9話 幕間:帰還
あれから一カ月が経った。
オレはあの時の事が信じられなくて、未だにここに足を運んでいる。
ここだ、この中庭で一番大きな木。
ここでアイツは消えた。
この木に寄りかかっていたはずの、アイツ――。
(召喚されるとロクでもない目に遭うから、小説だけにしとけよ)
アイツは消える前、そう言った。
それだけじゃない。
アイツは異世界についてやけに詳しかった。
最初はただのオタクかと思ってたけど、その知識はラノベやオタクの妄想というには常軌を逸している所があるのが気になって……。
拳に力を込めて木の幹を叩いてみる。
当然、何の反応もない。
「大輔……何やってんだよお前は……」
……オレは木村 頌路。
超常現象研究部の一年生。
突然失踪してしまった同級生……
皇 大輔の友人だ。
* * *
数日後、アイツが突然戻ってきた!
何事もなかったかのように講義を受けてやがる!
「大輔ぇぇぇ! 寂しいじゃあないかッッ!
俺に何の挨拶もないなんてッッ!」
講義終了と同時に、大輔の元へ駆け寄り、友情のチョークスリーパーをかける。
「ぐげげっ、ギブギブ」
「ははっ、わりーわりー」
いつも無気力そうな顔してるくせに、戻ってきてから、少しだけ元気になったように見えて、嬉しくなっちまったぜ。
「ぐぇほっ、陽キャうぜぇ……」
「休んでる間、何があったか教えろよな!」
「わかったわかった……俺、次、移動だから」
「じゃあ、終わったらサークルこいよ!」
この時はさ、ただ嬉しかっただけなんだ。
友人が戻ってきてくれて。
異世界転移?
ウソだと思うじゃんか。
普通はさ……。
* * *
「……ってなわけで、獣人の世界に行ってきた」
「…………」
「…………」
「…………」
俺は前回の異世界の話をできるだけ冷静に、第三者視点で話した。
反応はそれぞれだが、全員考えていることは全然違うのだろう。
ここは茶道部の部室の一角。
もちろん俺も頌路も茶道部ではない。
茶道部の部室を間借りしている部長以下4名のサークル、超常現象研究部の所属である。
胡散臭くも立派な名前ではあるが、その実、異世界に興味を持つミーハーが集まっているだけだ。
日々異世界小説を読み漁り、やれどんな異世界がいいだの、どんなチートが欲しいだのと妄言を吐き合う非建設的なサークル。
現実を知る俺はサークル員を可哀想な目でしか見られない。
残念ながら異世界は選んで行くものではないし、チートもありません、と。
「俺も召喚されたい!
異世界に……そう、夢と冒険の詰まった異世界に!」
突然立ち上がっては大げさに両手を広げ、天を掴もうとする頌路。
「召喚されるとロクでもない目に遭うから、小説だけにしとけよ」
釘を刺すように吐き捨てると、固唾を飲んで唇をプルプル揺らしている副部長が質問してくる。
「しょ、召喚を受けるとどうなるのですかな?」
「受けるとか受けないとかの権利はありません、強制です。
着の身着のまま、こちらの都合も関係なく召喚されます」
今のところ、トイレ等の恥ずかしいタイミングに召喚された事はないが、いつかあるかもしれないと心構えはしておいた方がいいだろう。
「召喚されると、召喚契約を無理やり結ばされます。
契約で定められた目的を達成するまで、帰る事はできません。
ですが、条件を達成すればすぐに送還されるので、まさに使い捨ての駒として最適と言えるでしょう」
そして、何よりの問題は。
「それじゃ、大輔君が学校を休んでいたのは……」
「召喚のせいです。
異世界にいた時間は、現実の時間と同じだけ進んでしまうんです」
やたら眼鏡の位置を修正している部長が冷や汗をかきながら生唾を飲み込んでいる。
召喚なんて、体のいい誘拐でしかない。
その間の俺の扱いは、もはや両親も公認の"失踪"だ。
召喚による失踪が原因で、何度転校したことか。
あぁ、そうだ。召喚はクソだ。まごうことなきクソだ。
それでも、大学出にこだわる親のため、寝る間を削って勉強した結果が……。
願書を出せば入れると揶揄されるような、県内最低のFラン大学に入ってしまった挙句、このような訝しいサークルに入れられているのだが。
一通り質問を含めた異世界の話を語り終えると、部室内がいやに静かになってしまった。
「……粗茶ですが」
こちらの異様な雰囲気を見かねてくれたのか、隣の茶道部の女性が一服差し出してくれた。
このサークルの利点は、茶道部が点ててくれたお茶が飲み放題である。
ただし超常現象研究会で食べるお茶菓子は自腹だ。
そのため、手作りの怪しいお菓子が出る事がある。
うっ、手作り菓子に酔わされていつの間にか部員にされていた思い出が……。
茶道部の女性が点ててくれたお茶を、超常現象研究会の部長が、存外茶道っぽい動きで受け取る。
あっ、お茶菓子も食べずにそんなに抹茶を飲んだら……。
「ゴキュッ、ゴキュッ、ヌフゥ……!
苦いでフゥ……!」
当然そうなる。
「実に苦い設定なのであるよ、皇殿」
作法はどこに行ったのか、抹茶をがぶ飲みした部長が、涙ながらに感想を言ってくれる。
……彼の中では俺の話は作り話ということになっているようだが。
「いやー、それだけの異世界妄想力、かなり造詣が深いですね!」
全然嬉しくない誉め言葉をくれる副部長。
その唇を震わせる癖をやめてくれ。
「なー、大輔……」
一人だけニヤけ顔が止まらない男が近づいてくる。
「マジなん?」
「マジだ」
間髪入れずに回答してやると、くぅ~っ!と両手を握りしめながら目を輝かせる頌路。
「オ・レ・も! 連れていってくれよ!」
「俺の話聞いてたか? ロクでもないんだって、召喚は!」
全く話を聞いていない頌路に対して、感情的になり声量が大きくなる。
となれば。
「ちょっと、そっち、うるさいよ!」
茶道部に怒られるのは必然であろう……。
* * *
あれから数カ月が過ぎた。
補講も順調にこなし、勉強のレベルもようやく追いついてきたところだ。
召喚の頻度は通常、1年に1回、多ければ2~3回もないことはないが、稀だ。
これも今までの経験則だが、召喚を忘れた頃に召喚される事が多い。
突然召喚されるので、本当に困るのだ。
もしこれが大勢の人前で召喚などされようものなら、大騒ぎになってしまう。
前回は恐らく誰にも見られていないはずなので、大した騒ぎにはならずに済んだ。
頌路ですら俺がいつの間にか姿をくらました……ぐらいにしか考えてはいまい。
と、召喚への心構えをしつつも、目下の問題は後期試験である。
まだもう少し先の話とはいえ、秋分も過ぎている季節柄、日々の予習復習が基礎学力の向上に必須なのだ。
というわけで、静かな部室で頌路と二人、勉学に勤しんでいる。
「ちげーって。そこは、whateverだよ。
"なんでも"って意味で繋げないとおかしくなるだろ」
必須であるが故に、サークルの時間を利用して、俺より勉強のできる男に教わる必要があるのだ……!
「待て、それなら、wheneverとはなんだ」
「"いつでも"だよ。異世界行ってんのに、何で語学が弱いんだ?」
「基本的に異世界転移に語学の心配はないんだ……」
基本的には、な。
魔法陣の組み方にミスがあると、正常な意思疎通ができなくなって大混乱を巻き起こすこともある。
意思疎通が必要ない召喚でもなければ、通常はしっかりと描かれるものだ。
一応召喚する方にだってリスクはあるのだから。
――。
「ん?」
今、何か聞こえたような。
「頌路、何か言ったか?」
「だから、wheneverは、"いつでも"だって…」
――――助けて――――。
俺の体が青い光に包まれた。
「「あ」」
二人の声が重なる。
頌路が何か大げさに騒いでいるが、もう聞こえない。
あいつ、ホントに異世界に憧れてるもんな……。
まぁ、それはそれとしてこのタイミングでの召喚……。
――留年、かなぁ……。
二章へ続く