最終話 終幕:異世界転移真実譚
あの別れ以来、俺の生活は何事もなく続いていた。
俺は一度も召喚されることなく、平穏な日常を過ごしていた。
「大輔」
「かりん」
今は、学生時代に茶道部だった高橋かりんと共に、地方のインフラ会社に勤務している。
恋愛? おいおい、腐れ縁だよ。
「車、乗っていくか?」
「うん、そうさせてもらおうかな」
かりんを乗せ、静かに車を走らせる。アクセルは静かに、ブレーキは優しく。
「大輔、最近異世界の話、しなくなったね」
「ん、大体話は聞いてもらったしな……」
「私、リヴェーラさんの話が良かったなぁ、楽しそうで」
「はは、確かにあれは楽しかった」
過去の異世界についての、とりとめのない会話。過去が通り過ぎるように景色が流れていく。
「缶コーヒーもらうねー」
「どうぞ」
缶コーヒーは車に常備してある。
カシュッとプルタブを開けたであろう音が隣から聞こえる。
「はい、大輔」
「ん、俺のか」
視線を動かさず、かりんの手から缶コーヒーを受け取り、一口含む。
缶コーヒー独特の甘ったるさが、仕事終わりの脳に効いた。
「かりんも飲んでいいぞ」
「いただいてまーす」
「手の早いやつだな」
「いつものことでしょ」
かりんの図々しさに思わず、失笑してしまう。
「ねえ大輔、異世界って結局いいところなの?」
「……わからない。俺の行った異世界はいいところも悪いところもあったからな」
「頌路さんは異世界に希望を見つけたんだよね?」
「頌路……」
信号は赤。懐かしい名前にブレーキを踏む力が少しだけ強くなる。
「だけど、あいつは……」
頌路は、今も日本に住んでいる。異世界への召喚を待ち望んで……。
「ここでいいよ」
「えっ、家までまだ遠いだろ」
「大輔は、頌路さんを助けなきゃ。困った人は、なぜか助けちゃうんでしょ?」
「お前なぁ……」
言うが早いか、かりんは車から降りて手を振っていた。
「……仕方ないな」
ここはかりんの提案に乗っかるとするか。
……俺も頌路の現状には思うところがあるからな。
* * *
「頌路、入るぞ」
ここに来るのも数年ぶりか。
俺は再度の召喚が来た時の為に、頌路から家の鍵を預かっている。
「……」
声とも聞き取れない音が耳に入り、入室を許可されたのだとわかった。
1Kの小さな部屋の奥に、何をするでもなく座り込む人影があった。
「電気ぐらいつけろよ」
ピッ。
暗い部屋で乱雑に放り出されていたリモコンを操作し、明かりをつける。
心なしか、頌路の周りだけ暗い気がする。
「仕事、してないんだってな」
俺は車から持ってきた缶コーヒーを頌路に渡しながら聞いた。
「――……」
返事はかすれて聞き取れなかったが、おおよそ肯定だろう。
頌路は缶コーヒーをちびちびと口にしながら、ぽつぽつと現状を話し始めた。
「いつまで待っても……来ないんだ……」
「召喚なんて待ってても来ないぞ、急に呼ばれるもんだ」
「ずっと、待ってるんだ……オレ……」
「頌路、お前の気持ちは……正直わからないけど、今のお前の姿を見て、みんなが喜んでくれるとは思えないぞ」
「……」
頌路は缶コーヒーを床に置き、静かに首を垂れた。
「もう、諦めて、しまおうか……」
「それがいいかもな」
ゆっくりと立ち上がって俺は伸びをする。
助けるって言ったって、結局俺が頌路にしてやれることなんて何もない。
「今、なんて?」
「ん? それがいいかもなって」
「いや、そうじゃなくて、ショウジって……」
なんだ? 頌路のやつ、とうとう心の声でも聞こえるようになったのか?
──。
いや、違う。俺にも聞こえた!
こいつを、頌路を呼ぶ女性の声が!
「頌路!」
「大輔……!」
かつて見慣れた青い光が、頌路を包む。
「頌路……!」
「ああ、ああ……!」
繋がった! 信じられない、三度も同じ異世界に繋がるだなんて!
『ショウジ……!』
はっきりと聞こえる、エリカ王女の声。
俺は慌てて一歩退き、光から離れる。
「頌路!」
あの世界は、ずっと頌路を呼んでいた。
だが、希望を捨てない限り、召喚は成立しない──そんな理屈があるのだとすれば。
だからこそ、今まで何も起きなかったのかもしれない。
そして今──それがようやく、解けた。
「大輔……行ってくる!」
「ああ! 幸せになれよ!!」
青い光は頌路を飲み込んだかと思えば、瞬時に……消えた。
そして部屋には、何もなかったかのように静寂が訪れた。
「はは、俺もこんな風に消えてたのか」
だが、今回の召喚は違う。頌路が真に望んだ、真の居場所への召喚。
人は、それぞれの居場所があるものだ。
俺と頌路は、それが違っただけ──。
これが、俺の知る異世界転移の──
──真実譚だ。




