12 信頼②
帰る二人を見送り、尊はのろのろとコタツへ戻る。
静かだ。
なんだか急に力が抜けた。
ごそごそとコタツの中へもぐりこみ、横になる。
様々な思いが頭の中を駆け巡るが、それからそれへとただ流れてゆくだけで、うまく思考がまとまらなかった。
ふと、もしこの件が警察沙汰……傷害事件になった場合、林も自分もツレも、少年院に送られるようなことになるかもしれない、と思った。
それは……仕方がない。
乾いた目で天井を見上げながら、尊は思う。
泥を被る覚悟なしに、埴生をシメると決めた訳ではない。
でも、アイツを病院送りにするほど本格的にいたぶる気など、尊には無かった。
ちょっと怖い思いをするのと一緒に、自分が林に傲慢なことをしたと、反省してくれればそれで良かった。
だが今、そんなことを言っても無意味だ。
その気はなかったなど、卑怯者の言い訳に過ぎない。
(……ヤッちゃん)
初めて尊は、泰夫のことを思った。
ただ一人の自分の甥がこんな馬鹿なことを仕出かしたと知ると、彼はどれほど心を痛め……そして呆れるだろう。
叔父としても師匠としても、こんな甥や弟子に嫌気が差すかもしれない……。
(ヤッちゃん)
泰夫に呆れられ、嫌われるかもしれないと思った瞬間、ヒュッと尊の心は冷たくなった。
「あ……」
泰夫に見捨てられるのではと思うと、身体がガタガタと震えてきた。
捨てられた幼児のような絶望に、息苦しくなるほど胸が痛む。知らないうちに涙があふれてきた。
「ヤッちゃん。ヤッちゃんごめん、ごめんなさい。ごめんヤッちゃん……」
つぶやきながら涙を流し……いつしか尊は、泣き疲れて眠っていた。
連続する鈍い音に起こされた。
ゴンゴンと響いてくる感じのこの音が、玄関扉を叩く音だと理解したのは、目が覚めてしばらく経ってからだ。
「おぉい。開けろ、開けてくれ」
扉越しに聞こえてくる声が、川野らしいと気付く。
尊はよろめきながらも起き上がり、扉を開けに行く。
何故か窓から光が差している。
夜が明けているらしい。
前後の状況がわからないまま、尊は扉を開けた。
扉を開けた途端、尊は、朝陽が目に飛び込んできて思わず目をすがめた。
冷たいながらも清新な空気が、腫れぼったい尊の顔を心地よく叩いた。
何故かぷんと、鼻先に油っぽい良いにおいがただよってくる。
「取りあえず入れてくれ。朝めしやぞ」
川野の声。尊は意味がわからず、目をぱちぱちさせた。
「コレ持ってるのもけっこうシンドイねん。かさばるし、ハラが鳴りそうなエエにおいしやがるし。入れてくれや」
田中もそう言う。尊は戸惑いながらもツレたちを部屋へ入れた。
二人が持っている大仰な荷物は、ハンバーガーショップの朝メニューらしい。
コタツのテーブルへ嬉しそうに並べられたそれらは、湯気のせいで少し包みが湿気るくらい冷めてはいたが、まだ十分温かい。
「まず飲め!」
あきれるくらいに景気よく、幾つも砂糖を入れたホットコーヒーを鼻先に差し出されたので、尊は思わず受け取る。
すすってみると、歯も溶けそうな甘いコーヒーだったが、美味かった。
「食え食え!」
薄いパンケーキが二枚入った箱が開けられ、これも景気よくバターとシロップがかけられた状態で差し出される。
勢いに押されるように、尊は、使い捨てのプラスチックのナイフとフォークでパンケーキを切る。
白っぽいバターがこんもり乗った、滴るほどシロップがまぶさった一切れを口に入れる。
メープルシロップ風の甘みと香り、バターの油っ気が口中に広がる。
美味い。
その時初めて尊は、自分が飢えていることを自覚した。
昨日晩飯も食わずに眠ってしまったこと、食べることすら思い付かなかったことを、不意に思い出した。
コーヒー。
パンケーキ。
コーヒー。
またパンケーキ。
適当なタイミングで、田中か川野が無言で差し出してくれたハッシュドポテトを受け取り、かじる。
口に広がる油と塩気に身体が震える。
美味い。
滅茶苦茶美味くて、涙がにじんだ。
「美味いなァ」
思わずつぶやくとツレたちは嬉しそうに笑い、玉子やチーズのはさまったマフィンをかじり始めた。
しばらく無言で三人は、目の前の食べ物を夢中で食んだ。




