15 卒業の春Ⅱ③
その宵。
津田町にあるちょっと小洒落た焼き肉屋に、泰夫は連れて行ってくれた。
上品なファミレスとでもいう感じの店内は、換気がいいのか煙はまったくただよっていない。
白い皿に盛られた上等のカルビや、ちょっとしたステーキくらいはあるハラミ肉の塊などが次々供された。
肉に臭みはなく、ソコソコ分厚いのにサクッと噛み切れて心地よい。
接待でこの店を使っているらしい泰夫は、おすすめをよく知っているようだ。
尊は遠慮なく肉を食べ、山盛りの白飯を頬張る。
泰夫はワカメスープや野菜サラダも頼んでくれたが、そんなもので胃の容量をふさぎたくはなかった。
肉。飯。肉。飯。たまにウーロン茶。
「おいおい誰も取らへんど。お前の祝いや、お前が好きなだけ食うたらええねん。せやから、肉と飯以外も食わんかい」
石焼ビビンバをチマチマ食べている泰夫が言う。
病院生活が長かったせいで胃が縮んだのか、前ほど肉をたくさん食べられなくなったのだそうだ。
「気の毒やなあ、こんなに美味いのに」
「まったくや。せやけどまあ、年齢的にそんなもんかもしれん、俺も三十三やし」
「ナニをじーさんくさいこと。三十三なんかガキンチョやで?」
「ほざけ、十五、六のガキの分際で」
「せやけど、酒井棟梁が前に言うてはったで。三十代四十代なんか青二才、五十の声聞いてやっと一人前やって……」
「職人の世界の話を一般に持ってくんな」
そんな話をしてアハハと笑いつつ、尊はどんどん肉を食べた。
ようやく満腹になり、デザートの白桃のシャーベットをつついている時に何のきっかけか、母の話になった。
「お前のかーちゃんから連絡は……ないよな」
「ない。ってか、そもそもあのおばちゃん、俺が今年中学卒業って忘れてるんとちゃう?」
「さすがにそんなことは……ない、とは言い切れんのがあの人の怖いトコやな」
はあ、と、泰夫はため息をついた。
「まあ、あの人なりに楽しィに生きてくれてたらもうエエかって、最近俺は思うねん。危篤とか死んだとかになったら、さすがにコッチへ連絡も来るやろうし」
シャーベットをきれいに食べ尽くして尊がそう言うと、
「ナンか、お前の方が親みたいやなァ」
と、呆れたような痛ましいような、微妙な顔で泰夫は答えた。
泰夫の車でアパートへ戻る。
昼には林のこともケジメがついたし、今は美味いものを食って満腹だしで、尊は幸せだった。
明日は水回りと風呂場、トイレをある程度掃除して、余裕があれば窓を磨くかとぼんやり思いながら、ポケットから玄関の鍵を取り出し……異変に気付く。
窓から、ぼんやり灯りがついているのが見える。
誰かいる。
ぞわッと背筋が冷たくなった。
一瞬泥棒かと思ったが、泥棒がこんな何もない部屋へ入っても、あきれてすぐに出て行くだろう。
現金の類いは持ち歩いているから、室内にはほとんどない。
尊の通帳や印鑑などの貴重品は、とっくに泰夫に預けている。
ツレの誰彼ならばまだいい。
が、さすがに尊も連中に、ここの鍵を持たせてはいない。
だとすれば……、中にいる者は一人。
母の陽子だ。
(アンタは……ゲームのラスボスかっ!)
眩暈がしそうな気分で尊は思う。
なぜこんな気分のいい日に、この女はわざわざやって来るのだ!
クルリときびすを返し、泰夫のマンションへ逃げようかと思った。
だが、アレがラスボスならば逃げ切ることは不可能だろう。
(……ちょうどエエ。何回言うてもこの人は、俺が宮大工になるってことをちゃんと理解してへんかったし。よう言うて聞かして理解してもろて……もう必要以上に俺に関わってくるなとも、言うておこう)
大きく息をつき、尊は玄関のノブに手をかけた。




