亜紗美・聞き込み
亜紗美は最終確認をするように、スマホに書かれた情報を見た。
8年前の生徒会員は全部で7人、現在と同じで少数精鋭だった。そのうち2人は現在地方で勤めているため、話が聞けそうなのは5人。しかし、ただ1人生徒会長の蔵ノ城真琴の居場所だけは、亜紗美の情報処理能力をもってしても分からなかった。
「まずは手っ取り早く生徒会長に話聞きたかったけど⋯⋯さすがにガード固いね。とりあえず、副会長から攻めよっか」
そういう満の助言により、早速、亜紗美は当時の生徒会副会長、廣瀬早貴の家まで来ていた。
話すことが苦手な亜紗美にとって、電話は最も使いたくないものであったため、アポを取るのは満にやってもらった。
生徒会と言うことで警戒される可能性を考えて、朝霧高校の生徒であり、OBOGのインタビューをしたいとだけ言ったようだ。嘘はついていない。
休日だということもあり、その日は3人に会う予定だった。廣瀬早貴と、名古屋涼、塩谷國雄だ。2日後には、当時の情報係の日野祐介に会う。
突然だったにも関わらず、朝霧高校と聞くと、4人とも嫌な顔をせず日程を調整してくれたようだった。
「よく来たね。どうぞゆっくりしていって」
早貴は、がちがちに緊張したまま家に上がった亜紗美に、お茶を持ってきて微笑んだ。亜紗美にとってはインターホンを押すまでも一苦労だったが、彼女はフレンドリーに出迎えてくれた。
彼女は一人暮らしをしておらず、ここは彼女の実家だった。広いリビングが、亜紗美をいっそう委縮させる。
当時高校2年だった廣瀬早貴は、現在社会人3年目、都内の大手企業で働いているようだった。佐藤多留都のような女の子特有のふわふわ感を持っている。ばりばり働く女性には、一見見えない。
「坂倉亜紗美ちゃんだっけ。今朝高ってどんな感じなの?8年も経ってるから色々変わってるんだろうなぁ。うわー懐かしい」
彼女がよく喋る人で助かったと一瞬思ったが、質問されるのは困る。おそらく顔には出ていないのだろうが、亜紗美はこれまでにないくらい緊張していた。
「桜が綺麗です」
どんな感じというのはどういうことだろうと思ったが、とりあえず思いつくことを言った。黙っていては不審がられて、聞きたい話を聞き出せない、と満に言われたからだ。
しかし満も、亜紗美が上手く話せないことを知っているため、効率的に話を聞き出す流れをある程度考えてくれていた。まずは、こちらが生徒会と知らせることだ。
「あはは、確かに綺麗だったねぇ。それは変わってないんだ」
ころころと笑う彼女は、教師大量解雇の件について思い出している様子はない。あれほどの大きな出来事なら、どのような思いでやったとしても、高校時代を思い出す時に一番くらいに頭に浮かびそうなものだ。
それとも、思い出したとしても彼女にとっては何とも思わない程度のことだったのだろうか。
「それで、亜紗美ちゃんは何のインタビューしてるの?」
「生徒会の」
早貴の動きが一瞬止まった。
どうやってこちらの正体を知らせようと考えていたため、今度の質問ではすんなりと言葉が出た。
早貴はへぇと言ったが、少し表情が硬くなっている。やはり、何とも思っていないわけではなかった。
「もしかして亜紗美ちゃん、今の生徒会なの?」
亜紗美は、はっきりと頷く。
「じゃあ、私が元生徒会って知ってるってことかな?」
また頷く。
「そっか。何が聞きたいの?」
早貴の表情の硬さは既に消えていた。こちらに笑顔を向けている。
亜紗美は、次は何をすればいいんだっけ、と満に教わった手順を思い返す。黙ったままの亜紗美に、早貴は困ったように首を傾げていた。
「裏の仕事はまだしてるの?」
亜紗美が何かアクションする前に、早貴がまた質問してきた。亜紗美も先程と同じように頷く。
少し違和感を覚える。
亜紗美たちが裏の仕事をしていなかった場合、今の早貴の質問で、そのような仕事があったことがバレてしまう。しかし彼女は、無用心にもその質問をした。
彼女は今も裏の仕事が続いていることを、知っていたのだろうか。
「大変だよね、通常の仕事に加えてあれやこれや追加でやるんだから」
早貴は自分で用意したお茶を一口飲んだ。つられて亜紗美も手を伸ばす。
今の言葉、とても他人事だ。
亜紗美は次に何をするべきか思い出して、スマホを取り出した。満の時と同じように、まとめたデータの写真を早貴の前に差し出す。
彼女は不思議そうにしながらも画面を覗き込んだ。そこに何が表示されているか分かるにつれて、彼女は目に見えて表情を固くしていく。
「そっか⋯⋯あなた、もしかして情報係?」
声のトーンがさっきより落ちている。僅かな笑みは消えていなかった。
「うちの情報係も、喋ることを恐れてるような人だったよ」
空気がぴりっとしている。亜紗美が何を求めているかが、相手にも明らかになった証拠だ。
主張ができない亜紗美が、彼女からどのくらい情報を聞き出せるかは、ほとんど賭けだった。
「これは掘り返すものじゃないよ。それに、もうデータは揃ってるじゃない」
「理由が、分からないんです」
「残念だけど、私たちは私たちがやったことしか知らないよ」
この話題自体を拒絶しているようで、嘘か本当か見抜けない。
対話には信頼関係が必要だ。一度拒絶されたら、こちらから踏み込まなければ、それ以上なにも聞けない。しかし、踏み込むにはこちらの意思を示す必要がある。亜紗美の中身を彼女に晒すことになる。
亜紗美は汗ばむ手を再び湯のみに伸ばした。大して喋っていないのに乾いている口に、お茶を一気に流し込む。
満に決意を示した手前、簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
「理由もなくやるには大きなことです」
「そうだね。でも本当に、何も話すことはないんだよ。学校を守るため、ただそれだけ。里見さんは、それ以上教えてくれなかったから」
亜紗美は自分の言葉と共に流れ出るものを感じながらも、早貴が初めて漏らした新しい情報を聞き逃さなかった。
"里見さん"。
彼女は慌てた様子を見せなかったが、目を逸らした。
「⋯⋯生徒会に聞きまわっていれば、いずれ聞く名前だよ」
早貴は少々不機嫌そうに言う。
「でも私たち、里見さんの情報はほとんど持ってないよ。用心深い人だからね」
それでもいい情報だ。
彼女たちは、その"里見さん"に学校を守るためとだけ聞かされて、あのようなことをしていたのだ。
本当はフルネームを知りたかったが、早貴の口はさっきよりも固くなっているはずだ。ならば、別方向から切り込むしかない。
「蔵ノ城真琴さんも、ですか」
早貴ははっとした顔をしたが、すぐににやっと笑った。
「真琴の居場所をつきとめて、あの子から話を聞くことができたら、あなたの勝ちかもね。とにかく、もう私が知っていることはないよ」
亜紗美が粘ったとしても、そうなのだろう。
早貴に深く頭を下げて スマホをしまう。
「亜紗美ちゃんは、どうしてそのことを知りたいの?正直今更って感じしない?」
立ち上がろうとしたところで、少し柔らかくなった態度で早貴が言ってきた。
今更、とは本気で言っているのだろうか。彼女は自分たちが何をしたかの自覚がないのだろうか。その事の大きさだけで、知りたい理由に十分なるはずだ。
それに彼女の言う裏の仕事は、恐らくこの出来事がきっかけで始まったものだ。何のために仕事をするのかを確認するために、きっかけとなった出来事を知ろうとすることは当然だ。
しかし、亜紗美は質問されるのが苦手だった。最後に重いものをされるとは思わなかった。一番亜紗美が曝け出したくない、亜紗美の意思。
しかし、このまま黙って出て行くのは礼儀に反する。
「興味」
小さく呟いて逃げるように立ち上がった。早貴が拍子抜けたようにえ、と呟いていたが、振り返らずに家を出る。
流れ出る。
家から数メートル走った亜紗美は、立ち止まって、思わず口を押さえた。震える手で、ポケットの中からスマホを取り出す。今日会う他の2人の住所が書かれているメモ帳を開いた。
早貴との話があまり長くならないことは分かっていた。聞き出せればすぐに聞き出せる、聞き出せないならば粘っても聞き出せない。他の人もそれは同じだ。
大丈夫、と言い聞かせて顔をあげる。息を整えて、身体がもう震えていないことを確認した。
あと2人、行けるはずだ。今日は少しくらい無理をすることは承知だった。満に背中を押された時点で、どこか自分に変化をもたらしたいと思う自分がいた。
亜紗美はもう一度大きく深呼吸して歩き出した。




