15 卒業の春Ⅱ⑤
「……おい」
母がよく知る『タケちゃん』ではなく、戦闘態勢の『小波中のハヤカワ』の目と声で、手元の紙巻を灰皿に押し付けながら尊は、母へ呼びかける。
「勝手なこと言うなよ。チューガク出たばっかりの子供が、親元離れて仕事するのが非常識?……よう言わんで。小学生……いや。幼児の俺ほったらかして、男のケツついてフラフラ遊び回ってたアンタが、そんなこと言える資格あるとでも思ってるんか?」
母は一瞬、おびえたように息を呑んだが、
「そ、それとこれとは、別や!」
と、わめいた。
「お、おかあちゃんがエエ母親やないことくらい、おかあちゃんかって十分わかってる!せやけど、おかあちゃんがおらん時にはヤッちゃんが、ちゃんとアンタの世話してくれてる、それがわかってたからおかあちゃんもここまで我儘出来たし、してきたんや!小波やったらそんな風にアンタをちゃんと見てくれるヒトがおる、せやけどそんな、四国なんて知り合いも親戚もいてへん町へ十五、六の子供が一人で行くやなんて、高度成長期時代やあるまいし非常識に決まってるやん!」
「やかましいワ!」
思わず尊も叫ぶ。
「もう決まってるねん、ごちゃごちゃ言うな!大体アンタはいっつも他所におるねんから、俺が大阪におろーが四国におろーがアメリカにおろーが南極におろーが、一緒やろが!これからは俺の生活費もいらんようになるねんから、今まで以上に好き放題できるで、良かったな!一円余さずホストに貢いで、ケツの毛ェまでむしられたらエエねん!」
「ホ、ホスト……ホストなんか……」
何を思い出したのか、母は急に涙ぐんだ。
「ホストなんか……お金目当ての冷たい男や!」
そう言ったかと思うと、さめざめと母は泣き出した。
「カネやない、ハルコさん来てくれたらそれだけで嬉しいねん……そんな言葉、嘘ばっかりや!お金なくなったら、私のことなんか見向きもせんようになって!ハルコさん、最近ちょっと疲れてるみたいやね、来てくれるんは嬉しいけど早めに帰って休んだ方がエエでとか何とか、お為ごかしなこと言うて私を店から追い出すんやで!あんなに……あんなに尽くしたのに」
恨み言を言いつつ、母は盛大に鼻をすする。
(は……アホくさ)
急速に頭が冷え、馬鹿馬鹿しくなってきた。
この人が急に尊のことを思い出し、今日が卒業式だったことを思い出したのは。
何のことはない、ホストに見限られて寂しくなったからなのだ。
(おいおいハルコさんよう。商売やねんから、嬉しがらせのひとつも言うに決まってるやん。真に受けるアンタがどうかしてるっちゅうもんや、アンタかってアンタの客に、嬉しがらせのひとつも言うやろーが)
白け切った気分で、尊は新しいタバコに火を点けた。
「とにかくやな。ホストのことなんかどーでもエエねん」
母はひとしきり自己憐憫にひたってめそめそしていたが、急に顔を上げてキッと尊をにらみつけてきた。
「今はアンタのことや」
(……なるほどなあ、ホストも見限るはずや。俺がホストでもこの客はもうアカンって思うで)
煙を吐きながら尊は思った。
アイラインを涙でドロドロにし、ファンデーションも完全に剥げた状態で、ティッシュペーパーを握りしめてこちらをにらむ母は、地獄の亡者と言われても納得するようなすさまじさだった。
どれだけ頑張ってみてもこの女、もう大して稼げまい。
引っ張るカネもない客とは、上手いことを言ってサッサと手を切る。
プロなら当然の判断だ。
母は未だに、涙ながらにぐじゅぐじゅ言い募っていた。
「そりゃあ、今まで散々アンタのことをほったらかしにしてきたおかあちゃんが悪い、悪いよ。そんなんわかってる。でもそんな、だからって当てつけるみたいに遠いトコで勤めやんでもエエやないの!大工の仕事なんか、四国みたいな田舎へ行かんでもそれこそどこにでもあるのに……」
「わかった」
尊は吸いさしの紙巻を灰皿に押しつけた。
「わかったもうエエ。話はそんだけか?せやけど、この話はずっと前から決まってることやから今更変えられへんし、そもそも俺自身変える気ィもない。俺は四月から四国で勤めるねん、これはもう決定事項や。しょーもないことごちゃごちゃ言うてんと、頭冷やして、アンタもう寝ろや」
言い捨て、尊はコタツへもぐり込む。
馬鹿馬鹿しくて、まともに相手などしていられない。
一晩寝たら、このおばちゃんも少しは落ち着くだろう。
尊の布団一式はもうないが母の布団は残っている、勝手に敷いて寝ればいい。
かなり長い間押し入れに入れっぱなしだから、もしかすると黴が生えていたり虫がわいていたりするかもしれないが、そこまで面倒見切れない。
「ちょっと!話はまだ終わってないで!」
ホストに見限られた上に息子まで離れていくのに動転したのか、母はしつこかった。
「大体、アンタはまだ未成年の子供やねんで!未成年の子供は子供らしィに、親の言うこと聞いてたらエエんや!」
尊の中で、更に何かがブチッと切れた。
ガバッと身を起こし、尊は、全霊で母という名の敵をにらみつけた。
「ふざけんな!」




