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第五話:記憶の迷宮でハネムーン

#第5話: 記憶の侵食。アカリの頭の中に、他人の悲鳴が響き渡る。

 外の雨は激しさを増していたが、六十五号棟のエドが清掃した一室の中は、それとは対照的な空気が流れていた。エドは数本のアロマキャンドルを灯していた。その甘い香りは、島に漂う錆びた鉄の匂いを覆い隠している。


 エドは真っ白なシャツを纏い、端正で整った姿をしていた。崩れ落ちたゴーストタウンではなく、まるで高級ホテルにでもいるかのようだ。


「ディナーの時間だよ、僕の美しい奥さん」エドが囁いた。彼は持ち込んだポータブルガスコンロで、温かい食事を用意した。彼はアカリの背後に座り、彼女を抱き寄せると、丁寧に食事を勧めた。


「エド……どうして、この部屋を前に見たことがあるような気がするの?」アカリが呟いた。頭が重く、視界が時折チカチカと明滅し、そこに黒い影が映り込んでいた。


 エドは低く笑い、その振動がアカリの背中に伝わった。「それは君の血が『思い出し』始めたからだよ、アカリ。君の先祖はこの島で、黒鉄一族に仕えていたんだ。君は知らない場所に来たわけじゃない。帰ってきたんだよ」


 エドはアカリの手を握り、指を深く絡ませた。「思い出すんだ……。百年前の記憶を。君は僕にとって欠かせない存在だ。昔も、今も、これからも」


 突如として、自分のものではない記憶がアカリの脳内で弾けた。ボロボロの着物を着た女の影が、コンクリートの階段を進んでいく光景。そして、その記憶の中に溢れる圧倒的な感情が彼女を襲った。


「あぐっ! 頭が……エド、やめて!」アカリは頭を抱え、呻いた。


「しっ……抗わないで、アカリ。これを受け入れるんだ」エドはアカリの身体をこちらに向け、自分の瞳を見つめさせた。「見てごらん。僕たちは同じ場所で、歴史を繰り返している。僕は君を大切にするよ」


 エドが顔を近づけるたびに、アカリは未知の感覚が意識の中に流れ込んでくるのを覚えた。彼はアカリの意識の中に、一族の暗い歴史を刻み込んでいた。


「ここには、僕たち二人しかいない」エドが囁いた。「古い記憶はもう必要ない。君には僕だけでいいんだ」


 アカリは感覚が遠のいていくのを感じた。涙は流れているが、抗う力は失われていた。不思議な影響が彼女の心に深く浸透していた。


「私……あなたの……」アカリの声は遠く、空虚だった。


 エドは満足げに微笑んだ。彼はアナログカメラを手に取り、アカリの表情を写真に収めた。カシャッ。


「ハネムーンはまだ始まったばかりだよ、アカリ。明日は君を炭鉱の底へ連れて行く……すべての始まりの場所へね」


 エドはアカリを横たえ、赤い布を掛けた。一晩中、彼は眠らなかった。ただ座ってアカリを見守り、彼女が自分のそばから離れられないことを確かめるかのように、静かに夜を過ごした。


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