさせる顔は、未だに覚えている。
「そう言えばそうね。さっきまでいなかったはずだけど……」
「大競りが始まった時に、来たのかな」
「要注意」
そういうと、伯爵の監視を始めるネム。
ジェイクと深い因縁があるからだろうか、どうにも彼を怪しく思っているらしい。
マントを纏った背中に、厳しい視線を注ぐ。
「では次に参ります! エントリーナンバー十八番、オーガロードです!」
司会者の指がパチンと鳴った。
すぐさま屈強な男たちが、オーガロードを乗せた巨大な神輿を運んでくる。
おお、コイツはなかなか凄いな!
赤い巨体は、それを運ぶ男たちの五倍はあるだろうか。
額に角の生えた顔は厳めしく、見るからに強そうである。
「このオーガロードは、ラグーナ魔法学園の精鋭により討伐されました。見てください、この筋骨隆々とした肉体を! 魔法により最適の保存処理がされているため、未だに腐っておりません。このたくましい血肉は素晴らしい薬や武具の材料となることでしょう!」
司会者の言葉に、会場の空気がさらに沸き立つ。
おお、これが魔法学園側の用意した魔物か!
間違いなく、今回の大競りの目玉の一つだな。
「こちらは五百からのスタートです! 皆様、ふるってご参加ください!」
「八百! 八百万だ!」
「一千!!」
とうとう、この日初めての大台が出た。
しかも、値段はなおも上がり続けていく。
どうやら、会場にいる者たちはこのオーガロードが今日最大の獲物だと思っているらしい。
「二千! 二千が出ました! 他はいませんか、他は! では、落札です!」
「すごいですなぁ、さすがはナワニ商会の会頭」
「王都一と言われるだけのことはありますな」
ナワニ商会と言えば、大陸各地に支店を構える大商会である。
その会頭は資産家で有名で、貴族よりも金を持っているとすら言われている。
そんな大物までこの競りに参加していたとは、大したものだ。
「では次がいよいよ最後です! エントリーナンバー十九番! スカイドラゴンの変異種、ブラックドラゴン!」
「ドラゴン!?」
「それも、へ、変異種だと!?」
会場にいる者たちの眼の色が、にわかに変わった。
興奮を通り越して、狼狽した様子の者たちまでいる。
さすがはドラゴン、反応の大きさはオーガロードとは比較にならなかった。
いったいいくらの値が付くのだろう?
直接の出品者ではないが、討伐者としてはちょっと楽しみになってくる。
「こちらは冒険者ギルドの冒険者が討伐したものです! 見てください、この雄々しい翼を! 神々しいまでに輝く鱗を! ドラゴン素材の貴重性と価値は、今更言うまでもないでしょう!」
「素晴らしい! こんなものは初めてだ!」
「これは、何としてでも手に入れたいですぞ!」
「では皆さま、三千万からのスタートです! 破産しない程度に張り切ってください!」
枯れんばかりに声を張り上げる司会者。
だがその直後――。
「三億!」
「いっ!?」
「さ、三億!?」
いきなり飛び出した金額に、会場全体がどよめいた。
あまりの金額に驚いた人々は、すぐさま誰が言ったことなのか確認しようとする。
すると声の先には、悠然と手を挙げるアルバロス伯爵の姿があった。
さすがは王国貴族の中でも大物。
これだけの金額を動かしたというのに、眉一つ動かしていない。
「これは驚きです! 何といきなり三億が出ました! 他にいらっしゃいませんか? 他には?」
司会者が尋ねるものの、返事をする者はいなかった。
さすがに三億もの金をいきなり出されては、手が出せないらしい。
先ほどオーガロードを落札していたナワニ商会の会頭も、悔しげな顔をしている。
「ではこちら、落札決定です!」
「……うむ。そのドラゴン、さっそく確認しても良いかね? 落札を取り消すつもりはないが、私としても高い買い物なのでね」
「はい、もちろん構いません!」
何せ、三億もの大金を気前よく払ったVIPである。
司会者はすぐさま彼の元まで駆け寄ると、敬礼しながら壇上まで案内した。
こうしてドラゴンの前にたどり着いた伯爵は、その鱗を触りながら満足げにうなずく。
「ほう、これならばいい素材になるだろう」
「無論です。何に使っても、一級品でしょう」
「例えば……こうしてもかね?」
そういうと、伯爵は懐から赤黒い石のようなものを取り出した。
そしてそれを、ドラゴンの首の切断面へと押し付ける。
ぞわり。
何か、冷たいものが全身を駆け抜けた。
たまらなく嫌な予感がする。
虫の知らせとでも言うのだろう、身体中を何かが這いずり回っているような不快感がある。
「まずい、みんな逃げろ! 危険だ!!」
俺が叫ぶのにやや遅れて、ドラゴンの巨体がぐらりと揺らいだ。
そして――。
「立った!!」
首のないドラゴンが、ゆっくりと立ち上がった。




