次の一歩
彼らを待つ間は、主に私が、両親の家に行った時のことなどをとりとめなく話して過ごした。
そのうち、満先輩が一番乗りでやってきた。
「やっほー」
案の定、このカフェには一番似合わない登場の仕方だ。しかも、ジャージ姿でスポーツバッグを背負っている。そういえば彼は何部なのだろうと一瞬思ったが、バッグに英語でバレーボール部と書いてあった。
「亜紗美ちゃん、元気そうでよかった。さっそく報告聞きたいところだけど⋯⋯」
満先輩がこちらをちらりと見る。
「私、いない方がいいですか?」
本来は、部外者の私が生徒会の事情を知るのは良くないのだろう。
しかし彼が何か言う前に、亜紗美が首を横に振った。白藤色だ。先ほどまでいつもより饒舌になっていたから忘れかけていたが、まだ人と喋ることは彼女にとって大変なことなのだ。
「私が亜紗美から聞いたことを報告しますよ」
「うん、それがいいかも。お願い」
満先輩もなんとなく亜紗美の不安を感じ取ったのか、すぐに頷いた。
「あ、でも朔も来てからの方が面倒じゃないかも」
「朔ちゃん?も、くるの?」
満先輩は眉を寄せて戸惑っているようだった。亜紗美はあっという顔になり、困ったようにこちらを見る。2人の反応に急に不安になる。
「だめ、だった?」
「いやぁ、この調べもの、朔ちゃんに知られたら止められる可能性大だからね」
「え、そうなの?」
満先輩はうーんと唸る。忘れていたらしく、申し訳なさそうにしている亜紗美は責められない。
「だから、やっぱ先に報告聞かせて。何で朔ちゃんも呼んでるのかも知りたいしね」
満先輩の言葉に頷く。きちんと理解しているか分からない私なりにも、亜紗美の反応を確認しながら話し始めた。
近くにいる元生徒会の人には全員話を聞けたこと。皆が口を揃えて"里見さん"に指示されたとしか言わず、本当に大事なことは知らなそうだったこと。元情報係のみが知っていそうで、元生徒会長の居場所は現生徒会長が知っていると教えてくれたこと。"里見"という人を調べて、歴代生徒会の中で1人見つけたが、それが千翔くんの従兄弟だったこと。
満先輩が知りたいことを、亜紗美が私に全て話してくれたのかは分からなかったが、彼は満足そうに頷いた。
「なるほどねぇ。頑張ったね、亜紗美ちゃん」
満先輩が笑いかけると、亜紗美は恥ずかしそうに俯いた。
確かに、亜紗美には大変な事だったはずだ。今日最初に会った時のような状態になるまで、ちゃんと情報を集めてきたのだ。今回のことは、確実に彼女に何かしらの変化をもたらしただろう。
「しっかしどうするかな、今から朔ちゃん来ちゃうんだよね。蔵ノ城真琴の居場所だけうまく聞けるかなぁ」
満先輩はまたうーんと唸り始めた。
彼が1人で考え込み始めてから数分、店のドアが開いた。中に入ってきたのは、朔と⋯⋯
「千翔くん、来てくれたの」
「なんでこんなに集合してんだ⋯⋯」
来ないと思っていた千翔くんが、朔の後ろから顔を覗かせた。なんだかんだと言いつつもきちんと来てくれるあたり、彼の天邪鬼さが見える。
満先輩は朔がいるからか、千翔くんが来た理由は聞かなかった。先程の報告から察してはいるだろう。
「僕も、みんないるとは知らなかった。何の集まり?」
朔が楽しそうに隣に座ってくる。
「ちょ、狭いから。こっち寄らないで」
千翔くんがわざとなのかこちら側に座ってきて、朔はさらに私の方に寄ってくる。満先輩の時には来なかったバイトが、メニューと水を持ってきた。私たちはここがファミレスなどではないことに気づいて、一気に静かになる。
朔を押し除けていると、斜め前に座る満先輩の視線に気づいた。私ははっとする。彼にも朔との関係は話していない。
「朔ちゃんとアリスちゃんが兄弟って本当だったんだねぇ」
やはり彼も誰かから聞いたのか、情報係で元々知っていたのか、既に知っているようだ。しかも、楽しそうにこちらを見ている。
私は苦笑いして頷く。なんだか中途半端に隠しているの方が面倒になってきた。あと何人とこのやりとりをするのだろう。
「それで、俺らはなんで呼ばれたの?」
千翔くんの言葉で、本題を思い出す。彼は、後から呼ばれたのは、彼と朔だけだと思っているようだった。
私は満先輩をちらりと見る。詳しい事情を知らない以上、下手に口を開けない。亜紗美はもとよりだんまりだ。満先輩は私の視線に気づいて頷いた。
「もうすぐ文化祭じゃん?その企画の1つとして、生徒会の武勇伝をテーマに調べてるって人がいてね。アリスちゃん経由で俺たちに話が回ってきたわけ。で、歴代の生徒会長に会って武勇伝を聞きたいから、協力してほしいって話を受けてたんだけど⋯⋯」
ぺらぺらと淀みなく話す満先輩を、私は半ば呆れて見る。先ほどの短い時間で何か考えているとは思っていたが。この人も平気で嘘がつける人間だ。こうやって情報を集めているのかと思うと、少し怖くもなる。敵にはまわしたくない。
「何人か連絡先が分からない人がいたから、朔ちゃん知らないかなって」
「武勇伝なんていっぱいあるね」
朔は笑って言ったが、どこか牽制するような雰囲気だった。私にはその意味が分からなかったが、敏感に察したような満先輩は、すぐに笑い返す。
「もちろん、生徒会長になってちょーモテちゃったとか、そういう話だよ」
「なるほど。まぁでも、そういうのは満くんたちの方が得意じゃない?僕は先代の四季神先輩くらいしか知らないし」
「しきがみ?」
思わず呟いていた。つい最近聞いた珍しい名前だ。それをまさか朔の口から聞くとは。朔は首を傾げてこちらを見る。
「知ってる?」
「えっと、このあいだの合宿でその苗字の人がいたから」
私は慎重に言う。
合宿の後、朔に日向くんのことを聞こうかとも思った。しかし、私がまた生徒会のことに首を突っ込んでいることを知れば、朔は何かを隠そうとするだろう。日向くんに口封じをするかもしれない。だから、下手に彼の名前を出すのはやめたのだ。
しかし、この流れならば自然に朔の反応を見ることができる。
「ああ、そっか。弟が1年生にいるっていうのは聞いていたよ」
「弟?」
「うん。前生徒会長、3年の四季神日景先輩の弟」
驚いた。それと同時に、納得もした。前生徒会長の弟ならば、彼があれだけ生徒会の事情に詳しかったのも頷ける。
しかし、朔は彼の存在を今初めて知ったように言った。2人は関わりがあると勝手に思っていたが、日向くんが一方的に知っているだけだったのか。それとも、朔が嘘をついているのか。
「それで、なんだっけ?」
私があれこれ考えているとは知らず、話は戻る。
「歴代生徒会長と連絡取れないかなって話」
「そうだった。でも、残念ながら知らないな」
これは嘘には聞こえなかったが、確信はない。朔が堂々と答える時は、嘘の可能性がある。
「ほんとに?蔵ノ城真琴って人は?」
私は内心ぎょっとした。亜紗美も同じようで、横目で満先輩を見ている。
名前を出したら、こちらが調べていることがバレる可能性が高くなる。しかし、満先輩は大胆な策に出た。口元はきゅっと上がり、挑むような目はまっすぐに朔を見つめている。朔をこうやって見ることのできる人は数少ないだろう。
「知らないなぁ⋯⋯多分」
思いがけず、朔は自信なさげにそう言った。
「多分?」
「聞いたことあるようなないような。有名人に似た名前がいたのかな」
朔の態度はやはり嘘ではなさそうだった。嘘をつくときは、もっと隙のない顔をする。隙があるようで、ない顔だ。今は違う。本気で考え込んでいるようだ。
「知らないならいいんだ。ごめんね、それだけ聞きたくてアリスちゃんに呼び出してもらっちゃった」
「別にいいよ。どうせ暇だったしね」
朔は考えることをやめてあっけらかんと笑った。彼も久しぶりに家族以外の人と会って楽しそうに見えた。
「俺はなんで呼ばれたんだ?」
黙っていた千翔くんが気だるそうに言った。早くもここに来たことを後悔しているような顔だ。
「連絡先の分からないもう1人の人が、千翔ちゃんの従兄弟だったからだよ」
千翔くんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに視線を逸らした。
「あの人は忙しいから、捕まえるのは無理だな」
「忙しいって、仕事?」
「そう。最近偉くなったとかで、急に仕事入ることが多くなったらしいから」
千翔くんの身内の話を初めて聞いた。彼はあまり自分のことを話さない。思わず興味が湧く。
「ほんとに、少しも会えない?」
私が横から口を挟むと、彼は何か言いたそうにこちらを見た。首を傾げてみせると、何も言わずに少し困ったような顔をした。
「分からないけど、あの人が会うって言うとは思えない」
「お願い千翔ちゃん。連絡先だけでもいいから」
「1人くらい話聞けなくてもいいだろ」
言い返せない満先輩が悔しそうにしてるのが伝わってくるが、これ以上食い下がっても不自然だ。
「たしかに」
満先輩は、次の瞬間にはあっけらかんと笑ってそう言った。
しかし、収穫無しには変わりない。特に、朔が元生徒会長について知らなかったことが予想外だった。嘘は恐らくついていない。せっかくの手がかりが無駄に終わったということだ。
亜紗美もずっと無表情だが、内心落胆しているであろうことは容易に想像がつく。
「朔ちゃん、お水もらってきてー」
「え、僕。いいけど。他にいる人は?」
「お願いします」
突然パシリにされた朔が戸惑いながらも立ち上がった。千翔くんがすかさずコップを差し出す。朔が出られるように立ち上がった彼の方が行けばいいのに、と思う。
朔が離れると、千翔くんが座り直して頬杖をついた。朔がいなくなったので、その動作が視界に入ってくる。思わず横顔を見てしまった。ふと、誰かに似ている、と思う。
「なぁ」
その口が動いて声が発せられたことにびくっとしたが、千翔くんの目は真っ直ぐ前、満先輩を見ていた。
「あんたら、何企んでんの?」
どきりとして、思わず先輩を見る。彼は小さく、え、と呟いたが、すぐににっと笑った。
「蔵ノ城真琴と、どうしても連絡が取りたいんだ。居場所は生徒会長が知ってる」
彼はいつもより小さい声で、早口に言う。千翔くんがその質問をしてくると知っていたかのように。まさかとは思うが、わざわざ朔に水を取りに行かせたのは、このためか。
千翔くんが面倒なことに首を突っ込むタイプではないのは知っているが、彼の機転はたしかに欲しい。今も、何か企んでいると見抜いた。
千翔くんが何か言う前に、朔が戻ってくる。千翔くんが立ち上がるのは面倒だというように、こちらにつめてきた。
「朔ちゃん、元生徒会で知ってる人って、四季神先輩以外にはいないの?」
満先輩が話を戻すきっかけをつくるようにそう切り出した。朔は依然としてなんの引っかかりも覚えない様子だ。彼も頭はいいが、先輩の飄々《ひょうひょう》とした感じが、疑問を持たせないようだった。
「うん。四季神先輩には連絡とる?」
「いや、四季神先輩の連絡先はこっちでも分かってるから、大丈夫」
「朔先輩、生徒会長に代々受け継がれてるものとかないですか?」
唐突に千翔くんが尋ねた。
「あ、それいい。初代からのものとか話のネタになりそうだね」
すぐに満先輩がのっかる。私には意図があまり分からないが、千翔くんは協力してくれるようだ。2人にまかせて大人しく聞いていようと決め込む。
「初代から受け継がれてるものかぁ。伝統?」
千翔くんは表情を歪める。
「うそうそ、でもほんとにそのくらいしか⋯⋯」
朔が顎に手を当てる。
「初代からじゃないけど、あるな、受け継がれてるもの」
「なになに?」
「仕事の細かい説明書」
「うわ、そんなのあるの?」
顔をしかめる満先輩に、朔は笑った。しかし、千翔くんは顔をしかめも笑いもしていなかった。
「それ、今ありますか?」
「今って⋯⋯持ち歩いてはないよ。生徒会室に保管してあるから」
「連絡先とかは?」
「ああ、それが見たかったの。どうだろう、最近見てないから覚えてないな」
千翔くんは考える素振りを見せる。何を考えているかは分からない。
「それはいつから受け継がれてるか分かりますか?」
「いつからかは分からないけど、8年前以降だろうね」
「なんで、8年前?」
「あっちの仕事始めたのが8年前からだからだよ。その説明書にはそれものってるから」
代名詞が多くなって話が見えなくなってくる。私は先程から考えてることをやめたように、ちまちまと水を飲んでいた。しかし、頭の中では日向くんの言葉が思い出されていた。
生徒会は指名制。学校の番犬、学校のためならなんでもやる⋯⋯。
正直、亜紗美から調べごとの話を聞いたときには、その内容には興味を持たなかった。しかし、この話が生徒会の在り方に関係があるのなら。
私は生徒会ではない。関係ないといえば関係ない。しかし、知らずに利用される立場にはなってしまっている。
「他に受け継がれてるものは?」
「特にないかなぁ」
「じゃあその説明書ってやつ、あとで見てもいいですか?」
「いいよ。一応機密事項に当たるから、生徒会の誰かがいる時ならね。みんなには許可したこと伝えておくよ」
話が一段落したようだ。
私は軽く首を回す。話に興味がないような表情で。最近はどんどんこういうことが得意になっている気がする。
隠し合い、探り合う。
急に、店内で流れる静かなジャズが悲しく聞こえてくる。外を見ると、世界がオレンジ色に包まれていた。
目の前で亜紗美が小さく欠伸をする。
その日はこれでお開きとなった。




