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魔法学園


 剣で背中から腹部を貫かれても。

 謎めいた剣技を唐突に習得しても。

 人型の異形種を斬り殺しても。

 それは俺個人の変化であって、日常という大きな括りで見れば、世界はなにも変わっていない。

 誰かしらに遠慮することも、同情することも、慈悲を与えることもなく。

 日常はなに一つとして変わることなく、今日という一日をいつも通りに開始する。

 どれだけ壮絶で、機会で、凄絶なことがあろうとも、学校は休校になったりはしてくれなかった。


「――なぁ、ひょっとして昨日のこと引きずってんのか?」


 放課後。

 不意にそう話を振られて、どきりとした。

 その言葉を口にしたのは、マルス。

 当然ながら、昨日の夜のことは知らないはずだ。


「元気出せよ。そりゃ飯も喉に通らないだろうけど、今日一日ずっと顔色がよくないぜ?」

「な……んで?」

「なんでって、あの地獄絵図を全部、処理したんだろ? いくら慣れてるからって、そりゃ気分も悪くなるって。そんなことぐらい、俺でもわかるぜ」


 なんだ、バイトのことか。

 冷静に考えてみれば、それもそうか。

 マルスが昨日のことを、知っているはずがない。

 顔色が悪いのはたしかだろうけれど。

 その原因を、昨日のバイトのせいだと思うのは必然だ。

 あの月夜の出来事は、いまや俺以外に誰も知らない。

 俺以外は、全員、死んだのだから。


「どうした?」

「いや、なんでも。ありがとな」


 どうも昨日のことで頭がいっぱいになっているみたいだ。

 なにかにつけて、関連づけたがってしまう。

 今日一日はずっとそうだった。

 それに、この胸に穴が空いたような喪失感。

 まる一日経ってもなお、これは消えることがない。

 時間による解決は、望めそうにない。

 なんとかして取り戻さなくてはいけないんだ。

 そうすることでしか、この喪失感は埋められない。


「そっか。んー……あ、そうだ。これからちょっと遊びにいこうぜ」

「遊びに? まぁ、今日はバイトないけど」


 あっても休むけれど。


「そんな辛気くさい顔は、ぱーっと遊んで吹き飛ばすに限るだろ。な?」

「うーん」


 正直、そんな気分にはなれない。

 しかし、折角マルスが気を利かせて誘ってくれたことだしな。

 その気持ちは素直に嬉しい。

 それに案外、遊んでみれば頭を空っぽに出来るかも知れない。

 ほんの一時的なものでも。


「じゃあ、いくか。なんか奢ってくれよ」

「そう来なくっちゃ――って、奢り? まぁ、俺も金に余裕があるわけじゃあないから、一個だけな」


 話はまとまり、席を立つ。

 残っているのは俺たちだけのようで、教室は閑散としていた。


「じゃあ、歩きながら行き先でも――」


 考えよう。

 そう言おうとして、その言葉は遮られる。

 耳を覆いたくなるような、けたたましい警告音によって。


「アラートってことは、またゲートが開いたのか? まったく、これからって時に」

「今月でもう四回目だったっけ。まぁ、しようがないって割り切るしかないな」


 この警告音は、校内にゲートが開いたために鳴っている。

 ゲートの出現位置は予測がつかない上に神出鬼没。

 未然に防ぐことは現状、叶わない。

 俺たちに出来ることは、出現してから速やかに対処するくらい。

 そして、ゲートから出てくる魔物の相手は生徒会の役割だ。

 俺たちのような一般生徒は、避難場所である訓練場で大人しくしていることが対処にあたる。


「ほら、行こう。魔物が来ないうちに」

「だな。剋人、忘れ物は?」

「ない」


 最後の確認をして、急ぎ足で教室を出る。

 廊下に魔物の姿はない。

 ゲートが開いた場所は、どうやらここから遠いみたいだ。

 それでも油断して言い訳じゃあない。

 俺たちは周囲を警戒しつつ、廊下の突き当たりにある階段を下っていく。


「どれくらいで片が付くと思う?」

「そうだな……いつも通りなら二時間か三時間くらいじゃないか?」

「うへぇ。それもう遊びにいくって感じじゃなくなっちまうな」


 たしかに時間的にも、雰囲気的にも、気分的にも、しらけてしまう。


「じゃあ、遊びにいくのはまた今度ってことで。バイトのシフト、教えといてくれ」

「あぁ、わかり次第、すぐに連絡するよ」


 そんなやり取りをしながら、階段を駆け下りていく。

 そうして二階にまで下った、その時だった。


「――ん?」


 いま、たしかに。


「どうした? 剋人」

「いや、いま声がしたような気がして」


 自然と、足は止まっていた。


「声? ……もしかして、逃げ遅れか?」

「かも……知れない」


 ゲートの出現位置によっては、逃げられないということもあるだろう。

 教室や理科室と言った室内には、内側から術式で防御結界が張られている。

 しかし、それも気休め程度、ある程度の魔物の侵入しか防げない。

 もし運悪く、その魔物に出逢っていたら。

 そうでなくとも室内にゲートが開いていたら。

 その場にいた生徒は、危機に瀕しているかも知れない。


「すぐに生徒会を呼びに行こう」


 そう言いながら、マルスは階段を駆け下りる。


「あぁ、そうしてくれ」


 俺は、その場に止まったままだった。


「そうしてくれって、まさか助けにいくつもりか! 生徒会に任せとけよ!」

「生徒会が間に合う保証なんてない。俺がいま向かえば、その確率は高くなる」

「そう……だけど。なら、俺がっ」

「マルス。実技の授業じゃ、俺が十六勝、十五敗だっただろ?」


 それに俺には捕食能力がある。 

 多少の傷を負っても、俺は自力で治癒できる。

 まぁ、いまは生命力がスッカラカンだけれど。

 とにかく、そのことはマルスもよくわかっているはずだ。


「……わかった。無茶するなよ」

「あぁ」


 俺たちは同時に地面を蹴った。

 俺は廊下の先へ。マルスは一階へ。

 それぞれ舵を切り、目的のために行動を開始する。


「どこだ? どこにいる?」


 廊下を走り抜けながら、窓越しに教室の様子を探る。

 どの教室にも人気はなく、魔物の姿もない。

 微かに声が聞こえたということは、それだけ遠くにいるということ。

 それでも一つ一つを確認しながら、先を急いだ。


「――ゲート」


 廊下を駆けていると、前方に新しくゲートが開く。

 そこから飛びだしてきたのは、数匹の魔物たち。

 行く手を阻むように現れて、俺に牙を剥いた。


「起源武装」


 右手に魔力を集中させ、自らの得物を構築する。

 魔術師としての自らの起源。

 出自、生い立ち、環境、両親、交友関係。

 様々な要因によってそれは決定される。

 俺の場合は、一振りの刀だった。


「邪魔っ」


 迫りくる一番槍の魔物を、殴りつけるように斬り払う。

 刃は毛皮を引き裂いて、進路を切り開く。

 続く次鋒の魔物も胴を貫いて刺殺し、血を払うように死体を捨てる。

 かつてないほど、この身体は機敏に動いていた。

 どう動き、どう躱し、どう捌き、どう斬れば、相手が死ぬか。

 それが一瞬にして理解できる。

 かつての俺では逆立ちしても真似できない芸当が、意図もたやすく行われる。

 気がつけば、一度として足止めることなく、すべての魔物を斬り捨てていた。


「自分が、自分じゃないみたいだ」


 身に憶えのない剣技が、独りでに動いている。

 まるでほかの誰かが遠隔操作で俺を操っているみたいだ。


「いや、いまは考えるな」


 いまこの時に限っては、人命救助が最優先だ。

 ほかのことは、これが終わった後にでも悩めばいい。

 とにかく時間がない。

 もたもたしてたら、昨日の二の舞だ。

 手遅れになるのも、無駄足になるのも、助けられないのも、もう御免。

 今度こそ、必ず助ける。

 そのためなら得体の知れない剣技だろうと、利用してやる。

 いいだろ、そのくらい。

 なりたいんだよ、英雄ヒーローに。

 たとえそれが仮初めの力でも。

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