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運命の鎖  作者: 桔梗
金糸雀色の秘密
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危険な興味

 スマホの時計を見ると、約束の5分前だった。私は学校のそばにあるカフェの入口で中を覗き込む。以前亜季さんとも来たことのある、カフェ・クレオメだ。


 今日会う約束をしていた亜紗美あさみは、すでに中にいるようだった。端っこの方の席で、なにやらかしこまった様子でじっと座っている。


 相変わらず人は少なく、亜紗美の他にはおばあさんと、自分と同い年くらいのバイトと年老いた店長だけだった。しかし、それでいい。亜紗美はこのくらいの方が落ち着くと思ってここを選んだのだから。


「お待たせ」


 中に入り彼女の前まで行って、顔を覗き込むようにして声をかけると、彼女はびくっと身体を震わせた。無表情で見上げてくるが、何も言わないのはいつものことだ。


 私はいつも通り笑いかけて、亜紗美の前に座った。やってきたバイトにコーヒーを頼むと、ずっと同じ姿勢でいる彼女の顔をもう一度覗き込む。


「亜紗美から連絡くれるなんて珍しいね。どうしたの?」


 しばらく返事がないのも、珍しいことではない。しかし、いつもは喋ろうという意思が感じられる。今は身体も顔もこわばり、わずかに目が泳いでいるように見えた。


「ゆっくりでいいよ。今日はもう部活終わったし、この後は暇だから」


 亜紗美は少しだけ頭を縦に動かした。そして、スマホをなにやら操作して、画面をこちらに見せる。


 そこには数名の名前が並んでいたが、いずれも知らない名前だった。彼らの情報と思われるものが横に書かれている。しかし、一番上の1人は、情報が一行しかなかった。


『蔵ノくらのじょう真琴(まこと) 8年前の生徒会長。居場所は現生徒会長が知る』


 以下の名前も、8年前の生徒会員のようだった。


 私は首を傾げてみせる。亜紗美が彼らについて調べているようだということは分かったが、それを私に見せる意図が見えない。


 亜紗美は、再びかたい姿勢で固まっていた。下唇を噛んで俯く彼女からは、緊張と焦りのようなものを感じる。


 しかし、彼女がスマホの画面を自分の方へ戻したとき、ちらりと見えた。隠されていた金糸雀かなりあ色。


 最初に会った時から思っていた。亜紗美は、言葉を発することが少なく物静かに見えるが、人より考えることも感じることも思うことも少ないわけではないのだと。たぶん、むしろ人より多いのだと。隠しきれない色がそれを物語る。


 だから私は、彼女に興味を持った。美しい色をなぜそんなに隠そうとするのだろうかと。


 彼女に会ってからまだ日も浅く、彼女と交わした言葉は数えられるほど。だけど、言葉以外が語るものは多くある。最近、彼女の方から歩み寄ろうとしてくれていることも知っている。


 無理に知ろうとはしたくないが、知りたいと思うのは悪いことなのだろうか。


 目の前の彼女の様子がおかしいことを心配し、不安を取り除いてやりたいと思うのは、"友達"とはっきり言えるような関係でなくてはいけないのだろうか。


 危険な興味は、止めたくても止められないものだ。


 たぶん、私がそれを一番よく知っている。


 私の口角は思わず上がっていた。亜紗美が不思議そうにこちらを見る。


「同じだね、私も知りたいことがあるの。ほんとは大した理由もないんだけどね。亜紗美も?」


 亜紗美は乏しい表情ながらも、目を丸くしていた。そして、スマホの画面を見つめる。


「何色?」


 亜紗美がぽつりと呟く。私は久しぶりに聞いた彼女の声に、思いのほか嬉しくなった。


 亜紗美は綺麗な声をしている。女の子らしい高めの声に、やわらかさが含まれている。もっと多くの人に聞いてもらえないのが残念なくらいだ。


「亜紗美が話してくれたら教える」


 私は意地悪く笑った。


「でも、隠さなくたって亜紗美は綺麗な色を持っていることを、自分で知った方がいいよ」


 亜紗美は頬をほんのり赤く染めて俯いた。しかし、いつの間にか顔も身体も力が抜けてきたようだった。


「知りたいの。でもうまくいかない」


「うん」


 上目遣いでこちらを見る亜紗美からは、いつも通り話そうという意思が見られた。私は辛抱強く待つだけだ。


「生徒会の情報見てて、気づいたことがあって⋯⋯」


 話すことを怖がる彼女は、人の2、3分の1のスピードで、ぽつりぽつりと話し出した。


   ***


 亜紗美が話したことは、正直思いもよらないことで、戸惑っていた。しかし、生徒会に関する調べごとをしていることは理解したが、それ以外があまり見えてこない。なぜ私に話したのかとも思った。


 彼女は、肝心な部分を話さなかったのだ。


 それよりも、これまでになく一気に言葉を発し終えて、水を大量に飲み込んでいる亜紗美の方が気がかりだった。身体を震わせていた先ほどの様子とはかけ離れていたが、身体から力が抜けた分、どこか放心しているように見える。


「大丈夫?」


 亜紗美はコップを置くと、こくりと頷く。


「大丈夫」


 こんなに返事が早いのは初めてだった。逆に心配になる。


「もう言葉は怖くないの?」


「あ⋯⋯えっと」


 眉間にシワがより始めるのを見て、慌てる。


「いやっ、それより、どうして私に話してくれたの?何か手伝えることがあれば協力するけどさ」


 調べごとに関しては亜紗美の方が優秀だ。協力できることといえば人と話すようなことだが、それも彼女は自分でやったようだった。そして、最初は協力してもらっていたらしいみちる先輩ではなく、私に連絡してきたことも気になる。


 亜紗美はやっといつも通りの無表情になっていた。長いまつ毛が僅かに伏せられているのは、考え事をしている証拠だった。


 しかし、待てど口を開く様子はない。いつも通りといえばいつも通りだが、今日は様子がおかしいので、やはり心配だった。


「まだ、調べごとの途中なんだよね。満先輩に連絡する?」


 黙っている亜紗美から、白藤しらふじ色が見える。不安の色だ。


 生徒会とは関係のない私に話した理由として思い当たるのは、彼女が本当に話したい人との仲介だ。一気に話す前の彼女は、どこか思いつめた顔をしていた。話すことをいつも以上に怖がっているように見えた。


「亜紗美、大丈夫だよ。亜紗美は私を頼ってくれたんでしょ?最後まで手伝うよ」


 なるべく明るく笑いかけると、顔を上げた亜紗美は眉を少し下げた。


「ありがとう」


 やはり、いつもより返事が早い。


「柳先輩と、里見くんも⋯⋯」


千翔ちかくんも?」


 さくはまだ分かる。亜紗美は、先程見せてきたデータにのっていた、8年前の生徒会に話を聞いていたようだった。まだ話を聞いていないのは、元生徒会長の蔵ノ城真琴という人。そして、彼女の居場所は朔が知っていると書いてあった。


「里見さん」


 亜紗美がぽつりと呟く。彼女の話の中でも出てきた名前だ。


「もしかして、里見繋がり?」


 亜紗美はこくりと頷く。そして、元生徒会の人たちが言っていた”里見さん”が、千翔の従兄弟の可能性があることを話した。


「分かった。そういうことなら、みんなここに呼ぼうか」


 亜紗美はまた不安そうな表情を見せたが、大丈夫、と笑いかける。


「亜紗美の代わりに私が話すよ」


 そう言ってスマホを取り出す。メールより電話の方が早いだろう。今の時代、電話番号を知らなくても連絡アプリで電話が出来るのだから、便利だ。


 そう思いながら最初に電話マークを押したのは、一番上に通知が来ていた朔だった。クレオメに来てから1時間ほどしか経っていないのに、いつ帰るのかと連絡が来ていた。朔は基本的に暇なのだ。案の定、電話にもすぐに出た。


『もしもし?』


「朔、今から学校の近くのカフェ来れる?」


『えっどうしたの突然。行けるけど』


「じゃあ速攻で来て」


 返事は待たずに切った。どうせ喜んで飛んでくるのだろうから。


「ふふっ」


 ぱっと顔を上げると、亜紗美が口元を片手で覆っていた。口角は既に上がっていなかったが、目を逸らして少し恥ずかしそうにしている。


 そういえば、彼女は朔と私の関係を知らないはずだ。しかしこの反応を見るところ、情報係というのだから、既に知っていたのかもしれない。


 朔への雑な対応を笑われて、嬉しいような恥ずかしいような。


 彼女が笑うのは貴重だ。もっと笑顔を見たかった。


「朔はたぶんすぐ来るよ」


 亜紗美にしては、何か言いたそうにしている。やはり、私たちの関係についてかもしれない。


「亜紗美にはちゃんと言ってなかったね。朔が私の兄だってこと」


「びっくりした。⋯⋯でも、似てる」


「ほんと?」


 亜紗美は頷く。やはり、彼女は既に知っていたような反応だった。しかし、似ているかどうかは、正直自分では分からなかった。


「そ、それじゃ、次は満先輩かな」


 少し恥ずかしくなって、スマホを見る。亜紗美も、促すようにもう一度頷いた。


 満先輩も呼んだらすぐに来そうだ、と思いながら通話ボタンを押す。


「もしもし、満先輩。今亜紗美といるんですけど⋯⋯」


『えっ!亜紗美ちゃん、大丈夫?いつもと違うところない?』


 用件を言う前に、大きな声でさえぎられた。彼も心配していたようだ。漏れ聞こえたのか、亜紗美が少し表情を崩して頷いた。


「大丈夫ですよ。いつも通り元気そうです。それで、今からこっち来れませんか?学校の近くのクレオメっていうカフェです」


『行く行く!さっきちょうど部活終わったし。⋯⋯亜紗美ちゃん、アリスちゃんに何か話した?』


「何か調べものをしてて、昔の生徒会に話を聞いてるってことくらい」


『そっか。じゃ、片付けたらすぐ行くよ』


 本当に秒で来そうだ。なにせ学校はすぐ目の前なのだ。しかし、今更ながら、この静かなカフェに彼を呼んでよかったのかと心配になる。


「満先輩が来たら、最初に、小声で話すように言わなくちゃだね」


 亜紗美はまたくすりと笑ったようだった。リラックスしたような彼女の様子に安心する。


 私は、再びスマホを見る。残るは千翔くんだった。彼は電話も出るか怪しい。


 しかし予想に反して、すぐにテンションの低い声がした。


『もしもし』


「千翔くん、今ひま?」


『音楽聴くのに忙しい』


 そのまま切られそうな勢いだったので、慌てて口を開く。


「大事な話なの。亜紗美が調べてることあって」


『俺に関係ある話?』


「関係あるから呼んでるんだよ。お願い、学校近くのカフェだから」


『⋯⋯厳選100曲プレイリスト聴いてからな』


「日が暮れちゃうよ!」


 言い終わる前に、電話は切られた。やはり予想通りではあった。来てくれるかは微妙そうだ。ため息をつく。


 ふと亜紗美を見ると、わずかに笑っていた。


「な、なに?」


 もっと亜紗美の笑顔が見たいとは思ったが、今は何に笑われているのか分からなかった。


「里見くんと仲良い」


「これは、仲良いって言うのかな⋯⋯」


 千翔くんと特別仲良いと思ったことはない。むしろ扱いが難しいと思っているくらいだ。


「まあ、千翔くんはあんまり期待しない方がいいかも」


 亜紗美も彼の性格を分かっているようで、肩を竦めるだけだった。

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