第一章 転生~実家追放と超絶ホワイト生活の獲得
大抵のカード破産者は、最後にこういう顔をする
神崎健太郎、享年30。
慶應義塾大学経済学部を卒業後、外資系証券会社でトレーダーとして昼夜を問わず働き、MBAを取得。その後、独立して企業研修講師および経営コンサルタントとしてバリバリ働いていた。
「……働いていた、はずなんだがな」
クライアントの決算期。連日の徹夜とエナジードリンクの過剰摂取が祟り、都内のタワーマンションの自室デスクで強烈な胸の痛みに襲われたのが最後の記憶だ。視界が急速にブラックアウトしていく中、最後に考えたのは「明日の朝イチのプレゼン資料、クラウドにアップし忘れたな」という社畜極まりない後悔だった。
間違いなく、過労死というやつだろう。
前世で働き詰めた結果がこれか、と自嘲しながら目を開けると、そこは天国でも地獄でもなかった。
四畳半の和室。
鼻を突くのは、古びた畳の匂いと、微かなタバコの煙。
部屋の中央には季節外れのコタツが鎮座しており、その上にはビールの空き缶とスナック菓子の袋、そして何やら男性アイドルのうちわ(『朝倉月人』とデカデカと書かれている)が散乱していた。
そして、コタツの向こう側に「それ」はいた。
「あわわわわ……っ! ど、どうしよう! 請求額、きゅ、九十万……っ!? 嘘でしょ、先月の福岡遠征と、月人君の限定ガチャ天井がこんなに……っ!」
ピンク色のジャージの上下に、足元は健康サンダル。
口元にピアニッシモ・メンソールを咥えた、どう見ても『休日の終わってる干物女』としか形容できない金髪の女が、一枚の紙切れを握りしめてガクガクと震えていた。
ただの女ではない。よく見れば、彼女の背中には取ってつけたような神々しい光の輪が浮いている。
健太郎は冷静に状況を分析した。
(……ここは死後の世界。そしてあの女は、おそらく神的な存在。しかし、手にあるのはクレジットカードの利用明細……状況がシュールすぎる)
コンサルタントの癖で、つい相手の財務状況を推測してしまう。
女は健太郎が目を覚ましたことに気づくと、咥えていたタバコを携帯灰皿に突っ込み、猛然とダッシュしてきた。
ズザザザザザァァァッ!!
見事なスライディング土下座だった。
フローリングの摩擦音を響かせ、健太郎の足元に勢いよく平伏する。
「お願い! アンタ、超有能な経歴じゃない! 頼むから『アナスタシア世界』に行って、ゴッドチューブのPV(再生数)を稼ぎまくってぇぇぇっ!!」
「……は?」
「今月、マジでクレカが飛ぶの! 支払いがヤバいのよ! 月人君の秋のライブツアーグッズと、ソシャゲの課金代が払えないのぉぉッ!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら見上げてくる女。
健太郎は深い溜息をつき、コタツの前にあぐらをかいて座った。
「……とりあえず、名乗れ。話はそれからだ。あと、その明細書を見せろ」
「うぅ……私、世界神のルチアナ。永遠の17歳……ほら、明細……」
ルチアナ(永遠の17歳・ジャージ姿)がしゃくりあげながら語ったところによると、神々の世界には『ゴッドチューブ』なる配信サイトがあり、その視聴率(PV)によって各世界の運営予算が決まるらしい。
そして彼女は、予算と自分のクレジットカード(限度額100万円)を使い込み、首が回らなくなっているとのことだった。
健太郎はひったくるように受け取った明細書を冷たい目で見下ろした。
「断る。俺は前世で働き詰めて死んだんだ。次はのんびり生きる。……というか、上限100万のカードで90万使って焦ってる時点で、あんたの資金繰りは完全に破綻してるぞ。福岡遠征の交通費に新幹線のグリーン車? ホテルは一泊五万? バカかお前は。キャッシュフローの概念がないのか」
「うぅっ……だって月人君のライブはコンディション整えて参戦したいじゃない……!」
「自己資本比率がマイナスの奴が言うセリフじゃない。払えないならリボ払いにでもしたらどうだ?」
「リボは利息がエグいから嫌ぁぁぁっ!! あれは悪魔のシステムよぉ!」
「神が悪魔のシステムを恐れるな」
健太郎は容赦なくツッコミを入れた。
前世で経営コンサルタントとして数々のダメ経営者を見てきた健太郎にとって、ルチアナの行動原理は完全に『計画倒産直前のワンマン社長』のそれだった。
「そもそも、俺が行ってPVとやらが稼げる保証があるのか? 異世界転生っていうなら、何かこう……規格外のチートスキルでもくれるんだろうな」
すると、ルチアナはビクッと肩を震わせ、目を泳がせた。
「す、スキル……? 無い無い! そんなの無いわよ!」
「……あ?」
「だ、だって! チートなんか与えて最初から無双しちゃったら、PVの『泥臭い成長ドラマ枠』が稼げないじゃない! 今のリスナーはね、無能扱いされた主人公が知恵と努力で這い上がる泥沼のストーリーが好きなの! だからチートは無し!」
健太郎はこめかみを押さえた。
つまりこの駄女神は、自分の借金返済のために、健太郎を「何の力もない一般人」として異世界に放り込み、見世物にしようとしているのだ。
「ふざけるな。ブラック企業でももう少しマシな福利厚生があるぞ。誰が行くか」
「お願いぃぃ! 代わりにルナミス帝国の『ルシファン伯爵家』の三男坊にしてあげるから! 貴族よ、貴族! 働かなくても生きていけるお坊ちゃんポジション! だから頼むから行ってぇぇぇ!!」
ルチアナは再び床に額を擦りつけ、ボロボロと涙を流した。
その表情は、極限まで追い詰められ、後先を考える思考力を失った人間のそれだった。
健太郎は生暖かい目を向けながら、心の中で呟いた。
(……大抵のカード破産者って、土壇場でこういう顔と態度をするよな……)
哀れというか、何というか。
これ以上この空間で駄々をこねられても、死んでいる自分に元の世界へ戻る選択肢はない。ならば、条件を少しでも良くするしかない。コンサルタントの鉄則は、与えられた盤面で最大の利益を生み出すことだ。
「……わかった。ただし、貴族の三男坊という条件は絶対だ。俺は次こそ、絶対に働かない。圧倒的なホワイト生活を送ってやる」
「ほ、本当!? やったぁぁ! 恩に着るわ健太郎君! アナスタシア世界では『トーマ・ルシファン』として産まれるからね!」
ルチアナがパチンと指を鳴らすと、健太郎の足元にまばゆい光の魔法陣が浮かび上がった。
意識が徐々に遠のいていく。
「あ、言い忘れてたけど!」
光の中に沈みゆく健太郎に向かって、ルチアナが慌てたように付け足した。
「君のお父さんになるゴートン伯爵、すっごい脳筋でモラハラ気質で借金まみれだから! あと君、平民上がりの第二夫人の子供だから、実家での立場めちゃくちゃ弱くて穀潰し扱いされる予定だからね! じゃ、PV稼ぎよろしくぅ!」
「……は? おい、ふざけ——」
健太郎の抗議の声は、まばゆい光の中に吸い込まれ、かき消された。
(……モラハラ親父に、借金まみれの組織体質、おまけに社内政治(家族関係)は最悪か。なるほど、典型的な『救いようのないブラック同族企業』というわけだ)
光の中で、神崎健太郎――いや、トーマ・ルシファンは静かに思考を切り替えた。
親会社(父親)がゴミなら、やることは一つ。
有用なアセット(母親)だけを切り離し、さっさと独立(実家追放)してM&Aを仕掛けるだけだ。
過労死した元外資系コンサルの悪知恵と、チート無しの泥沼異世界ライフが、今ここに幕を開けたのである。
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