「海の向こう、騎士の世界 」
ソマリアに行く前に少し説明回。試験的に台詞を主として書きました。
青く澄んだ空と海。何処までも平行に続く地平線。
一隻の黒い船が帆を張って海を渡っていく。
その船上で静かに揺れ動くのに慣れず少しの不快感を感じながら青年は考え事をしていた。
自力では答えの出ない問いに終止符を打つべく口を開く。
「騎士とは何でしょうか」
藤宗次郎は目の前に居る二人を見て隣に居る老人に疑問を口にした。
老人ことサルバトーレ・セロは自慢の口髭を撫でながら眼前で繰り広げられている軽い剣を使った稽古に目を背け、宗次郎の方に顔を向ける。
「ワシのような人間の事よ。それでは納得出来ないか?」
「怠けが本業の貴方を見ていても今一つ理解に欠けます」
「はははっ、これは手厳しいなぁ……手厳しいなぁ」
笑って誤魔化すセロを半眼で睨み付ける。
遂に宗次郎が自分に対して遠慮が無くなってしまったな、とセロは嬉しい様な悲しい様な気持ちになった。
「お主の故郷には騎士と言う存在は居なかったのか?」
「居りましたが貴方達の様な人達ではありません。別物と言ってもいい存在です」
日本には確かに騎士と呼ばれている者達が存在する。上士と言う身分が高い方の事で彼等は馬に騎乗するのを国の中枢から許されていた事から騎士と称されている。
しかし、彼等は宗次郎が言う様に目の前に居る騎士とは明らかに違う。
「私の国では馬に乗るから騎士なのです。騎乗が許されている、その為に呼ばれている称号に過ぎません。だけれど貴方達は馬など最初から乗っていないのに騎士だと言う……」
宗次郎は右手を挙げて目の前を指差す。
其処にはサーベルと言う軽量の片手剣で扱う直刀・片刃の刀身をした剣で金属の甲高い音を響かせている赤い短髪の男と銀色の髪を後ろに撫で上げた男が居た。
鉄の騎士アルベルト・ガロと銀の騎士フレディ・マーティンである。
「聞けば御二方は身分が違うらしいではないですか。マーティン殿は名門貴族から輩出され、ガロ殿は庶民の出らしいですね」
「うむ。それが何か問題かね」
宗次郎の発言が身分を差別する言葉に聞こえたセロは語彙を強めて牽制した。
「失礼、軽率でした。決してガロ殿を貶めた訳ではありません」
「そうか。ワシも疑って悪かった。では何を意味しているのかな」
「私の国、日本の騎士は身分の高い方々にしか許されない"御目見"という一種の資格。身分の低い平民には夢の様な称号なのです。つまり私が伝えたいのは誰でも成れる職業なのですか?」
宗次郎の疑問にセロは眉間に皺を寄せる。
「成れると言えば成れるかな。至極難しくあるがな」
「困難が付き纏うという意味ですか?」
「うむ。元を辿って話せば我が祖国の歴史を遡って話す必要があって長くなるので、掻い摘んで話そうか」
「ぜひ宜しくお願いします」
その言葉に頷くセロ。
「少し前まで騎士とはお主の国と同じ様に身分の高い者が名乗る社会的階級だった。傭兵部隊が軍事の主力となり金食い虫となる騎士団はお払い箱となり、個人が所有出来る高貴な金の有る人間しか騎士だと名乗れなかったのだ」
「それではまるで経済人や資産家みたいですね」
「実際、起源はそういうものだと言われておるな。ワシもあの時は騎士ではなく兵士であった。騎士なんて名乗る人間は指で数えられる程度しか居なかった。あの革命が起こるまで」
「革命……ですか。聞いた事の無い言葉です」
「最近、ではないか。ワシが若い頃に誕生した言葉だからな。お主の国に伝わっていなくとも無理はない。人生を変えるであろう良き言葉だ、聞いておけ」
革命。
セロにとって、それは昨日まで生きてきた世界を急激に変える魔法の言葉だった。
戦場で生きる万の中に居る一人の若き兵士として生きて来たサルバトーレ・セロを誇りある騎士に変えた奇跡が正に革命と呼ばれた奇跡。
それをセロは昨日の事の様に語る。
「海の向こうにある騎士の世界。お主にとっては初めて体感するであろう未知の領域。その世界の誕生はこれから生きていくお主にとって決して無関係ではないし、我等の旅の目的に連なる」
掻い摘む、と言った言葉は何処へ行ったのか。
長くなりそうな話に宗次郎は最後まで聞く覚悟を据える。
その姿を見るとセロはその場に座り込んだ。宗次郎もそれに見習い正座する。
「国と国がお互いを欲して争い、幾度の戦場が生まれ消え、日々、多くの命が悪戯に消えてワシの友人に家族も死んだ。誰しもが終わらない諍いに絶望していった。限界を迎えつつあった」
当時を鮮明に思い出したのだろう、セロは遠くを見る目をした。
その目が言葉以上に多くを語っていた。
「そんな折に戦争が終わりを告げる。本当に突然だった。原因は交戦していた東の隣国で一つの谷が発見された。後に神が人類に与えた十二の試練の一つと呼ばれる超危険地帯。悪魔の獅子が住まうネメアーの谷を」
「悪魔の、獅子……」
恐れながらも語るセロの横で宗次郎は思わず生唾を飲み込んだ。
「戦時で食料が不足し、自分の領地内で立ち入ってなかった場所へと探したのだろうな。禁止区と呼ばれる入る事を禁じられた谷へ食べ物欲しさに易々と入っていった。それが奴の虐殺の始まりだ。東の隣国の軍隊がその日の内に壊滅した」
「一国家の軍隊が獅子に皆殺しにされた、と言うのですか」
とても信じられない、といった宗次郎の言葉にセロは頷く。
「最初は捜索部隊が何時までも帰って来ないのを不審に思ったのだろう、そのまま国を捨て逃亡したと考えて第二陣を直ぐに送り込んでったらしい。それが奴の怒りを買った。奴は谷を出て王都を襲撃し、軍の上層部を皆殺しにした」
「王都に住む平民は巻き込まずに、……それって」
「高度な知性兼ね揃えているらしい。末端の兵士であったワシは詳しい姿を知らぬが、まるで悪魔の様な変質した獅子の姿に恐怖を感じ、白旗を揚げて助けを求めて来た隣国の王族や我が国が密かに送り込んでいた間者も証言している。結局、我が国の調査も恐れて行なわれなかったが、別の問題が現れた。革命に至る始めとなる問題がな」
「似た様な化け物がいる場所が在るという事ですか」
「我々はそれを偉大なる英雄が活躍する神話からとって十二の試練と呼んでいる」
十二箇所も恐るべき人類が立ち入ってはならない場所が在る事に宗次郎は戦慄した。国が抱える軍隊の主要部を易々と壊滅に追い込み、生きている悪魔の様な生物が十二体も居る驚異を知らずに生きてきた事に恐怖したのだ。
「その事実が発覚した後に大規模の話し合いが行なわれた。全部ではないが戦争をしている国もそれを止めてまで参加した国もある。実際、知らなければ何て言う事は無いが知ってしまった以上、何処の国も戦争している場合じゃあなかった」
「国同士の間に諍いは起きなかったのですか?」
「人種や文化、恨み辛みが有り、多少の対立は有ったらしいが、人類は共通の敵が見付かると仲良く出来るらしい。それぞれの国が戦争を停止し何れ危険となるであろう試練攻略に乗り出した。そこには色々な思惑があるのだろうなけどな」
戦争は完全に無くならない。
セロは長年の経験からそれが根絶される事は決してありえないと知っている。現に試練そっちのけで戦争を企てている国は幾らでもある。
儘ならない現実に思わず肩を竦めた。
「そして勿論、我が国ソマリアでも試練攻略に乗り出した。吸収した元隣国のネメアー谷と自国で新たに発見された死後の世界と呼ばれていた巨大な地下空洞。その名も冥界迷宮だ」
「何とも恐ろしそうな場所ですね」
日本にも冥府という死後に訪れると云われている場所が在る。それと似たものだろう、と宗次郎は判断する。
「事実。とんでもなく恐ろしい場所だった。当時の自慢の傭兵団を送り込んだのだが誰も帰って来ず、続いて二陣、三陣と行ったはいいがやはり誰も帰って来なかった。御伽噺に出て来る様な悪夢だったな。その所為で迷宮に出向が命じられた臆病な奴等は次第に逃げ出す様になった」
それが人間としては普通の反応じゃけどな、とセロは笑った。
急に顔付きを引き締め宗次郎に此処からが本題となる、と自身の膝を軽く叩く。
「居なくなる人材と進まぬ攻略に困り果てた国は量よりも質と考え、迷宮に挑める精神性が高い少数勢力の人材で攻略に望もうとする。その時に軍部は歴史を振り返り、とあるモノに注目した。何か分かるか?」
突然の問いに宗次郎は考える。改めて考えてみれば直ぐに分かる答えだった。
「騎士の誇りというものでしょうか?」
セロは宗次郎が導き出した答えをやんわりと否定する。。
「惜しいな。それと限りなく近いもの。答えは"騎士道"というものだ」
騎士道。
忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕を特性として人間性が善いとされる精神。
仕える主人に忠義を尽くし、偏った思考を棄て、危険や困難を恐れず、強く勇ましく、深い愛情を抱き、心を広く持ち、礼儀と節度を保ち、信じる者に善く尽くす心。
宗次郎にとって御上が掲げている"武士道"に通ずるものがあり、直ぐに理解する。
「他人の手本となる人間の理想が溢れた精神像だ。そんなすっかり廃れて形だけのモノに希望を見出した。体制を変えてしまう程に当時の権力者は余程追い詰められていたのだ。人の心と言う見えない物に縋る、なんて現実的じゃないからな。しかし、それが当たりを引いた。数十年後にネメアー谷の獅子を討伐した若き英雄が現れたのだ」
「英雄――英雄ですか」
英雄。
ぽつんと出た言葉に宗次郎の心は凄まじく惹き付けられた。
宗次郎にとって聞くだけ中々動かない心が揺れ動く魔法の言葉がそれだから仕方ない。
会った事の無い英雄と呼ばれた人物に少しばかり嫉妬の心が疼いた。
「そいつの名はギルベルト・クリフ。現ハルトバルズ公爵。我が心の友にして元主人。それに現主人ベアトリス・クリフ様の実の父親だ。そして女の身でありながらソマリア王国からベアトリス様が此度の旅を任された理由でもある」
驚くべき事実に宗次郎は目を軽く見開く。
東堂桜であった自分と彼女の境遇はあまりにも似ていたから。その姿に少し勘違いしたセロはにやりと笑い、話を続ける。
「試験的に騎士道に基づいて教育されたハルトバルズ公爵が初の試練攻略をした事によって軍事が騎士主流に戻り、多くの騎士が生まれ、試練攻略により国力が低下した我が国を侵略する他国を返り討ちにする少数勢力の莫大な戦力となった。その折にワシも騎士となれたのだが、ここで漸く最初のお主の疑問にぶち当たる」
お座成りになっていたがセロに聞いた答えが返ってくるとあって宗次郎は何処となく真剣になった。
「簡単な話だ。騎士になるにはそれに相応しい教育を受けなければならない。騎士道を知らなければならない。貴族の子供なら当たり前の様に受けられるが庶民に受けられる程、教育は安くないからな。ワシは長年戦場を生きて来た経験と貴族との繋がりが有ったから何とか成れたようなものだし。答えるならば教育さえ受けられれば誰でも成れる資格が有る、というのが答えだな」
「なるほど。最初の置かれた環境によって苦労すると」
目の前のアルベルトを見る。
話を聞いた後では重ねた苦労が視えるようだった。
「時代が変われば違うだろうが今の騎士はそうだ。話しは移るが、そんな騎士達も迷宮攻略には通用しなかった。帰って来れる様になったが迷宮最下層に到達出来ないのが現状。次に我が国は他国から優秀な人材を連れて来ればいいと考えた。そこでワシ等の出番だ」
「旗印である英雄を国から動かす訳にはいかず、代わりに実力もある次代の英雄の血を受け継ぐ娘を遣って、あわよくば他国の優秀な遺伝子が交わるのを期待したという訳ですか」
しかし一つ腑に落ちない。
自分に向ける三騎士の態度が宗次郎は気になった。
「気付いた様だから言うが実はギルベルト公爵は我が国の決まりに納得していないんだよ。娘を利用されるのは嫌らしい。三騎士もベアトリス様が大切だからな」
溜息を一度付くとセロは立ち上がり、隣に座ったままの宗次郎を見下ろす。
「まぁ、何はともあれ騎士の世界へようこそ。異国の剣士殿」
さてと、と潮風は年寄りには堪えると言って船内へと戻っていった。
宗次郎は何時の間にかベアトリスとドミニクが加わった異国の剣の鍛錬に目を戻してまだ見ぬ海の向こう、騎士の世界に期待を胸の内で膨らませた。
次回はソマリア到着。
深紅のシスター登場かも。




