第二十五話 姫とSランク
「いよいよですね……。ちょっと緊張してきました」
翌朝。
俺たちは南門の前で、姫様の到着を待っていた。
時刻はまもなく十の刻、そろそろ車列が見えてきてもいい頃である。
「あれかしら?」
「おおお、竜車ですね!」
やがて街道の向こうから、ノシノシと巨大なトカゲのようなものが歩いてきた。
――ランドドラゴン。
大地を駆ける亜竜の一種である。
その力は馬百頭にも匹敵するとされ、大型の車を引くのに用いられている。
ただし、維持費が恐ろしく高いので王族ぐらいしか使わないらしいが。
「大きい!」
「さすが姫様ねぇ……すごいわ」
「こんなの初めて見るな……」
ランドドラゴンが引っ張っていたのは、これまた大きな車であった。
二階建てのそれは、もはや車というよりは車輪がついた家というのがふさわしい。
これ作るのに、いったいいくらかかったんだ……?
小市民な俺は、まずそこが気になってしまった。
「ルフィーア姫様、ご到着!」
竜車を先導していた騎士の一人が、高らかに告げた。
門を守っていた守衛たちが、即座に綺麗な敬礼を決める。
俺たちもそれに合わせて、深く頭を下げた。
「そちらの者たちは?」
「は、はい! 姫様の護衛に加わることとなりました、冒険者です!」
少し緊張して、声をこわばらせつつも答える。
すると騎士は俺たち三人の顔を見て、ほほうと感心したようにうなずいた。
「君たちがか! 話は聞いているぞ、着いてきたまえ」
騎士に先導されて、竜車の後方へと回る。
いよいよ、姫様とご対面だな。
俺は背筋を正しながら、緊張のあまり唾を飲んだ。
そうしていると車後方の扉がゆっくりと開き、階段がせり出してくる。
「ほぅ……!」
やがて中から現れたのは、眼が冴えるほどの美少女であった。
豊かで鮮烈な色合いをした紅の髪。
それに負けないほどの意志の強さを感じさせる青い瞳。
ややキツイ印象を受けるものの、シャープな顎のラインも実に見事だ。
こりゃまぁ、王国一の美少女などと言えるわけだ。
「あなたたちが、これから護衛に加わる冒険者かしら?」
「はい、その通りです!」
「ふぅん……街を救った英雄と聞いていましたが、覇気がないですわね」
「は、はぁ……」
いきなりのダメだし。
隣に立つリーシャさんとネムの顔が、にわかに強張る。
「これなら、ガディウスの方がよっぽど強そうですわ」
「そりゃあ、俺と比べたら可哀そうだぜ」
姫様の後方から、野太い声が聞こえてきた。
やがて鎧を着た大柄な男が、酔っぱらったような足取りで外に出てくる。
なんだ、この人……?
態度もそうだが、その蛮族然とした格好はとても姫様の傍にいる者とは思えなかった。
俺は失礼を承知で、姫様に質問する。
「……そちらの方は?」
「Sランク冒険者のガディウスですわ」
「え? Sランク!?」
なんでそんな大物が、こんなところに!?
俺はびっくりして、思わず声を上げてしまった。
するとガディウスさんは、豪快に笑いながら言う。
「新人が大発生した魔物を倒したって言うからよ。姫さんの護衛ついでに来てみたってわけさ」
「もしかして、マスターが招集をかけた冒険者ってあなたのことだったの?」
「おうよ。もっとも、招集命令自体は解除されてっけどな」
そう言って、再び笑うガディウスさん。
見たところ、酔っぱらいのおじさんにしか見えないが……。
本当にこの人、強いんだろうか?
俺が少し疑っていると、リーシャさんがそっと耳打ちしてくる。
「酔いどれガディウスと言えば、Sランクの中でも武闘派として有名よ。何でも、酔拳とかいう東方の武術を使うとか?」
「スイケン? 酒に酔うんですか?」
「そう。何でも、酔っぱらうことで己の潜在能力を最大限に引き出す……のだとか」
なるほど、ただの酔っぱらいではないというわけか。
まぁ、本当にただのおじさんだったらSランクに何かなれるわけないんだけどさ。
「なぁ姫さん、ちょっくら持ち場を離れてもいいか?」
「構いませんわよ。けど、何をなさるつもり?」
「せっかくの機会だし、こいつと手合わせしてみたくてな。相手のことがわかってたほうが、護衛をするにも都合がいい」
そういうと、ニカっといい笑顔をするガディウスさん。
それを受けて、リーシャさんもまた好戦的な顔をする。
「いいじゃない! ノエルの力を見せてやりなさい!」
「そう言われても、相手はSランクですよ!?」
「相手に不足なし」
『うむ、主にはちょうどいいかのう』
戸惑う俺に対して、すっかり乗り気なリーシャさんたち。
こうなったら仕方ない、舐められっぱなしってのも癪だしな。
いっちょやってやるか!!
――〇●〇――
「な!?」
留置所に現れた父親に、ジェイクは驚きの声を上げた。
彼はすぐさま鉄格子に張り付くと、改めて男が自分の父親であるを確認する。
「ああ、父上! 来てくださったんですね……!」
「もちろんだ。お前が捕まったと聞いて、すぐに馬車を走らせたよ」
「父上、お願いです! 俺をここから出してください! 俺は何にも悪くない!」
必死の形相で無罪を訴えるジェイク。
その訴えを聞きながら、伯爵はうんうんと優しくうなずく。
「わかっている。じきに出してやるからな」
「本当ですか?」
「ああ、少し時間はかかるがな。待っていなさい」
「はい!」
鉄格子の間から手を差し入れ、伯爵はジェイクの身体を抱いた。
それにすっかり安心しきったジェイクは、心底ほっとしたような顔をする。
「では、またな。すぐに来るから」
そういうと、伯爵は足早にその場を後にした。
そうして騎士団の詰め所から出たところで、大きなため息をつく。
「参ったな……」
実のところ、伯爵にジェイクを救う手立てはほとんど残されていなかった。
数多くの冒険者や騎士はおろか、街の有力者たちまでジェイクのしたことを目撃しているのだ。
関係各所に根回しをしたところで、有罪を取り消すことは極めて難しい。
せいぜい、いくらか罪を軽くすることぐらいだろう。
「このままでは、五百年続いた家名に傷が……いや、傷では済まないかもしれんぞ……」
なおも思い悩む伯爵。
嫡男が投獄されたとあらば、家が受けるダメージは計り知れない。
息子への愛情もあるが、それ以上にそのことが気がかりだった。
すると――。
「何とかして差し上げましょうか、アルバロス伯爵」
「何者!?」
得体のしれぬ黒い影が、彼に語り掛けた。




