第九十話 聖女の子
ミーフィアの告白。
それは聖女とはとても思えぬものだった。
キルヴァの子を妊娠している、と。
それを聞き驚くエリム。
「聖女ともあろう者がそんなことを…!?」
「の、ノリンはしてなかったわ!私だけ…私だけよ!」
「禁じられていることをして何が聖女だ…」
「彼の本当の愛を受けられたのは」
「くッ…こんな…」
怒りからか、それとも呆れか。
あるいは両方か。
エリムは構えていた剣を下げた。
それと共にミーフィアのローブを剝ぎ取る。
「本当かどうかみせろ!」
「本当よ!ほら!」
聖女という都合上、どうしても露出の多い服などは着ることが無い。
それゆえわからなかったのだろう。
しかし改めてミーフィアの腹部を見るとわかる。
妊婦特有の腹部だ。
「…いつからだ?」
「半年以上前かしらね…ずっとローブを着てたから周りは気づかなかったわ」
聖女が妊娠している。
それを周囲に気付かれてはマズイ。
当然だ。
男と交わる行為は聖女として禁じられている。
このことを知っていたのはキルヴァとノリンだけだった。
しかしその二人は死んだ。
「ぼ、僕も知らなかった…」
ミーフィアの裸体を見たナグモもそれには気づかなかったらしい。
彼の場合は単なる知識不足だが。
「ど、どうする気よコロナ?私を殺したらこの子だって…」
「ぐッ…」
コロナは復讐の果てにノリンとキルヴァを殺した。
当然、ミーフィアも同じように始末しようと考えていた。
しかし、彼女が子を身籠っているのであれば話は変わってくる…
「殺せないよね、無関係のこの子を!」
「う、うぅ…」
「そ、そうよ!あなたはそういう人…は、はは…」
笑いを浮かべながら後ずさりするミーフィア。
キルヴァとミーフィア、二人の子ども。
当然それも復讐の対象、殺すべきだ。
そう思い込もうとするコロナだが、それができない。
思い込むことができなかった。
元来の甘い性格によるものか…
「パンコさん!コロナさん!」
「城は落としました!」
と、そこに革命軍の同志たちがやってきた。
その後ろにはマルク将軍と藩将リーヴィスが。
一時的に拘束されているものの、この二人は比較的市民寄りの思想の持ち主。
すぐに解放されるだろう。
しかし、ミーフィアは放っておくことも出来ない。
コロナは捕まえたミーフィアの身柄を彼らに渡した。
「頼む、コイツを連れて行ってくれ…」
「ミーフィアを!?しかし我らでは…」
「大丈夫、この私もついていくよ」
いくらミーフィアがダメージを負っているとはいえ、全力で抵抗されれば革命軍の一般兵士では持たない。
万が一の時のため、レービュが同行することにした。
そしてミーフィアの身柄は革命軍に引き渡された。
そして革命軍に捕縛された一部の貴族主義の王国軍の者達と共に牢獄に投獄された。
もちろんそのままでは魔法を使い逃亡する危険がある。
牢獄にある対魔法使い用の檻に入れられることになった…
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あの革命から数週間…
レイスとパンコは他の革命軍の仲間と共に国内の平定を進めている。
元々この国には彼らの考えに賛同する者も多かった。
それは民間だけでは無く、国の高官にもいた。
国の各地や国外から識者を集め、近代化を進めていくという。
シンバーとオリオンは革命の成功を祝っていた。
とはいえ、彼らにも仕事がある。
変わりゆく世に対応するため、新たな仕事を模索しているらしい。
そしてコロナたちは…
「ちッ…」
革命は成功した。
しかし、コロナの復讐は不完全なまま終わってしまった。
ノリンとキルヴァは死んだ。
自分をこんな目に合わせた国は打ち倒され、新たに生まれ変わりつつある。
しかし最後の最期でミーフィアを手にかけられなかった。
オリオンの用意した郊外の家。
コロナはそこで物思いにふけっていた。
「よおコロナ。聖女サマはどうするんだ?」
「…どうしようかな」
カケスギの言葉に対し、そう呟くコロナ。
このまま放っておけば、彼女は国によって裁かれるだろう。
革命の成功を示すため、かなり重い罪になるのは確実。
それをコロナはただ眺めているだけでいい。
しかし…
「なんかこう…もやもやっとするんだよ」
自分の手で復讐を果たしたい。
放っておけばミーフィアは裁かれる。
しかしコロナの手によって、ではない。
「あの聖女サマ、妊娠していたよな。その子どもってどうなるんだ?」
「さあ、どうなるんだろうな…」
「勇者サマと聖女サマの子か。肩書きだけなら最強だな」
「ミーフィアの子か…」
聖女という立場にありながら、ミーフィアは妊娠していた。
あの場で直接手を下せなかったのはそれが理由だった。
ミーフィアが国によって裁かれたら、その子はどうなるのか。
どこかの孤児院にでも入れられるのか…
罪人の子として一緒に殺されるのか…
それとも…
「ミーフィアとキルヴァの…」
自身の手で殺すべきなのか。
見逃すべきなのか。
どうすればいいのかわからない。
ふとカケスギに目をやる。
しかし…
「…」
自分で決めろ、とでも言うようなカケスギの眼光。
そうだ、これはあくまで『元・勇者パーティ』の問題。
部外者であるカケスギを巻き込むことはできない。
一方のカケスギは妙に気分がよさそうだ。
しかしいつものように酒を呑んでいるわけでも無い。
その理由は…
「ほらコロナ、昨日レイスの奴からもらったんだ」
「それは勇者の『聖剣』!?」
カケスギが持っていたもの。
それは聖剣だった。
初代勇者カーシュの剣。
コーツ、キルヴァと受け継がれてきた物だ。
革命の際はパンコが扇動の際に使用していた。
「新しい時代には不必要だとさ」
聖剣が残っていては、新たな時代を作る際に障害になる恐れがある。
革命の際に聖剣は失われた。
現存するのは模造品である。
ということにするらしい。
そして不必要になった聖剣をカケスギが譲り受けた、という訳だ。
「なあカケスギ、アンタが使うのかソレ?」
「いや、一応持っておこうと思ってな。コロナ、お前使うか?」
「いや、いいよ…」
そう答えるコロナ。
今更聖剣などもらっても何の意味も無い。
自身の剣さえあれば十分だ。
あの『王』との戦いの後、王城に放置されていた。
その後のことで頭がいっぱいになっていたのだ。
しかし後日シンバーが渡しに来てくれた。
彼には感謝の言葉しかない。
と、その時…
「ん?」
家に乾いた木を叩く音が軽く響いた。
家のドアを叩く者がいたのだ。
こんな場所に客とは珍しい。
そう思いながら、コロナが客を迎え入れた。
その客とは…
「どうも、お久しぶり」
「キミたちが革命を成功させたと聞いてとんできたんだ。まさか本当だとは…」
そう言いながら現れたのはとても見覚えのある初老の二人。
先代聖女のノート。
そして先代の勇者コーツだった。
「コーツさんにノートさん…」
「一度は城に行ったんだが、レイスという若者からこっちにいると聞いてね…」
「レイスか」
どうやらコーツとノートは一通りの話は聞いているらしい。
しかし何故コロナたちを訪ねてきたのか。
既に彼らは隠居した身。
革命に参加しようとしたら遅れてしまった、などという理由では無いだろう。
「けど一体なんで…」
「ああ、それなんだが…」
コーツとノート。
二人がこの地を訪れたのには当然理由があった。
それは…
「ミーフィアの…そして…」
「その子についてについて、よ」
「えッ…!?」
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