第3話 主、マジデケェ
エルフたちに見送られながら、三人は森の奥へ向かっていた。
先頭は日野陽菜。
その後ろに水瀬澪。
最後尾で、風見由良が死刑台へ向かう罪人みたいな顔をして歩いている。
背後では、エルフたちが祈るように頭を下げていた。
「黒き小娘よ……」
「森の主を頼む……」
「我らは手を出さぬ……」
「出してって言ったじゃん!!」
由良は振り返って叫んだ。
エルフたちは、さらに深く頭を下げる。
「その覚悟、しかと受け取った」
「受け取らないで! 返して!」
澪が前を向いたまま言う。
「諦めなさい。もう完全にそういう空気よ」
「私、まだ一度も了承してないんだけど」
「古代エルフ語では了承したことになっているわ」
「古代エルフ語、悪徳契約すぎる」
陽菜は振り返って、明るく親指を立てた。
「大丈夫! ウチらも手伝うから!」
「本当に?」
「ほんとほんと!」
「由良ひとりで行かせるわけないじゃん」
「陽菜……」
由良が少しだけ目を潤ませる。
陽菜はにっと笑った。
「帰ったら一緒にタコパしよな」
「安いフラグ立てないで」
澪が即座に切った。
陽菜は気にせず笑う。
「でもタコパはするー!」
「乗らないで」
「チーズ入れよ、チーズ。あと明太もち。異世界に明太子あるかな?」
「生還前に具材の心配をしないで」
由良は少しだけ笑った。
「……チーズはいる」
「いるよね!」
「あなたも乗らない」
三人は森の奥へ進む。
木々の光は、村の近くよりずっと弱くなっていた。
幹に浮かんでいた淡い粒は黒く濁り、葉の先はしおれたように垂れている。
地面には、黒い泥のようなものが点々と染みていた。
空気が重い。
湿っているのに、喉が乾く。
遠くで、何かが木を折る音がした。
由良は、ぴたりと足を止める。
「ごめん。今、重要なことに気づいた」
澪が振り返る。
「何?」
「私、森の主と戦うには、まだ早い」
「でしょうね」
「早いっていうか、十年くらい早い」
「急に冷静ね」
「だから一回、十年修行してから来ない?」
陽菜が笑った。
「十年後、エルフ村なくなってない?」
「そこはエルフの耐久力に期待して……」
「期待しないで」
澪が即座に切る。
由良は片目を押さえた。
「くっ……右目が疼く……」
「出た」
陽菜が言う。
「これは逃げたい時の由良だ」
「違う。古より封じられし魔眼が、危機に呼応している」
澪はじっと由良を見る。
「その魔眼、昨日エルフと目が合った時にも負けてたわよね」
「目が合うタイプの敵には弱い」
「ほぼ全部じゃない?」
「だから帰ろうと言っている」
その時、森の奥から、ぬるい風が吹いた。
黒いもやの匂いが混じっている。
由良は長い袖を押さえ、肩を震わせた。
「来た……」
「何が?」
「不穏な風が……」
由良は深刻そうに目を細めた。
「いや、これはもう不穏な突風……!」
「進化した!」
陽菜が目を輝かせる。
「危険が強くなっただけよ」
澪が冷静に言った。
陽菜は由良の肩をぽんぽん叩いた。
「大丈夫だって! ウチらも手伝うから! てか三人で行けばなんとかなるっしょ!」
「本当に?」
「ほんとほんと!」
「陽菜、約束だよ。私が叫んだら助けて。私が倒れたら運んで。私が変なこと言い出したら止めて」
「最後はもう今もだよ?」
「ひどい」
澪はルールブックを抱え直した。
「少なくとも、あなた一人で戦わせるつもりはないわ」
由良は少しだけ目を丸くする。
「澪……」
「あなた一人だと、戦う前に変な古代語を発して状況を悪化させるもの」
「信頼の方向が最悪」
「でも、三人なら何とかなる可能性はある」
由良はしばらく黙った。
それから、少しだけ背筋を伸ばす。
「……まぁ、主人公補正あるか」
「立ち直り方が雑ね」
「見せてやりますよ。私の眠れる力を」
由良は長い袖をばさっと揺らした。
「究極暴風で、穢れごと切り刻んでやりますよ」
陽菜が拍手する。
「かっこいい!」
「でしょ?」
澪が静かに言った。
「魔力、少ないんじゃなかった?」
由良は止まった。
「……」
「……」
「……微風くらいなら出る」
「一気にかわいくなった」
陽菜が言う。
「そよかぜで切り刻める?」
「豆腐なら」
「相手は巨大イノシシよ」
澪が言う。
由良は遠い目をした。
「終わった」
澪はルールブックを開いた。
分厚い本のページが、ぱらぱらと勝手にめくれていく。
光る文字が空中に浮かんだ。
「まず、森の主が何か調べるわ」
澪は目を走らせる。
「森の主。長く生きた生物が、森の魔力や精霊の気配を受け続けることで精霊化した存在。生物に基本敵対しない。魔力を糧にするため、食事もほとんど必要としない。森の管理者、守り神に近い存在……」
陽菜の表情が変わった。
「守り神なんだ」
「そうみたいね」
「じゃあ助けよ。守り神が変な泥で病んで暴れてるとか、普通にしんどいじゃん」
由良が顔を引きつらせる。
「無理言うなよ陽菜……ありゃあ化け物だぜ……」
「でも悪いやつじゃないんでしょ?」
「今は暴れてるのよ」
澪はルールブックに視線を落としたまま、眉を寄せた。
「問題は、なぜ暴走しているのかね」
「穢れに侵されてるって言ってたよね?」
陽菜が聞く。
「ええ。ただ、どこから穢れが入ったのかまでは分からないわ」
由良は森の奥を見た。
黒いもやが、木々の間をゆっくり流れている。
「穢れ……悪意の魔力、瘴気、呪い、死骸に溜まる腐った魔力……そういうものが混ざって発生するっぽい」
「由良、分かるの?」
陽菜が振り返る。
「いや、今のはルールブックの横読み」
「横読み?」
「澪が開いてるページを横から読んだ」
「地味」
由良は少し考えて、自分のステータス画面を開いた。
「……そういえば私、解析者ってあったな」
澪が顔を上げる。
「使えるの?」
「分からん。こういうのはだいたい、対象を見て念じる」
「雑ね」
「異世界スキルの説明書が不親切なのが悪い」
由良は森の奥へ目を凝らした。
黒いもや。
黒ずんだ葉。
地面に染みる、泥のようなもの。
「解析」
一瞬、由良の視界がぶれた。
黒いもやの中に、細い線のようなものが見えた。
枝に絡み、地面を這い、森の奥へ続いている。
由良の顔が少し歪む。
「……うわ」
「何?」
「見えた。穢れ、ただ広がってるんじゃない。流れてる。森の奥から、もっと奥へ集まってる」
「つまり、原因がある?」
「たぶん。あと……」
由良は鼻を押さえた。
「臭うな」
陽菜が真顔になる。
「なにか心当たりあるの?」
「いや」
由良は真剣な顔で言った。
「穢れがすごく臭い」
「そっち?」
陽菜も鼻を押さえた。
「う、確かにくさい」
澪もわずかに顔をしかめる。
「……情報としては重要だけど、言い方」
「だって臭い。悪意の魔力とか言うからもっと概念的な話かと思ったら、普通に鼻に来るタイプの悪だった」
「異世界の悪意、物理臭つきなんだ」
「最悪の仕様」
その時。
森の奥で、低い音が響いた。
地面が震える。
枝が揺れる。
黒いもやが、ぶわりと広がった。
三人は足を止める。
木々の向こうに、それはいた。
巨大なイノシシだった。
家ほどもある体。
木の根のように太い牙。
背には苔のような緑が残り、体の一部には淡い光が宿っている。
本来なら、神聖な森の守り神なのだろう。
けれど今は、全身に黒い泥がまとわりついていた。
目は赤黒く濁り、荒い息のたびに黒いもやが漏れている。
苦しんでいる。
陽菜が小さく呟いた。
「倒すっていうか……苦しそう」
由良は喉を鳴らした。
「首の後ろ……」
「何か見えるの?」
「黒い杭が刺さってる。あれが原因っぽい」
澪がルールブックを開く。
「呪黒杭……呪いや穢れの座標となる杭。対象に打ち込むことで、離れた場所から呪い、穢れ、悪意の魔力を流し込むことができる」
澪の表情が険しくなる。
「森の主そのものが穢れていたわけじゃない。あの杭が、穢れの入口になっているのね」
「ごはんに毒混ぜられてるってこと?」
陽菜が言う。
「近いわね。あの杭から穢れた魔力を吸わされ続けている」
「それ、普通に最悪じゃん」
陽菜の声が少し低くなる。
由良はさらに目を凝らした。
「でも杭の周り、黒い泥で守られてる。ただの泥じゃない。見てるだけで気持ち悪い。触ったら、たぶん精神に来るやつ」
「精神に来る?」
陽菜が首をかしげる。
澪がページをめくる。
「穢れた泥。悪意の魔力が沈殿したもの。触れた者の精神を侵し、恐怖や怒りを増幅させる……普通は触れないわね」
「じゃあどうすんの!?」
由良が叫ぶ。
森の主が、地面を蹴った。
黒い泥を散らしながら、巨体が暴れる。
木が折れ、地面がえぐれ、黒いもやが渦を巻く。
澪は短く言った。
「まず時間を稼ぐわ」
「時間?」
「杭を抜く方法を考える。その間、あれを引きつける必要がある」
澪は静かに陽菜を見た。
「陽菜」
「ん?」
「お願いできる?」
陽菜はにっと笑った。
「りょ! ウチ、前出る!」
由良が小さく呟いた。
「出た。陽菜が受けるシリーズ」
「ひどくないー?」
陽菜が頬を膨らませる。
「いいえ、適材適所よ」
「友達いなくなるよ?」
「二人がいれば結構よ」
「重い友情!」
森の主が、三人へ向かって突進してきた。
陽菜が前へ飛び出す。
足元が弾けた。
体が一気に加速する。
リミッター解除。
まだ使い方なんて分からない。
けれど、体は勝手に動いた。
陽菜は森の主の突進を横へかわす。
地面を蹴り、木の根を踏み、跳ねるように走った。
「うわ、はっや! でもウチも速い!」
森の主が向きを変え、もう一度突っ込んでくる。
陽菜は笑いながら走った。
「こっちこっち! デカいのに足速いじゃん!」
「陽菜の運動神経、人外って書いたやつ誰!?」
由良が叫ぶ。
「私たちよ」
澪が答える。
「見る目ある!」
陽菜が森の主を引きつけている間に、澪はルールブックを確認し、由良は主の動きを解析する。
森の主は暴れている。
けれど、首の後ろに杭があることは間違いない。
陽菜は主が木に体をこすりつけた瞬間、横から跳んだ。
「よっと!」
そのまま、森の主の背中に飛び乗る。
「陽菜!」
澪が叫ぶ。
「杭あった!」
暴れる背中の上で、陽菜が叫んだ。
森の主は首を振り、体を大きく揺らす。
黒い泥が飛び散り、木の幹に体をこすりつける。
それでも陽菜は落ちなかった。
制服の袖を泥で汚しながら、片手で苔のような毛を掴んでいる。
「陽菜、落ちないで!」
「落ちてない! でもこれ、めっちゃロデオ!」
陽菜は首の後ろへ手を伸ばす。
黒い泥の奥に、杭が見えている。
指先が触れた。
「んぎぎぎぎ……!」
だが、森の主が激しく暴れる。
陽菜の体が上下に跳ねる。
泥で手が滑り、杭をしっかり掴めない。
「無理! ぬるぬるするし、揺れるし、杭つかめない!」
「力の問題じゃないわね」
澪が冷静に言った。
「暴れすぎて、手を固定できない」
由良は震えながらも、森の主の動きを見ていた。
「……なら、動きを真っ直ぐにすればいい」
「どういうこと?」
「暴れてると無理。でも突進してる時だけは、体の向きが安定する。ロープを使って、走る勢いで杭を抜く」
陽菜が主の上から叫ぶ。
「ロープ!?」
由良は自分のステータス画面を見た。
「この創造主って固有、こいつを見てどう思う?」
澪は一瞬考える。
「……作れるわね」
由良は両手を前に出した。
「文明の叡智、ノットロープ!」
次の瞬間、由良の手元に太いロープが現れた。
澪はロープを見た。
「ただのロープじゃない」
「いいや、結び目をつけておいた」
「だから、ただのロープでしょ!」
陽菜が主の上からツッコむ。
「違う。引けば引くほど結び目が締まる。杭に巻けば、力が逃げにくい」
澪が少しだけ目を細める。
「……なるほど。今回はちゃんと使える知識ね」
「ロープはサバイバル系の漫画、結構読んでるんだよ!」
「知識の出どころがいつも怪しいわね」
「今回は役に立つ出どころだから許して」
由良はロープを太い木に括りつけた。
澪が氷で木の根元を補強する。
「問題は、主をまっすぐ走らせること」
澪が言う。
由良は青い顔で、自分を指差した。
「……私じゃん」
「由良、お願い!」
陽菜が主の背中から叫んだ。
「主の上から言うお願い、圧がすごい!」
由良は震えながら、森の主の正面に立った。
「こ、来い……! いや来るな……! でも来い……!」
「どっち!?」
陽菜が叫ぶ。
森の主の赤黒い目が、由良を捉える。
地面を蹴った。
巨体が、真っ直ぐ由良へ向かって走り出す。
「来たあああああ!」
由良が悲鳴を上げる。
陽菜は主の背中で体勢を低くした。
木から垂れたロープが近づく。
「これをかければいいんだよね!?」
「杭に!」
澪が叫ぶ。
「りょ!」
陽菜は片手を伸ばし、木から下がったロープを掴んだ。
暴れる背中の上で、黒い杭へロープをかける。
結び目が杭に絡む。
最初はロープにたるみがあった。
森の主は、由良へ向かって走り続ける。
たるんでいたロープが、地面を走った。
葉を散らす。
黒い泥を弾く。
そして。
ピン、と張る。
次の瞬間。
バコン。
黒い杭が、森の主の首から引き抜けた。
同時に、黒い泥が悲鳴のような音を立てて弾ける。
「抜けた!」
陽菜が叫ぶ。
「抜けた! 抜けたけど!」
由良の声が裏返る。
杭は抜けた。
けれど、森の主の勢いは止まらない。
巨体はそのまま由良へ突っ込んでくる。
「避けて由良!」
陽菜が叫ぶ。
「む、むり……腰が!」
由良はその場でへたり込んでいた。
次の瞬間、澪が前へ出る。
「結界!」
透明な壁が、由良の前に展開される。
森の主が結界へ激突した。
ばき、と嫌な音が鳴る。
透明な壁に、大きなひびが走る。
澪の足が地面を滑った。
「っ……!」
次の瞬間、結界が砕けた。
光の破片みたいなものが、空中へ散る。
けれど、衝撃は殺せていた。
森の主の巨体も横へ崩れ、地面を削りながら倒れ込む。
「ど、どうにかなった……」
由良が震える声で言った。
澪は肩で息をしている。
「今のは……もう一度は無理ね」
「やめて。その情報、今いちばん聞きたくない」
だが、森の主はもう一度立ち上がった。
杭は抜けた。
けれど、最後に残った穢れが、赤黒い目をまだ濁らせている。
森の主が、再び由良を見た。
「……え」
由良の顔が引きつる。
「なんで私なの……?」
森の主が地面を蹴った。
巨体が、真っ直ぐ由良へ突っ込んでくる。
「この世界、私にだけ厳しくなーい!?」
「由良、避けて!」
澪が叫ぶ。
「む、むり……腰が!」
由良はその場でへたり込んでいた。
澪が手を上げる。
砕けた結界を、もう一度張ろうとする。
けれど、間に合わない。
次の瞬間、陽菜が動いた。
考えるより先に、体が前へ出ていた。
「由良!」
陽菜が由良の前へ飛び込む。
森の主の巨体が迫る。
牙。
黒い泥。
地鳴り。
陽菜は両足を踏みしめた。
「来いっ!」
正面衝突。
どん、と森が鳴った。
陽菜の足元の土が、少しだけ沈む。
制服の袖が風圧でばたつく。
金髪のサイドテールが大きく跳ねる。
それだけだった。
陽菜は、倒れなかった。
吹っ飛ばなかった。
むしろ、跳ね返ったのは森の主の方だった。
巨大な体が後ろへ弾かれ、地面を削りながら転がる。
どすん、と森の主が倒れた。
今度こそ、完全に動きが止まる。
由良が口を開ける。
「……結界、割れたよね?」
澪も少し固まったまま頷く。
「割れたわね」
由良は陽菜を見る。
「陽菜、割れてないよね?」
陽菜は自分の体を見下ろした。
「うん。たぶん」
「結界より硬いギャル、何?」
陽菜はにっと笑った。
「ウチ、けっこう強いかも!」
「けっこうで済む話じゃないわ」
森の主の体を覆っていた黒い泥が、ぼろぼろと崩れ始めた。
呪黒杭が抜けたことで、穢れの流れが切れたのだ。
黒い泥は、行き場を失った煙のように薄くなり、地面へ落ちる前にほどけていく。
由良が息を呑んだ。
「消えてる……」
澪はルールブックを見下ろす。
「呪黒杭が座標だったのね。杭が抜けたことで、穢れを流し込む道が閉じた」
「つまり、もう大丈夫ってこと?」
陽菜が聞く。
「少なくとも、今はね」
森の主の赤黒かった目から、濁りが消えていく。
荒かった息が、ゆっくりと落ち着いた。
森の空気が、少し軽くなる。
黒ずんでいた葉に、淡い緑が戻る。
幹の光の粒が、ゆっくりと明るさを取り戻す。
遠くで、鳥が一羽鳴いた。
倒れていた森の主が、ゆっくりと目を開ける。
もう、赤黒くない。
深い森のような、静かな目だった。
陽菜が近づく。
「陽菜、不用意に近づかない」
澪が止める。
「でも、もう大丈夫な感じする」
森の主は、鼻先を陽菜へ寄せた。
陽菜はそっと、その大きな鼻をなでる。
「よかったじゃん。もう変な泥ごはん食べさせられんなよ」
森の主は、低く息を吐いた。
それは、もう怒りの音ではなかった。
由良が小声で言う。
「神獣との契約イベントじゃん……」
「また変な意味になるから黙って」
澪が即座に止めた。
村へ戻ると、エルフたちは騒然となった。
森の主は死んでいない。
穢れだけが消えている。
その事実を見て、長老は深く膝をついた。
「主を殺さず、穢れのみを殺した」
若いエルフたちも次々に頭を下げる。
「勇気ある者たちよ」
「黒き小娘の宣言は真であった」
「朝の火が主を受け止めた」
「水の娘が穢れを封じた」
「森はそなたらを忘れぬ」
由良は両手を振った。
「いや、三人でやりました。単独じゃないです。単独討伐、してません」
「謙遜まで深い」
「違う!」
陽菜はにこにこしている。
「三人でやったもんね!」
澪はため息をついた。
「結果的にね」
エルフたちは、なぜか特に由良へ深く頭を下げている。
由良は顔を引きつらせた。
「なんで私が中心なの……?」
「最初の宣言のせいね」
「してない!」
長老が顔を上げた。
「森を救った者たちよ。どうか、この村に残ってはくれぬか」
三人は顔を見合わせた。
「え?」
「そなたらが望むなら、森は住まいを用意する。食事も、守りも、学びも与えよう」
由良が一瞬だけ揺れた。
「エルフ村定住……?」
「目的は街へ行くことよ」
澪が言う。
「でもごはんあるよ?」
陽菜が言う。
「揺れないで」
澪が即座に止める。
長老はさらに言った。
「望むなら、村で一番美しい若者をそなたらに捧げよう」
ざわり、とエルフたちが道を開ける。
そこに立っていたのは、ひとりの若いエルフだった。
長い銀髪。
透き通るような白い肌。
整いすぎた顔。
森の朝露を人の形にしたような美形。
陽菜が目を見開く。
「イッケメーン! メロい!」
澪が小声で言う。
「落ち着いて」
由良は一瞬、がっつり見た。
そして、真顔で言った。
「無理」
陽菜が振り返る。
「え、なんで!?」
澪も少し驚く。
「珍しく即答ね」
由良は腕を組んだ。
「イケメンは、イケメンと絡ませるものだから」
「なんだそれ」
陽菜が言う。
「私じゃ捗らない」
「何が?」
澪が聞く。
「物語が」
「由良、イケメン本人の前で言うことじゃないよ?」
「違う。彼は素材として完成度が高すぎる。私みたいな異物を混ぜるより、同格の美形と並べるべき」
「人を配置素材みたいに言わない」
陽菜は少し考えた。
「でもちょっと分かる。横にもう一人イケメンいたら強そう」
「分からないで」
エルフたちは、なぜか感動した顔になった。
「己ではなく、若者の幸福を願うとは……」
「なんと清き拒絶」
「やはり黒き小娘、器が深い」
「違う! 性癖の話!」
「余計に言わない方がいい」
澪が真顔で止めた。
結局、三人は村に残らないことにした。
街へ行く。
まずはこの世界を知る。
食べ物、寝床、お金、服、常識。
分からないことは山ほどある。
長老は、街へ抜ける道を教えてくれた。
「森はそなたらを覚えた。道は開く」
エルフたちは並んで三人を見送る。
陽菜が手を振った。
「また来るね!」
「機会があれば」
澪が軽く頭を下げる。
由良は、少しだけ気持ちよくなっていた。
森を救った。
エルフに崇められた。
イケメンを断った。
今なら、何かいい感じの締め台詞を言える気がした。
由良は片手を上げた。
「おぽぽぽーん!」
陽菜が振り返る。
「なにそれ」
「魔法の言葉」
澪が目を細めた。
「また適当なこと言わない!」
エルフたちが顔を見合わせる。
一瞬、場がざわついた。
由良の顔が青ざめる。
「え、また?」
澪が慌ててルールブックを開く。
「おぽぽぽーん……」
ページがめくれる。
めくれる。
めくれる。
そして、止まらない。
澪が顔を上げた。
「……ないわ」
「ほんと?」
「全然なかった」
由良は顔を赤くした。
「はずっ!」
その時、エルフたちが一斉に言った。
「ザンゲザンゲ!」
陽菜が首をかしげる。
「意味は?」
澪が調べる。
「何を言っている? とち狂ったか? ……みたいな意味ね」
由良は膝から崩れかけた。
「ちゃんと馬鹿にされてる!!」
陽菜は笑いながら、由良の背中を叩いた。
「元気出して! おぽぽぽーん!」
「やめろ! 傷口に魔法の言葉を塗るな!」
澪はため息をつきながらも、少し笑っていた。
三人は森を抜けた。
木々の間から光が差し込む。
やがて視界が開ける。
その先に、街があった。
石壁。
赤い屋根。
白い塔。
煙突から上がる細い煙。
人の声。
馬車の音。
遠くで鳴る鐘。
森の静けさとは違う、誰かが生きている気配。
陽菜が目を輝かせた。
「街だ!」
由良も、まだ顔を赤くしたまま呟く。
「異世界都市……!」
澪は静かに息を吐いた。
「ようやく、情報が集められそうね」
三馬鹿は、ようやく森の外へ出た。
その頃。
森の奥では、数人のエルフが黒い杭の跡を調べていた。
長老は、抜かれた呪黒杭に残る黒い魔力を見つめる。
「……これは、森に生まれたものではない」
若いエルフが膝をつく。
「長老。西の結界にも破れがありました」
長老の目が細くなる。
「空から落ちた者たちの場所とは違うな」
「はい」
森の奥。
根の間に、黒い魔石が打ち込まれていた。
そこから、呪黒杭へ向かって穢れた魔力が流れていた跡がある。
森の主は、魔力を糧にする。
その性質を利用され、穢れを食わされ続けていた。
長老は、黒い魔石を見下ろした。
「……あの娘たちではない」
風が鳴った。
西の結界に残された破れ。
森の奥に打ち込まれた黒い魔石。
主の首へ繋がれていた呪黒杭。
この森には、三人が落ちるより前から、誰かの悪意が入り込んでいた。
だが三人はまだ、それを知る由もなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第3話でした。
今回は、三馬鹿の初戦闘回でした。
森の主、マジでけぇ。
そして陽菜、マジで硬ぇ。
由良は単独討伐を宣言したことになっていましたが、ちゃんと三人で戦いました。
陽菜が前に出て、澪が作戦を組んで、由良が発想と道具で突破口を作る。
一人だと欠点だらけ。
でも三人そろうと、なんかいける。
そんな三馬鹿らしい初戦闘になったと思います。
次回からは、いよいよ森を抜けて街へ。
異世界の人間社会に、三馬鹿が突っ込んでいきます。
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