side02 夕暮れに
「あ、あの―――」
とある日の授業間の休み時間
一人読書をしていた僕に話しかけてくる人物がいた。その人物はその手に一冊の本を持っていた。
「零蘭、君……今いいかな?」
「君は、仁藤浩紀か。なんの用だい?特に君になにかするされる関係ではないはずだが」
「いあ、あの―――」
「長いこと無意味な時間を過ごすのは好きではない。用件があるのなら端的に言いたまえ」
「こ、これ!どうぞ!」
意を決したように彼は持っていた本を差し出して来る。
なんの真似だと言いたいところだったが、その本のタイトルが僕の興味を引いた。
「狼と涙―――これは、最新刊?この刊はまだ発売されていないはずだが?」
「その―――サイン本で……」
「サイン本?」
「えっと、作者のサインが入ってる本で、えっと……その」
「巷に聞くコレクション品というやつかい?」
「そう、それ―――これの抽選が2冊分当たって……その、もらってくれる?」
「コレクション品を集めるほどの情熱はないのだが―――まあもらえるのならもらっておこう。だがいいのかい?料金のほうは」
「あ、いや、その―――」
どうにも会話をしようとするとどもってしまう。
会話がまともに進行できなくて、さすがの僕も苛立ちが勝ってくる。
授業の時間も近い。読書の時間を邪魔されるのは非常に不愉快だ。
「とりあえず授業が始まる。用件はそれだけなら―――いや、物をくれるときは感謝を口にしないといけないのか。ひとまず、この本はありがたく受け取らせてもらう」
「そ、その―――放課後って時間あるかな?」
「放課後?僕は喫茶店に寄るつもりではあるが……」
「い、一緒に行っていいかな?その、その本の感想を、一緒に、話したいな、って」
会話がへたくそで要領を得ないが、これはあれだ―――遊びの誘いだ。とはいっても、なにか活発なアクティビティをするわけではないようだが。
僕との約束を取り付けると、彼は自分の席へと戻っていき、授業が再開される。
しかし、最新刊を発売前に手にすることができたのはうれしい限りだ。待てよ?発売の告知が来たのはほんの数日前だ。抽選からそんなに早く来るものなのだろうか?
まあ、そういうものか。
自分の中に芽生えた疑問を押し込んで、時間の経過だけを待つ。
ここで僕の知る以上の知識を学ぶことはない。せいぜい花音を眺めるくらいしかやることはない。
授業が終わり、今日の学校生活という名の束縛が終わった。
やはり、何時間も座るという姿勢をとりつづけるのは中々に苦しいものだ。
放課後になり、そこでようやく花音の店に向かおうと思える。僕の唯一の癒しの場所ともいえる場所だ。なんだか、さっき約束か何かをした覚えがあるが、まあいいだろう。
どこの店に行くのかは伝えた。彼が勝手に来るだろう。
それまでにこの間食したゼリーなるものを食べよう。
あれはいいものだ。
流し込むだけでもいいし、咀嚼すれば触感を楽しめる。
味―――もたくさんあった。
僕のか弱い味覚でも、はっきりと見分けが、いや味分けがつくレベルのもの。
たまに無味無臭の変なものもあるが、一番ハマったのはコーヒーゼリーだ。
苦みは強く感じることができるのかコーヒー特有と言われるあれが僕を襲ってくる。その感覚は形容しがたいものだが、同時に味という尊いほどの感覚を手にすることができる。
あれを食べることに大した意味はない。
だが、それを食べる意義はあった。
そんなことを考えながら学校を後にしようとすると、後ろの方から迫ってくる気配があった。
その気配に対応するために振り返ると、そこには仁藤浩紀がいた。
「……なにをしてるんだい?」
「はぁはぁ……お、おいていかないでよ」
「置いていく?僕は喫茶店に寄ると言った。好きに調べてくればいいだろう?」
「み、店の名前がわからないんじゃ調べようもないよ……」
「む……そういうものか?それは悪かったね」
「う、ううん……その、本だけど気に入ってくれた?」
「いや、中身も見てないし、大してコレクション自体には興味ないからね。中身の評価は帰ってからだ」
「興味ない……ま、まあいいや」
どうにか学校内で合流した彼を引き連れて店に向かう。
扉を開けて店内に入ると、いの一番レベルの速さで帰宅した花音がすでに店の制服を着て僕を待っていた。
「いらっしゃい、颯二君」
「コーヒーゼリー」
「え……紀里谷さん?」
「えっと、仁藤君?あ、颯二君の注文はちょっと待ってね。ていうか、最近それしか食べないね」
「いいだろう?あれはいいものなんだ」
「ちょっと待ってよ零蘭君。なんでここに紀里谷さんが?」
「ここは彼女の家の店だ。彼女が働いているのは普通のことと言えるんじゃないのかい?」
僕があっけらかんとしていると、仁藤浩紀は唖然とした表情を作っている。
あまりにも呆然とした様子なので、僕がそれ以上読み取れる感情も薄い。
まああくまでクラスメイトである彼女が働いているという状況が驚きなのだろうか。一応校則ではバイトは禁止されているからね。
だが、ここは彼女の家だ。家業を手伝うのに、大した問題はないはずだ。
「なにをしている?座りたまえ」
「あ、うん……その、あの―――」
「えっと……颯二君はコーヒーゼリーとコーヒーでいい?仁藤君は―――」
「あっと、同じのを……」
仁藤浩紀は僕と同じものを注文する。
というよりは、なにを話せばいいのかわからず、緊張してメニューを見ることもなく決めてしまっていた。
それからコーヒーが来るまでは特に会話らしいものはなかった。
僕から話しかけることもないし、彼はしゃべるのが苦手そうだからね。まあ、それでは彼がいる意味などどこにもないわけだが。
たしか『狼と涙』の感想を話したいみたいなことを言っていたのだが、気のせいだったのだろうか?
「はい、お待たせしました。コーヒーとコーヒーゼリー二つずつです。ゆっくりしていってね」
「ありがとう」
「あ、あ、ありが、とう……」
「はきはきとしゃべれないものかな?」
僕がそう言うと、彼は露骨にビクッとする。その様子を見た花音は一言だけ言う。
「颯二君、私もあんまりお話が得意な方じゃないから―――優しくしてあげてほしいな」
「……ふむ、わかった」
「あ、あの……」
彼女を注意を受けて、僕の意見を押し込む中、仁藤浩紀がついに会話の一口目を開いた。
「二人は付き合ってるの?」




