第三十八話 過激派シンバー・ホーンズ
王都での民衆の怒りは日に日に高まっていった。
表にこそまだ出ないものの、内に秘めた怒りは相当な物だ。
晒し首となった首は王城へと回収された。
もしかしたら偽物かもしれない、という僅かな望みをかけ調査も行われた。
しかし、その首は間違いなく本物だった。
「うぅ…キルヴァぁ…」
「キルヴァ様…」
その報告を聞き、王城のミーフィアの部屋で悲しむ二人。
キルヴァの恋人であった女騎士エリム。
そして聖女ミーフィアだ。
「鑑定魔法の結果、間違いないとのことです…」
「うぅ…」
勇者キルヴァ、彼の首は極秘に埋葬されるという。
表向きは偽物の首であり、『本物の勇者キルヴァ』は他国へと遠征している。
という話を流すらしい。
顔だけであり、死体と聖剣がその場になかったのが幸いした。
しかし…
「(それで騙しきれるの…?)」
ミーフィアは考えた。
聖剣と死体は確かに無い。
いや、死体があったとしてそれも偽物と無理矢理押し通すことはできる。
しかし聖剣は別だ。
聖剣はどこへ消えたのか。
もしそれもコロナが持っていたのだとしたら…
「(いや、聖剣は…)」
記憶の紐を手繰り寄せ、コロナと対面した時のことを思い出す。
あの時いたのは三人。
コロナ、カケスギ、そして弓使いの女。
そのいずれも聖剣は持っていなかった。
キルヴァの身体は川に流されていった。
川下にまだ聖剣はあるのか…?
それともすでに回収された…?
いや…?
「ミーフィア!」
「はッ!?な、なに?エリムさん」
「キルヴァの葬儀は国で極秘に行うそうだ」
「極秘で…」
先述の通り、勇者キルヴァは極秘に埋葬されるという。
あくまで『本物の勇者キルヴァ』は他国へと遠征しているという設定だ。
そのため、本来は国葬級の扱いだが今回は混乱を避けるためそれは取りやめとなった。
今回は国の僅かな関係者で葬儀を行う。
そして一連の事件が解決した後に、改めて国葬を行う。
国外で勇敢にたたかった勇者キルヴァは死んだ、という話を創り上げて。
「彼にこんな屈辱を味わわせた男コロナ!決して許さん!」
そう言ってミーフィアの部屋を後にするエリム。
上手くいけば彼女をコロナに差し向けられるかもしれない。
とはいえ、そのコロナの場所が分からないのだが…
「この先、コロナをどうするか…」
キルヴァを殺された恨み。
この腕の痛み。
そう言った感情論を抜きにし、一旦落ち着いて考える。
キルヴァの死から時間が経過した。
そのことで、改めてミーフィアは冷静に考えられるようになっていた。
「とりあえず、彼は確実に殺しておかないといけないわね」
これは大前提だ。
とりあえず彼を殺しておけば、これ以上の被害拡大は防げる。
ミーフィアの命を狙う物も消える。
彼女が付く嘘を暴く証拠もほとんど無くなる。
死んだ者に全ての責任を押し付ければそれでいい…
「コロナ抹殺に動く…?」
しかし自分で動くことはできない。
今のミーフィアが動けば、それだけで怪しまれる。
大将軍マルク、そして総将グフ。
ミーフィアを怪しんでいる者は多い。
だからこそ、エリムを手籠めにしてうまく使えればいいのだ。
しかし肝心のコロナの居場所がわからない。
「…しばらく、私は静観するとしましょうか」
これから何が起こるかわからない。
とりあえずは城の中にいれば安全だろう。
仮にコロナが来たとしても、この中に侵入はできないはずだ。
ミーフィアはしばらくは静観の位置に立つことにした。
城下町での民衆の騒ぎも気になるところだ。
一連の騒動に対し、しばらくは静かに立ち回る。
それを心掛けることにした。
「お願い…ウソがばれないで…もしバレたら私は…」
もしすべてが明かされたら自分はどうなってしまうのか。
考えるだけでも恐ろしい。
しかしもう止まることはできない。
嘘を全て突き通すしかない。
嘘で固めた泥船に乗るしかないのだ…
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しかし、ミーフィアの選択はある意味では間違いでは無かった。
今、城下町ではあの新部下とキルヴァの晒し首で大騒ぎとなっていた。
そして国に回収された首。
国側はその首を『悪質な偽物である』と発表した。
しかし、それを信じぬ者もいた。
「国のヤツらはあの首を回収した!アレが本物のキルヴァの首であると認めた証拠だ!」
城下町の広場で大声を上げ演説をする青年。
彼は過激派の革命家として名高い『シンバー・ホーンズ』という男。
策を考え動く革命家オリオンとは異なり、感情のままに動く行動派。
そのため彼の行動には怪我人、逮捕が付き物。
民衆の間でも危険視され、避けられているような男だ。
だが、今回だけは違った。
「アレが偽物の首だと言うのならば、そのまま放置してもよかったはずだ!回収したと言うことは本物ということだ!」
「な、なるほど…」
「偽物ならば回収せずに放置してもいいからな…」
「なあ、そうだろぉ!」
シンバーの理論はある意味では間違いでは無い。
だが、仮にあの首が偽物であろうとも国は回収しただろう。
残しておけば無駄な火種になりかねないし、単純に腐敗などすると不潔だからだ。
そもそも人の死体など放置しておく方がおかしい。
回収したから本物、という彼の理論は冷静に考えると滅茶苦茶だ。
しかしそんなことは無視し、シンバーは民衆に対し語りかける。
彼にそんな理論など必要ない。
その目的は人々を扇動する事だ。
「こんな舐めたことをしたヤツがあんな豪華な暮らしをしていて、お前たちは許せるのか!?」
「許せるわけないだろ!」
「そうだシンバー!俺たちはあんな奴らにいいように使われる道具じゃねェ!」
「そうだろう!?国の奴らはろくでもない奴らばかりだ!」
シンバーの扇動にのっていく人々。
過激な言葉とそれをさらに煽るパフォーマンス。
手に持ったトライデントを振り回し、その攻撃性と本気さをアピールする。
元々は古い漁業用の銛だった。
だが、それをシンバーが流用、加工をして製作した手製の武器だ。
彼が破壊工作を行うときにも使っていると言われている。
それらに広場の人々は同調していく。
「俺たちについて来い!みんな!民衆の怒りを国に思い知らせてやれ!」
「何をするんだ?」
「今度、この広場で大規模なデモを行う!国の奴らに俺たちの力を見せつけるんだ!」
シンバーはこれまでにも過激なデモ行為や国の施設の破壊行為などを行ってきた。
多くの人々はその行き過ぎた行為を非難していた。
しかし今となっては違う。
シンバーを支持する者がこの王都中…
いや、その周辺の集落からも集まってきている。
「この新聞によると、勇者キルヴァに殺された『かつての仲間の男』は俺たちと同じ地位の出身だと言う!国の奴らは俺たちを使い捨てのコマとしてしか見ていないんだ!」
投げ捨てた新聞。
それを手に持っていたトライデントでぶち抜くシンバー。
キルヴァの名が書かれた部分のみを丁寧に撃ち抜いてある。
そしてそのまま新聞を裂く。
「こんな横暴を許しておくわけにはいかない、そうだろう!?」
「おぉー!」
「そうだ!」
「いいぞシンバー!」
今回のシンバーの演説は突然行われたものでは無い。
新聞がばら撒かれてすぐに、ここで行うと各地に通達が言っていた。
国側もこの行為を知ってはいた。
今日ここで、シンバーの演説が行われる、と。
しかし国はこれを無視していた。
普段のシンバーは『危険な過激派』として国…
いや、民衆にも知られている。
「俺たち民衆を舐めた国に一泡吹かせてやろうぜ!」
普段のシンバーの演説は同じ過激派以外は基本素通りするような内容。
仮に道で演説を行っても誰も聞かないようなもの。
今回もそうなるだろう、国はそう考えていた。
しかしその考えは甘かった。
あの新聞は予想以上に反響を呼んでいた。
いや、呼びすぎていた。
「今こそ俺たちの力を見せつける時だ!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
「立ち上がれ!みんな!」
シンバーの言葉と共に民衆の怒りのボルテージはさらに上がっていく。
その引き金を引いたのはシンバー。
しかし彼に引き金を引かせたのはコロナの死を伝えるルーメの新聞。
そしてその新聞をかかせる原因となったのは紛れもない、勇者キルヴァとその一行なのだ。
この騒乱の行きつく先は…?
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