王妃様の日常6
「本当に、驚きました。あのようなお方と結婚だなんて」
頰を挟むように両手を当てて首をふりふりオルガが訴えてくる。私はずっと手付かずだったテーブルの上にあったクッキーに手を伸ばし口に放り込む。
うん、オレンジピューレの甘酸っぱさが絶妙。
水晶宮のパティシエいい仕事しているわ。
クッキーを堪能している間もオルガの愚痴は続く。
「背も見上げらように高くて、横の幅もお兄様が2人分くらいで・・・。眼光は鋭く目があった時は気を失うかと」
どうやらお見合いで初めて会った相手に、オルガは威圧されてしまったらしい。
それもしょうがない。普段貴族を警護しているものたちは、剣の腕は当然だがそれ以上に見目が良いものが多い。近衛騎士など特にその傾向が顕著だ。
女性受けしそうな細身で美しい優男が多い。
逆に戦の最前線で戦う、軍所属の騎士は厳つい。ムキムキマッチョで粗野な彼ら。その様な者と相見えることなど深窓の令嬢であるオルガにはないだろう。
文官の最高地位宰相の掌中の珠と評されるオルガの周りは、彼女の兄を筆頭に武力とは縁遠い者ばかりだ。
私もオルガと同じ条件ではあるけれど、王妃という立場上、式典などで彼らに見える機会が多いため、ここまでの拒否反応はない。
「最前線で国を守護する騎士様ですからね。むしろそれくらいでないと」
「分かってはいるのです、でも、でもぉ」
オルガも高位貴族の令嬢として、頭では分かってはいるのだろうけど、だからと心までは同意できないのでしょうね。
「元気をだして、私も少しお話しただけですけれど、素敵な方でしたよ」
「そう、ですか・・・」
ハンカチを握りしめて、うつむくオルガの肩を叩く。
「やはり、素敵な恋愛結婚なんて、お話の中だけですのね。現実はとても難しい」
「そうですわね、貴族、王族に生まれた宿命ですわね」
2人でため息をつく。
「でも、よいこともありましたのよ」
「よいこと?」
オルガは顔を上げるとふわりと笑う。
私はその言葉に首を傾げる。
「ええ、あまりにも私が落ち込んでたので、慰めのつもりか、兄がなんでも言うことをひとつ叶えてくださると約束してくれましたの」
「まあ、何をお願いしましたの?」
オルガは顔を近づけ小声でつげる。
「今度、仮面舞踏会に連れて行ってもらいますの」
か、か、
仮面舞踏会〜〜!!
仮面舞踏会とは。
その言葉通り、仮面を付けて参加する舞踏会だ。
ただ、仮面をつけるだけでなく仮装もしたりする。
普段開かれる夜会もそれなりに楽しいらしいけれど、楽しいだけでは終わらない。
貴族の社交場であるため、政治的なやり取りもあり気が抜けない。
けれど、仮面舞踏会は表向き誰が誰だかわからない。
完全な無礼講で、楽しむことを目的とした会だ。
少しくらい羽目を外してもみないふりをするのが暗黙のルール。
と、乙女小説には書いてあった。
3作品中1作品は仮面舞踏会シーンが出てくるほど、乙女小説にはかかせない行事だ。
身分を超えた恋の出会い。
隠された恋人との逢瀬。
いやだ、ヨダレ出そう。
乙女の憧れ仮面舞踏会に想いを馳せたが、我にかえる。
「でも、仮面舞踏会なんて、色々危ないのではなくて?」
小説と現実は違うことは、いくら大好きといえど分かっているつもりだ。
身分のはっきりしない者が集まる場所に公爵令嬢が行
っても大丈夫なのかしら。
心配になって、たずねるとオルガはにっこりと笑った。
「大丈夫ですわ。今回はあのロワール伯爵夫人主催の舞踏会ですのよ」
「ロワール、伯爵夫人ですか?」
誰だろう。
首を傾げた私にオルガが目を見張る。
「エレーナ・ロワール伯爵夫人ですわっ!王妃様ご存知ないのですか?!」
すごく、驚かれた。
「ごめんなさい、全く覚えが・・・」
え、何そんなに驚かれる事なの?
慌てて、会ったことがないか思い出そうとしたけれど、やっぱり思い出せない。
「ロワール伯爵夫人は『エトリア国の薔薇貴婦人』と称される貴婦人の中の貴婦人ですわ」
「薔薇貴婦人……」
すごいわ。
小説でもよく出てくる通り名だけれど、実在するとは思わなかった。
オルガの話によると、ロワール伯爵夫人は
最先端を行くエトリアのファッションリーダーだそうだ。
その微笑みで、どんな男性も虜にし、巧みな話術で女性信奉者を量産する。
彼女を夜会に招待し、賞賛を得れば最高の勲章、逆に中座されたら末代までの恥とされる。社交界イチの女性。
彼女の主催する夜会に招待される事は貴族界認められた事と同意義とのこと。
そんな女性がいたんだ。
その手の話は正直さっぱりだ。
「彼女の会ですもの。招待客は厳選されますわ。平民でも、豪商や王宮の官僚、学士のお身内などか参加できるそうですの」
「そうなのですか。では安心ですわね」
「はい!」
それって身分職業に関係なく、エトリアの中心人物が集まる会ということになるのかしら。
私はまだ、成人前で限られた式典にしか参加出来ない。
成人したとしても、貴族の夜会などに王妃は参加できないし、王宮で開かれる会で私が会うことが出来るのは上級貴族のみだ。
いくら才覚、財力があっても身分で隔てられる。
「いいですわね。楽しそう。」
心底羨ましい。
エトリアを支える人達と会ってみたい。
「あら、では王妃様も一緒に参加しませんか」
余程羨ましげな顔をしていたのか、オルガが実にあっさりと、誘ってきた。