side01 シンなるもの
里中美晴が突然叫ぶと同時に、紀里谷奈央は突き飛ばされた。
急な出来事に頭の処理が追い付いていなかったが、目だけは彼女を追うことができていた。だが、そこに見えたのは、自分から遠くへと飛ばされる彼女の姿だった。
何事かと思う前に、自身の体がたたきつけられて我に返ってしまう。
「きゃっ!?な、なんだ!?」
痛いと感じるよりも困惑に見ていている紀里谷奈央は、どうにか周りの状況を確認しようと首を回した。
そんな彼女の近くにいたのは―――
「あ……?ああ、こいつが生徒会長か。頭の狙っているってのは―――持って帰れば、俺は」
「な、なん―――いや、あの時の!」
「なに言ってんだ?俺はお前と会うのは初めてだろ?」
「違う!お前、零陵と喧嘩していた」
「ああ、あの男か。よかったな、あいつは助けに来ないぞ」
「なにを言っている?今、私はあいつの助けなんか求めて……」
どうにか抗議をするが、それは通じない。なんせもう、ほぼ自我などが存在していない。
「そうだ―――助けに来ても、今度は意味なんてない!今度はぶち殺してやる!」
その発言に嘘は見えない。そのくらいのことは彼女にも分かった。だから、零陵一に助けを望めない。それは、死ねと言っているようなものなのだから。
しかし、死にたくない。助けてほしい。そんな感情が段々と顔に現れてくる。
頭のおかしい奴に襲われて、正気でいる方が無理というものである。
抜けてしまった腰のために立ち上がることができず、這って逃げようとするが、すぐに怪人に捕まってしまう。
「つーかまえた」
「ひっ!?や、やめっ!」
「ま、待って……!」
そんな中、声が響いた。
声の主は先ほど吹き飛ばされた里中美晴だった。
「狙いは私でしょ?その人を巻き込まないで……」
「はぁ?お前みたいな女なんて代わりになる女も用意してるに決まってんだろ?」
「それは……でも、会長は」
「こいつは特別なんだよ!頭が求めてる女のうえ、こんな上玉だ。壊れたら俺たちもだな」
「こわれ―――って、まさか!」
「お前はもうそれ以上喋るな」
そう言うと、怪人は里中美晴の腹に手を当てる。
次の瞬間、彼女は目を見開いて唾を吐いた。
「かはっ!?」
腹の中のものを出されるような感覚に襲われた彼女は、すぐさま意識を手放してうなだれる。そんな光景を見せられれば、紀里谷奈央は恐怖に飲み込まれてしまう。
「や、ぃやぁ……」
「会長―――あんたが悪いんだよ。頭に目を付けられるからだ。己の魅力を呪うんだな」
「さ、触るな!」
「うるっさいなあ。だから、頭に目をつけられた時点であんたの人生は詰んでるの」
そう言うと、怪人は先ほどと同じことを彼女にも仕掛ける。
「うえっ……」
彼女もべちゃッと唾を吐きだして気絶する。
「さて、運ぶか」
「なにしてるんだ!」
「あぁ……?」
生徒が何者かに襲われている。教師としての反応だったのだろう。
しかし、彼が運が悪かった。
「羽虫には用ないんだけど?」
「と、とにかく警察に……」
人の手に負えるものではない。一目見て判断した教師が警察に通報しようとしたのだが―――
グシャッ!
スマホを取り出すよりも早く、教師は殺された。
腹部に軽く手を当てられただけだというのに、肉がつぶれたような鈍い音がした。
哀れというほかない。ただ現場を見てしまったというだけで立件することがかなわない殺人事件の被害者になってしまったのだから。
「さてと、廃工場は―――あっちか」
確認するような呟きをして、怪人は食堂を抜け出す。
それまでに目撃者こそいなかったが、すぐに殺された教師が見つかり、騒ぎが大きくなる。しかし、その頃にはもう怪人は学校から離れた位置にいた。
「随分と楽だったな。あ、やべっ」
建物と建物を移動する中、怪人はミスをしてしまう。
里中美晴を空中で落としてしまったのだ。何でもないことのように見えるが、発信機の信号が現れたのはこのタイミングだ。
「ちょっと落としたけど、けがもないし、大丈夫か」
頭に怒られないから問題なし。この考えが―――怠慢がいけない。
零陵一はいい意味でも悪い意味でも一切の容赦がない。
やると言ったらやる男。
一瞬の隙を見せれば、彼はそこに付け入ってしまう。
発信機を使ったことがなかった零陵一は知らない。返信後のリアクトの周辺には特殊な波動が出ていることを。
いや、それが電波などに影響を与えることを知らなかった。
だから彼は妨害電波だと考えたのだが、まあ、それもあながち間違いというものでもない。しかし、発信機が使えないので、居場所の探知の方法は考え直した方がいいだろう。
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「んぅ……こ、ここは?」
目を覚ました紀里谷奈央は、おぼろげな視界の中をどうにか探る。
司会の中には人が数名―――もっと言うなら、ガラの悪そうな男たちが何人かちらほらという感じだ。
バチィン!
そんな中になにかを張ったような音が響き渡る。
「だーかーら!お前が意見すんなって言ってんの!お前らみたいなのは、ひーひー喘いでればいいんだよ!」
音のした方を見れば、頬を赤く腫らした里中美晴が怒鳴られて手をあげられている。気を失う前の怪人はいないが、それ以上にこの異様な空間に恐怖は覚える。
だが、彼女を見過ごせないほどの正義感にはあふれている。
「な、なあ、なんだかわからないが、女性に手をあげるのは―――」
「ああ!ようやく起きた!面倒だから、おとなしくしておいてね。じゃないと、傷をつけなきゃいけないし、兄貴に殺されちまう」
「や、やめて……会長は、関係ないでしょ」
「なんなのお前?そういうキャラじゃなかったじゃん。あー、あれか。あの男に変な影響受けた?」
「私は……」
「お前はもう何年も俺たちの相手をしてんだよ。強いからどうのって言って、体を許すビッチがよ。たかだか童貞と少し一緒にいたくらいで絆されたのか?」
おおよそ女性に賭ける言葉ではない。いや、逆でも同じ。
そう感じる言葉遣いだったが、何も言えない。美晴はどうにか奈央を逃がせないものかと考えるが、どうやらグループの頭に気に入られているらしく、うまくいきそうにない。
それどころか、その場の男たちの不服を買ってしまい、拷問まがい―――いや、嬲ることを喜ぶように遊んでいる。
そんな凌辱を受けても、彼女の目はまだ輝いている。なにかを信じるように、なにかを期待するように待っている。
「なあ、なんでお前、そんなに希望を持ってるの?お前は今から死ぬんだよ」
「え……?」
「お前は俺たちの姿を見てしまった。男のほうはあとから処理するけど、お前はここで消す。ああ、でもチャンスはあげる。いまここで、俺たちの相手をして、一人でもお前のことが気に入れば監禁するだけで済ませてあげる」
「そんなつもりないくせに……」
もうすぐ死ぬ。美晴の心の中に一縷の恐怖が沈み込んでくる。
(せっかく一に助けてもらったのに。変われそうだったのに―――結局私は、あの時と何も変わってない……)
彼女の眼がしらに段々と涙がたまってくる。
まだ死にたくない。その感情が増幅していくにつれて、ポタポタとしずくが零れ落ちていく。
「なんだ?自分がどうしようもなくなったら泣くのか?だから女は―――」
『おらあっ!』
「「「!?」」」
突如、男の雄たけびとともに建物の扉がズガン!ズガン!と音を立てる。
その異様な事態を理解する前に扉が開いて、雄たけびを上げた男が姿を現す。
「約束を、守りに来た」




