side01 夢に見た景色
ガタガタガタ
「ん……?」
「どうしたの?」
「誰か来たか?ドアノブが少し揺れたが」
「んー、確認してこようか?」
「いや、いい。用があるならインターホンを使えばいいだけだ。なぜそれがドアノブをいじるだけにとどまっているのか」
「じ、じゃあ泥棒?」
「……」
その可能性は高いかもしれない。
だが、今日は休日。こんな日中に人がいる、などということは考えなくてもわかるはずだ。
考えるだけでは答えが出ることはないか。
「確認してくる」
「気を付けてねー」
玄関へと向かう。
そして、そのままノブをつかんで、扉を開けるためにひねると―――
ズガァァン!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
生徒会に休みはない。
いや、これでは語弊があるな。一応学校への登校に関しては日曜日に限り認められていない。まあ、一部部活動を除くが。
つまり、土曜日は登校が可能。平日に終わらなかった生徒会の仕事をその日に持ち込むことも多い。
私個人としては、何ら問題もないが、ほかのみんなには申し訳ないと思っている。
なんせ、彼彼女たちの貴重な時間を奪ってしまっているのだから。だからだろうか。仲良くしている自覚はあれど、他の休日に遊びに誘ったりというのがはばかられている。
やはり、みんなも遊びたい盛りのはずで、私のために予定を埋めさせるのはなんとも申し訳ないことだからだ。
会計の三条は、登校こそしているが、まだあの時のショックが大きいまま。
書記の荻原と副会長の月野はあまり気にしていない様子だが、私たちを気にして隠してくれているだけだろう。
まあ、そんな私もまだショックから完全に立ち直れたわけじゃない。何もかもわからないままのことが多すぎるし、なによりも零陵一のあの姿。気になるのに、恐怖が染みついてどうすればいいのかわからない。
しかし、仕事は溜まっていく。
そろそろ私自身も踏ん切りをつけいないといけないのだろうな。
今日は休耕期間のせいで後回しになってしまっていた予算の件だ。今年もこの時期か。
毎年、運動部が多くの予算を申請してくるから削るのが大変なんだ。去年の作業だけでも地獄だった。
なんせ、削るところを間違えれば、生徒や顧問からのクレームやら突撃が来る。
特に厄介なのは、比較的学内で力を持っている生徒指導などの先生が顧問をしている野球部やサッカー部だ。
毎年いちゃもんをつけてくるから大変なのだ。
私自体はまだ去年しかやっていないのだが、先輩たちが憂いていたのはよく見てきた。
だから今日は少し早い目の登校だ。
いつもの登校時間は9時前後だが、今日は一時間ほど早めて8時にしている。
それくらい終わらないのだ。
とは言っても、予算以外にも仕事があるだけだが。
集合時間よりも少しだけ早く来た私は、準備のためにいろいろしている。
軽く床を掃いたり、お茶を入れたり程度ではあるが。
大変なことをさせてしまう分、皆が過ごしやすいようにするのは、会長としての私の責任だ。
そうこうしていると、生徒会室のドアが3回たたかれる。
「どうぞ」
「失礼します―――おはようございます、会長」
「ああ、おはよう月野。今日もよろしく頼む」
「いえ、これが俺たちの仕事ですからね。会長もそう苦しそうな表情をしないでください」
「苦しそう……か」
私は副会長の月野に指摘されて、自身の顔を触る。
あまり実感はないが、彼の言う通りなのだろう。
触ったところで、普段気にかけてケアしているすべすべの肌を感じるだけ。
「やはりまだ響いてるのかもな」
「……死人を、目の当たりにしたからですか?」
「いいや、あいつのことがどうしても気になるんだ。はは、私から近づいて、勝手に拒絶したのにな。本当は話すこともおこがましいのだろうな」
特に気にせずそう発言するが、その言葉が場の空気を変えたことに私は気づかなかった。
「あいつ―――零陵一のことですか?」
「ああ、校内で名を連ねるような不良生徒で、私を助けてくれた恩人―――」
「なんであいつなんですか?」
「―――それは、どういう意味だ?」
月野の言葉を振り返らずに聞き返す。
少し図星をついたような言葉に、表情を見せるべきではないと踏んだ。しかし、私はこの時に彼の顔を見て言葉を選ぶべきだった。
だが、私はそうしなかった。いや、自分のことでいっぱいになってしまい、できなかった。
「会長はあんな男のことが好きなんですか?」
「好き―――なのかもな。だが、もうどうしようもないのさ」
「なんで……あんな奴、見合ってませんよ」
「見合う見合わないじゃない。私の価値観は私で決める。たとえ月野、副会長であっても口を出すことは―――っ!?」
なにがいけなかったのか。
近づかれた雰囲気を察知した時には、制服の胸倉をつかまれていた。
「俺はこんなにも見てる!会長のしぐさも、癖も好きな食べ物も!パソコンを見すぎて眉間に指をあてる姿も、甘いものを食べて恍惚とした表情をする姿も、すべてが愛おしい!」
「……っ!?」
「ああ、だからあいつが邪魔だ。あんな奴がいるから、会長の気持ちが動かない。会長が俺を好きにならない!俺だけを見て、俺だけを愛さない。もっと媚びろ!もっと尻を振れ!煽情的なことの一つもやってくれない!なあ、どうやったら俺の女になるんだよ?ここで犯せば、なるか?それとも、目の前であの男を殺せば、あるいは……」
「ち、ちが―――」
気持ちが悪いとも言えない。そんな雰囲気に私は圧倒される。
それに、零陵一がいなくとも、私の気持ちは彼に向くことはない。女々しいことだが、私はずっと昔の男の子にとらわれていたから。
言えない。そんなこと言ったら、どうなるのか。
想像するだけでも恐ろしい。
どうにか抵抗をしようと試みるが、どれだけ身をよじっても月野の力に勝てない。
そんなこんなで時間だけが経過していると、生徒会室の扉が開けられる。
「おはようございま―――って、月野先輩、なにしてるんですか?」
「あ……?ああ、せっかく時間が変わったと伝えたのに、早い目に来やがったのか?本当に馬鹿だな」
「と、とにかく、会長から手を放して」
「三条、お前に何ができる?それに、荻原も―――隠れていたって意味ないぞ」
「……月野君、さすがに擁護できないよ」
「ああ!?必要ないんだよ!だってお前たちは見たんだから、死ぬんだよ!」
……まずい!
なにかをする。
それだけはわかった。詳しくまではなにも理解できないが、あの二人を危険にさらすわけには……!
「月野、私がお前の女になることはないぞ」
「あ……?」
「お前のような気持ち悪い男が隣にいるなど反吐が出る。今すぐに生徒会という立場を捨て、この場から立ち去れ」
「お前お前お前お前お前お前お前、お前っ!」
狙い通り、私へヘイトが向く。窓際に追いやられ、背中が開けられてなにも存在していない窓枠に押し当てられる。
落下する寸前―――絶達絶命というところ。
ここから助かるようなこともない。ましてや、月野のとち狂った溜飲が今から突然下がるとも思えない。
―――今の一瞬でいろいろ考えたが、これが一番いいだろう。
大事な後輩が殺されるくらいなら、私が犠牲になっている間に助かるのならいいだろう。
あと一押しで私は落とされる。
そう、あと一押しだ。
「私の心は、もうハジメのものだ」
「―――っ!……俺の女にならないなら、死ね」
その言葉を聞き終えると同時に、私を浮遊感が襲う。
私が窓から投げ出されたのだ。
背中から空気が突き抜けていくような感覚。
昔に遊園地で乗ったフリーフォールと通ずるものがある。まあ、こちらはシートも安全ベルトもないんだが。
ゆっくりと進んでいく中で、私は自分が死ぬタイミングもわからない。
そんな私を月野が見下ろす。
私の最後の光景が、あの気持ち悪い男の見下した目か……
最後くらいもう少し綺麗な光景がよかったな。
例えば―――好きな人の横顔とか。
さすがにこれ以上の考えをはせても無駄か。
そう考え、私は目を閉じる。半開きのまま人目にさらされたくもないしな。
と、目を閉じた瞬間、私を強い衝撃が襲う。
下方からたたきつけるような衝撃ではなく、力の咆哮が下向きから、横方向にかかるようなもの。
しかも、先ほどまでの浮遊感もなくなっていた。
なんだ、これは……?
考え、ゆっくりと目を開ける。
すると、私の瞳に映った景色は―――
「零陵、一……」
気になる男子の横顔だった。




