side01 もう一度言葉にして
「ご、ごめん……でも、これからも傍にいていい?」
「―――勝手にしろ」
少し感情的になってしまった。
悪いことをしてしまった。彼女は純粋に好きだと言ってくれたはずだ。なのに、俺は……
「根本的に向いてないのかもな……」
「どうしたの?」
「いや、こっちの話だ。悪かったな、感情を前に出し過ぎたよ」
「ううん……でも、もう少し本当のハジメを教えてほしいな」
本当の俺か。どこにあるんだろうな、そういうの。
彼女といれば、見つけられるのか。それも全部わからない。
「じゃあさ、ご飯作ろうか?最近は―――あはは、やってなかったけど、結構うまいと思うよ?」
「いや、俺は食事をとらない」
「え?食べないと体に悪いよ」
「いや、言い方が悪いな。食事はしないんじゃなくて、とれないんだ。もう、10年以上固形の物を口にしていない。だから、もう胃が弱り切っていて、栄養剤関連を液物で流し込む以外で食事に該当する行為は取れないんだよ」
「その言い方だと、前は食べれたの?」
「まあな。5歳くらいの時までは普通に食事をしていた」
「じゃあ、前のようになれば食べれるってことだよね?」
「戻れればな。別に必要もないし、そんなことに時間を費やす意味もない」
「わかってないね。でも、私も色々考えてみるから、明日また来ていい?」
「勝手にしろ」
俺が彼女にそう伝えると、満足し自宅へと帰っていく。
それにしても食事か―――長らく忘れ去っていたな。今の俺に必要なものは錠剤等でとれるから、本当に水分以外は口にしていない。
ご飯……俺の記憶の中で一番うまかったのは―――母さんの、なんだっけな。
あの、卵で包んだ食べ物。
まあいいや。今はやるべきことを……
美晴が帰宅し、静かになった部屋を見渡すと、先ほどまでのやり取りが反芻する。この部屋があそこまでうるさくなったのは初めてかな。
いや、今までもうるさくはあったか。ただ、俺を思っての言葉ではなかったがな。
俺の耳に届くのは数多くの子供たちの悲痛極まりない声だったからな。
もう慣れてしまったが、あれほど神経をすり減らすものもないだろう。
そう考えたら、彼女にはもう少し小気味良い声を出していてほしいものだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日、早朝から俺の部屋のインターホンが鳴る。
けたましいほどの呼び出し音にたたき起こされて、玄関に向かい、扉を開けると、そこには美晴がいた。
「離乳食の勉強をしてきた!」
「……は?」
「だから、『ハジメが食事をできるようになるための訓練その1 流動性の高いものを食べよう!』だよ」
「流動性って、お前そんな言葉知ってんのか?」
「昨日調べた!AIで!」
「信用なんねえな。まあいいや―――食べてはみる。だが、期待はするなよ」
俺の言葉を聞いて、食べるという言葉を確認できたことに満足したのか、彼女はすぐにキッチンに向かう。
「キッチン綺麗だね」
「そりゃ、基本は流し台くらいしか使わないからな」
「それもそうだね。そういえば、好きだった食べ物とかある?」
「……もう忘れた」
「そうか……じゃあ、思い出したら言ってね。絶対に作るから」
「思い出したらな」
「本当?約束だよ」
思い出せる保証はないけどな。もう10年以上も前のことだから。
どんな味かも、食材の味がわからない俺では、表現もできないだろうから。
俺の語彙力も大してないだろうし。
そう思いながらしばらく見ていると、彼女の手際によってかぼちゃの煮物料理が完成した。とは言っても、カボチャの水煮だが。彼女はカバンの中から取り出したハンドブレンダーを、ボウルの中で起動してしまう。
当然のごとく鍋の中身は攪拌され、ブレードによって刻まれていく。
ああ、そう言えば流動性とか言ってたな。
でも―――
「離乳食ってすり鉢とかやるんじゃないのか?」
「こっちのほうが早いし、錠剤とか飲めるんなら少しくらい形が残ってても飲めるでしょ」
「まあ、そうだが……」
「と、そうこうしているうちにできました。かぼちゃを茹でて、水を加えてぐちゃぐちゃにしました!」
「言い方どうにかならにのか?まあいいや。スプーンですくって食べればいいのか?」
俺は置いてあったスプーンを取って、数瞬持ち方に悩んだものの、どうにか持ち方を思い出して握る。
少々力の入り方がおかしいが、どうにか彼女の作った料理を口に運ぶ。
ざらざらとした食感に、それがそのまま流れていく感覚が喉を伝って感じることができる。そして、若干の逆流の気配こそあれど、致命的な嘔吐感はない。
まあ、味覚なんて機能していないのだが。
「おいしい、ことはないか。食べれそう?」
「栄養補給の効率を加味すると、圧倒的に錠剤のほうがいい」
「……」
「だが、温かい食べ物はここまで体に染みるものなのだな」
「っ!ハジメ、大好き!」
俺の感想になぜか感激の表情を示した彼女は、俺に飛びついてくる。
言うなと注意した言葉を発するが、この状況では水を差すこともできない。
飛びついてきた彼女は、簡単に俺の背中に手を回してぎゅっと抱きしめてくる。
「苦しい」
「いいでしょ。ちょっとうれしかったからこのままでいさせて」
そこからしばらくの間抱擁が続き、最後は美晴が俺の唇に口づけをして離れる。
最後は必要あったのかわからず、俺も聞いてしまった。
「お前、俺が化け物ってこと忘れてるのか?」
「忘れてないよ。でも、それ以上に私を守ってくれる優しい人だってこと知ってるから」
「俺は言うほど―――」
「優しいよ。あんたに手を出そうとしたのに、守ろうとして、約束も果たしてくれてる。あの時も来てくれて嬉しかった。本当にありがとう、ハジメ」
そう言われると、俺も反応に困る。
だから俺がどうにか絞り出した言葉は―――
「気にすんな」
だった。
「ふふっ、やっぱりハジメはお礼とか言われ慣れてないでしょ」
「まあ、みんな怖がって近づこうともしないからな」
「じゃあ私がハジメの唯一だ」
「そうかもな」
そのまま彼女は俺の膝の上に座る。
自分の胆力はすごいという言葉なき主張が聞こえるが、だがまあ悪くはない。
誰かに好意を向けられることは問題がそんなにあるわけじゃない。
しかし、弱みを持てば持つほど行動に制限が出る。
中々に難しい現実だ。




