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覚醒の夜


 拝啓。

 親父とお袋へ。

 太平洋の公海から手紙を送ります。


「急がないと日が暮れるな」


 シークレット・アイランドはいつも通り。

 異世界と融合した孤島の街とだけあって、危険が盛りだくさん。

 四六時中、どこかしこに次元門ゲートが開いて魔物が出現するし。

 治安維持部隊の戦闘に異世界人や異形種が巻き込まれるなんてことは日常茶飯時。

 安全装置のないジェットコースターに乗っている気分がする毎日です。


「げっ、事故ってんじゃん」


 魔法学園ではうまくやっています。

 成績表はあまり良いとは言えませんが、まぁ大丈夫。

 きっちりと卒業して、魔術師としての箔をつけて、日本に帰ります。

 だから、心配の手紙を月に二十通も送るのは止めてください。


「結局、遠回りだよ。ちくしょー」


 なにはともあれ、俺は元気にやっています。

 無沙汰は無事の頼りだと思って、安心してください。

 足立剋人あだちこくとより。

 敬具。


「これでよし。さーて、手紙も出したし、バイトバイト」


 追伸。

 バイトを始めました。

 魔物の死体処理のバイトです。


「――あーあー、もう。こんなに汚しちまって」


 今日も今日とて、ゲートは開く。

 魔物の死体がそこら中に転がり、原形をとどめないものも多数みえる。

 治安維持部隊の連中は、派手に魔物と戦ったらしい。

 まったく。

 後処理をするこっちの身にも、なってほしいものだ。


「ほかの奴なら一日がかりだぞ」


 そう文句を言いつつ、袖をまくる。

 ほかの清掃員なら一日がかり。

 だが、俺の手に――能力に掛かれば、数時間で片が付く。


「さて、やりますか」


 捕食能力。

 生物の死体を捕食し、生命力に変換する異能。

 魔術師の家系に生まれた俺が持つ、固有能力だ。

 まぁ、対象が死体に限られている以上、使い道がひどく限られる代物だけれど。

 役に立つ場合といえば、今みたいに死体処理をするときくらい。

 あとは殺人の隠蔽くらいだろうか。

 穏やかじゃないな。


「さっさと終わらせちまおう」


 死体に触れて、捕食能力を発動する。

 それは手の平に吸い込まれるように、血の一滴まで消え失せる。

 取り込まれた死体はすぐさま生命力として身体に蓄えられた。

 デッキブラシも洗剤も水も必要なく、はやく片付く。

 俺にとっては天職のようなバイトだ。

 天職が死体処理というのも、いかがなものかとは思うけれど。


「――ん、おーい。剋人ー!」


 順調に死体を捕食していると、不意に名前を呼ばれて振り返る。


「よう。マルスか」


 視線の先にいたのは、学友のマルスだった。

 異世界人で髪の色は焔のような赤をしている。

 初対面の時は、その鮮やかさにびっくりしたものだ。


「なんでここに?」

「ちょっと通りかかったところ。バイトか?」

「あぁ、ここからあっちまで綺麗にしなくちゃいけないんだ」


 死体だらけのちょっとした地獄絵図を指さす。


「うへぇ、大変そうだな。量的にも、精神的にも」

「まぁ、慣れれば平気だ。食欲が失せるけどな」

「だろうな」


 バイトが終わった夜はなにも食べないことが多い。

 まぁ、それを見越してバイトまえに食い溜めをしているだけだけれど。

 吐き気は、慣れのお陰で滅多にない。


「あ、そうだ。剋人は知ってるか? 例の噂」

「噂? なにそれ」

「斬り裂き魔が出るって噂だよ。お前ん家の近所だぞ」

「へー、そんな噂が」


 斬り裂き魔か。

 まぁ、それくらいならよく耳にする話だ。

 近所というのが、気に掛かるけれど。

 そうそう出逢ったりはしないだろう。


「他人事みたいに言ってるけど、注意しとけよ。一応」

「あぁ、そうしとく。というか、いいのか? ここで油売ってて。どこかにいくんだろ? これから」

「ん? あぁ、そう言えばそうだった。悪いな、バイトの邪魔して」

「いや、いいよ。いい息抜きになった。じゃあな」

「あぁ、また明日な」


 手を振って人混みに消えていくマルスを見送り、俺は現場に振り返る。


「さて、続き続きっと」


 処理する死体の多さにうんざりするが、地道にこなして行こう。


「――これで最後っと」


 最後の死体を捕食し終え、綺麗になった現場を振り返る。

 そこには血の一滴も残っていない、元通りの街の風景が蘇っていた。


「よし、連絡を入れて」


 携帯端末で職場に連絡を入れる。

 報告も終わり、今日のバイトはこれで終了だ。


「さーて、終わった終わった」


 綺麗になった道路を渡り、帰路につく。

 髪色がカラフルな異世界人とすれ違い、図体のでかい異形種に道を譲り。

 アパートの付近にたどり着くころには、すでに太陽が地平線に沈んでいた。


「やっぱり日が暮れたなぁ……」


 そう透き通るような黒に染まる空を見上げて呟く。


「そう言えば……」


 ふと、空を見上げて思い出す。

 斬り裂き魔が、この近所に出没するという話を。


「……まさかな」


 そんな簡単に出逢ったりはしない。

 こんなことを気にしていたら、この街では暮らせない。

 いつだって危険に晒されるし、死と隣り合わせが日常なんだ。

 今更、斬り裂き魔くらいで怖がってはいられない。

 そう自分に言い聞かせるように思考しながら夜道を歩く。


「ほらな」


 気がつけばアパートの前だった。

 何事もなく、たどり着いた。

 そうそう出逢ったりはしない。


「なんだよ、マルスの奴。脅かしやがっ――」

「――アアァァァァアアアアアアアアッ」


 絹を引き裂いたかのような、甲高い声が響く。


「なん……だ、いまの声」


 人の悲鳴のようだった。

 助けを求めるような、自らの危機を誰かに知らせるような、そんな声音だった。


「ち、治安部隊に連絡を」


 携帯端末を取り出し、番号を押そうとしたところ。

 それを遮るような音が、またしても轟く。

 今度のそれは悲鳴などではない、大気を振るわせるような爆発音だった。

 どこか遠くで爆発が起こったみたいだ。


「なんなんだよ、いったい」


 とにかく、連絡を取ろうと短い番号を押して電話をかける。

 しかし、いつもなら直ぐ繋がるはずなのに、今回に限って繋がる様子がない。

 一定間隔の音が鳴り続けるだけで、治安維持部隊が受話器をとる気配がない。


「さっきの爆発の影響なのか? だとしたら」


 治安維持部隊が先の爆発で手一杯になっているとしたら。

 あの悲鳴を上げていた人を助けられるのは、俺しかいない。

 俺しか?

 冗談だろ。俺になにが出来るって言うんだ。

 それにあの悲鳴は断末魔の叫びかも知れない。

 すでに斬り裂き魔に殺されていたら、俺は死体を助けに向かうことになる。

 つい先ほどまで死体処理をしていた、この俺が。


「――くそっ」


 なんでだ。

 どうして、この足は家から遠ざかる。

 悲鳴がしたほうへと、近づいていく。

 俺になにかが出来ると思っているのか? 

 助けられるとでも?

 そう何度も何度も行動理由を自問する。

 けれど、それでも、この足は止まらない。

 まるで頭と身体が別の意思を持っているかのように。


「ァァァァァアアァ」


 悲鳴。

 また悲鳴が聞こえた。

 けれど、先ほどのものより、とてもか細い。

 いまにも事切れそうだ。

 歩みは早くなり、最後には駆け出していた。

 地面を蹴って角を曲がり、裏路地へと侵入する。

 そこから更に何度か曲がりながら奥深くへと入り込んだ。

 そして、悲鳴を上げていた誰かを発見する。

 正確には、誰かだったものを。


「あらぁ? 悲鳴に釣られて来ちゃったのかしら。坊や」


 斬り裂き魔がそこにいた。

 両手に剣を携えた、赤黒い肌の人型異形種。

 鋭い目でこちらを射抜き、口から凶悪な牙が覗く。

 手遅れだった。

 俺の行動は、なんの意味もない行為だった。

 すでに殺された後で、俺は自分の身を危険に晒しただけだった。


「くっそ!」


 一目散に逃げ出した。

 悲鳴を上げていた誰かがすでに死んでいたのなら、ここにいる理由はない。

 全力で、全速力で、この場から逃げなくては。

 俺はまだ死にたくない。


「鬼ごっこ? いいわね、大好きよ。そういうの」


 逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 どこでもいい。安全な場所へ。

 この路地を抜けて、人通りの多い場所へ。


「でも、残念。あなた、遅すぎるわ」


 一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。

 冷たい。

 背中が、腹が、冷たくなった。

 なぜだ、と疑問に思う暇もなく、今度は全身に激痛が駆け巡る。

 その段階になって、ようやく俺は気がついた。

 この冷たさは剣の冷たさなのだと。

 この痛みは、腹部を貫かれたからなのだと。


「アアアアアアアアァアァアァアァアァァアアアアア!?」


 痛みに耐えかね、身体は地に伏した。

 身体を貫いて空いた穴から、大量の血液が流れ出ていく。

 次々に減っていく。

 命の残量が。


「いい声で鳴くのね。いいわ、キミ。とてもいい」

「ぐっ……うぅ……」


 朦朧とする意識の中、全神経を患部へと集中させる。

 なんとしてでも生きる。

 ただそれだけを思い、身体の中に蓄えた生命力を傷口へと流し込む。

 生命力は生きるための力。

 患部に流し込めば、それは治癒力となって傷を塞ぐ。

 ここまで大きな怪我をしたことはないが、今は捕食をしたばかり。

 治すだけの生命力はあるはずだ。


「あら? あなた、傷が」


 傷は、治った。


「――喰らえッ」


 傷を癒やし、痛みをかき消し、反撃の魔術を放つ。

 それは弾けて光る、魔術の蛍。


「まぶしっ」


 殺傷能力は皆無だが、目つぶしには十二分。


「いまのうちにっ」


 目を、視界を奪っているうちに、遠くへ。

 もっと遠くへ逃れなければ。

 振り返ることもせず、俺は血だまりを蹴った。

 自分から流れ出た血を蹴って、前へと進んだ。

 逃げる。逃げる。

 どうかこれで逃がしてくれと、祈りながら。


「だから、言ったでしょうに」


 しかし、祈りは届かない。

 路地から、抜け出せない。


「遅すぎるって」


 それは空から振ってきた。

 鈍色に光る血濡れた剣を振り下ろし、俺の身体を斬りつけて着地する。

 悲鳴は、すでに言葉にはならないほど、ぐちゃぐちゃになっていた。


「傷は? まだ治る? 治るなら、治してちょうだい。私、まだ斬り足りないのよ。もっと、もっと、もっと、もっと、斬って、斬って、斬って、斬って、斬りまくりたいのよ」


 言われずとも、ありったけの生命力を傷に流し込んでいる。

 けれど、足りない。生命力が、圧倒的に。

 最初の傷を治した時点で、生命力は底をつきかけていた。

 なのに、これ以上の大怪我はもう治せない。

 案の定、治癒は途中で止まってしまう。

 傷を塞ぎきることすら、叶わずに。


「く、そ……」

「あら、もう治らないのね。残念。それじゃあ」


 斬り裂き魔は、剣を振り上げる。


「これでお終い」


 月光を受けた剣先が、振り下ろされる。

 しかし、その直後に、この目はしかと見た。

 斬り裂き魔の頭上にゲートが開くのを。


「――」


 ゲートから魔物が飛びだしてくる。

 爪と牙をもつ獣は、斬り裂き魔に剥き出しの殺意を向けた。

 このまま行けば、斬り裂き魔は食い殺される。

 しかし。


「無粋な真似しないでくれる?」


 魔物はその牙を突き立てることなく、斬り捨てられた。

 喉を引き裂かれ、断末魔の叫びすらあげることなく、命を散らす。

 死体は、どさりと地面に転がった。


「まったく、これだから知性のない魔物は」


 魔物は斬り裂き魔を殺せなかった。

 けれど、俺に生きるチャンスを運んできてくれた。


「あら? なに? まだなにかしようとしてるの?」


 身体を引きずり、這いずり、魔物の死体に手を伸ばす。


「いいわ。その足掻く姿、とっても素敵。うっとりしちゃいそう」


 俺は、どうしてあの時、駆けだしてしまったのだろう。

 大人しく家に帰っていれば、こんなことにはならなかったのに。

 どうして見ず知らずの誰かの悲鳴に、釣られてしまったのだろうか。

 頭では行くべきではないと、わかっていたはずなのに。


「……あぁ、そうか」


 思い出した。

 どうして俺が、悲鳴を聞き捨てられなかったのか。

 その原因は俺がまだ幼かった頃にあった。

 ずっと昔に諦めたはずなのに、心の片隅でまだ燻っていたのだ。

 俺は、まだ憧れていた。

 英雄ヒーローに。


「まだ……死ねない。死ねないんだ」


 この手は魔物に届く。

 捕食能力は発動し、その存在のすべてを吸い上げた。

 そして、俺は流れ込む生命力に融けるかのように意識を失った。



 ほんの僅かな一瞬、意識が途切れていたような気がする。


「終わった? なら、殺すわね」


 この胸に――心に空いた穴はなんだろう。

 さっきまではなかった感覚がする。

 この喪失感は、いったいなんだ?


「さようなら」


 鈍色の剣が振り下ろされる。

 迫る危機に対して、この心と体は敏感に反応した。

 魔術を持って得物を構築し、掴み取ったそれで脅威を払う。

 携えた刀は、振り下ろされた斬り裂き魔の剣を弾き返した。


「あら?」


 予想外の反撃に、斬り裂き魔は俺から距離をとる。

 好都合。

 俺はまだ塞がり切らない傷の痛みに耐えながら、立ち上がった。


「なに? いまの。まるで……」


 刀のきっさきを斬り裂き魔へと向ける。

 もう二度とあの鈍色の剣が、この身を裂かないように。


「くくくっ、面白いわ。あなたみたいな獲物は久々よ」


 斬り裂き魔は両手に剣を構え、嬉々として地面を蹴る。

 迫りくる脅威に、またしても心と身体は反応した。

 左右から繰り出される剣撃の乱舞。

 怒濤の連撃が、一分の隙もなく叩き込まれる。

 けれど、俺はそれを何故か、すべて捌き切っていた。

 自分でも戸惑いを憶えるほどに、身体は斬り裂き魔の攻撃に対応している。

 見ただけで剣撃の軌道が読める。予測がつく。それを阻める。

 そして、反撃すらも。

 鋏のように斬り払われた剣撃を躱し、返しの一刀を振るう。

 下方から掬い上げた刀身は、上空へと舞い上がった。


「――あはっ!」


 鋒は微かに斬り裂き魔へと届き、その皮膚を浅く斬り裂いた。


「いいわ。とっても。予想以上よ。なぜだ、どうしてだなんて、無粋なことは聞かないわ。だから」


 瞳をギラつかせ、口角をつり上げ、楽しそうに斬り裂き魔は笑う。


「楽しみましょう。殺し合いを」


 互いに距離を詰め、間合いに踏み込む。

 幾千の死線を編んだ剣撃の嵐。

 息をつく間隙も、瞬くいとまも、ありはしない。

 ただ剣を振るい、刀を振るう。

 稲妻のように、閃光のように。

 そして、決着のときはくる。

 狙い澄ました一刀が、鈍色の剣を断つ。


「――くっ」


 双剣の片割れを失い、それでも斬り裂き魔は残りの一振りを突き出した。

 だから、それすらも断ってみせる。

 二振りの刃は宙を舞い、それが地面に落ちるまえに決着はつく。

 踏み締めるように一歩、間合いを詰めて渾身の一刀を見舞う。

 刀身は斬り裂き魔の胴を引き裂いて馳せ、血濡れた刃を外気に晒す。

 いまこの瞬間、俺は斬り裂き魔の命を断った。


「――あは、さいっこう」


 鮮血を散らし、斬り裂き魔は倒れ伏す。

 月夜を見上げて。


「これ……よ、これだわ。私が、求めていた……闘争は」


 命の残滓を振り絞り、斬り裂き魔は月夜に手を伸ばす。


「ごめん、なさい……先に、いくわ。だって……満足、しちゃったもの」


 だらりと手は地に落ちた。

 残滓すらも使い果たし、斬り裂き魔はこの世を去った。

 とても満ち足りたように。


「……いったい、なんなんだ」


 喪失感が、心を支配する。

 足りない。なにかが決定的に足りていない。

 あの一瞬、意識のない間に、俺になにが起こった?

 わからない、なにも。


「この力は……なんだ」


 答えが返ってくるはずもなく。

 ただ呆然と月夜を見上げた。

 請うように。

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