12 信頼①
地面にへたり込んだ後、尊は、何故か眩暈がして満足に動けなくなった。
田中が抱えるようにして尊を自宅へ連れ帰ってくれたこと、川野が埴生のその後の手配の為に残ってくれたことは、眩暈の中でも把握している。
田中はコタツのスイッチを入れて尊を寝かせると、また来るからと言って部屋から出て行った。おそらく川野のところへ戻るつもりなのだろう。
コタツに足を入れて横になった状態で、尊は静かに泣いた。
何も出来ずひっくり返っているだけの自分が、あまりにも不甲斐ない。
どのくらい経ったのか。
いつの間にかうとうとと眠っていたようだ。
玄関扉を叩く音で、ハッとした。
起き上がろうとして軽く視界がゆれたが、何とか立ち上がって玄関の鍵を開けた。
疲れた顔をした、田中と川野がそこに立っていた。
取りあえずは済んだ、やれやれやで、などとオッサンくさいことを言いながら川野は、いつも座っている場所に腰を落ち着ける。
そして川野は、テーブルに置きっぱなしにしている尊のタバコの箱へ、もらうぞと言って手を伸ばした。
フィルターを噛むようにしてくわえ、これも尊愛用の100円ライターで火を点けると、忙しなくふかし始めた。
いつも明るい川野とも思えない、険のあるげっそりした表情だった。
「埴生は病院に運ばれたし、あいつの親とかにも連絡はついてる。どうやら、今はショックでアイツ、ちょっと熱出してるらしいけど。ごつい大怪我もなければ命にも別状ないちゅうことらしいで」
「そう…か。スマン、お前ばっかりに世話かけたな」
「別にかまへん。俺自身も当事者やし」
川野はあれからすぐ、持っていた携帯電話で救急車を呼び、年の離れた従兄が外科医として勤めている病院へ運んでもらうよう、それとなく誘導して手配したのだそう。
その方が今後も情報も得やすいだろうと、とっさに判断した、と。
「生まれて初めて、親戚に医者が多いのんに感謝したワ。あそこに勤めてる従兄だけは、お高くとまった医者ぞろいの親戚の中でも俺と気の合うヤツでな。色々……助かった」
川野の血縁には医者が多く、商売をしている川野の父親は親戚の中で異端視されているという話は聞いていた。
しかし、あの混乱した状況でよくここまで冷静な判断が出来たものだと、尊は、タバコをふかす川野の顔をぼんやり見ながら他人事のように感心していた。
未だ現実を現実として、きちんと受け入れられていないのかもしれない。
「林のアホは家にも帰ってへんらしいで」
田中がボソッと、怒ったように言った。川野は煙を吐きながら続ける。
「ああ。らしい。せやけどあいつかって、いつまでも逃げてられへん。それなりに責任取らされるやろうし……取ってもらわな、困る」
チリリ、と音を立てて、川野がくわえたタバコの先が明るく燃えた。
「悪いんは林より俺やで、責任やったら俺が取らなアカン」
思わず尊がそう言うと、ツレたちは苦い顔を更にしかめた。
「お前にも責任はあるけどやな。一番悪いんは林やろが」
「どこの世界に、鳩尾を思い切り蹴り上げるアホがおるねん。殺す気ィでもなけりゃ、普通せーへんぞ」
それはその通りだろうが、林に知識はなかっただろう。
アイツの首根っこをつかまえ、文句言うなりどつくなりせえと言ったのは尊だ。
そもそも埴生をシメると決めたのは尊だ。
この件は、尊が一番罪深い。
「取りあえず。こうなったいきさつは大人にある程度、ホントのことを言うといた。埴生と林にトラブルがあって、俺ら三人が林に代わって埴生に文句言いに行って……言い合いになってつい、軽く手を出してしもたこと。もめてる最後に林が、埴生の鳩尾に思い切り蹴りを入れたこと。ま、埴生がちゃんと喋れるようになったら、速攻でこの辺のことはバレるからな。後で変なこと言われん為にも、ある程度は正直に、はっきりと言うといた方がエエやろ?お前と田中は、埴生蹴飛ばして逃げた林を追いかけた、ってことにしといた」
川野は淡々とそんなことを言う。
尊はつくづく川野を見た。
小学生時代からよく見知っていた筈のツレの、とんでもない一面を垣間見た気がして少々薄気味悪い、のが本音だった。
しかし、十四、五歳でこんな中身を持つようになったこいつの、修羅のような子供時代に思いが至り、ふっと心が昏くなった。
「それはそれとして、やな。ハヤカワお前、顔色メチャ悪いぞ」
唐突に田中が言った。
「今も唇は真っ白やし。大体、アレごときで貧血起こしてぶっ倒れるってどないなっとるねん、お前らしィない話や。最近、ちょっと痩せてきてる気ィしとったんやけど。ちゃんとメシ食うてないんやろ?」
「それは俺も思てた」
灰皿に短くなったタバコを押し付け、川野も真顔で言う。
「叔父さんが心配やっちゅうだけやなくて。ろくにメシも食えん理由が、他にあるんか?」
そんな理由はない。
言うつもりだったが、何故か言えなかった。
唇を噛んでうつむく尊の様子を見て、ツレたちはなんとなく察したらしい。
「……言いたないんやったら、無理に聞かん」
「せやけどな」
田中が、どこか怒気のこもった声でつぶやいた。
「ちょっとくらいは俺らのこと、信じてくれや」
思いがけないことを言われ、尊は目をむく。
「俺らはガキやし、出来ることなんか限られるけどやな。メシも食えんくらい困ってるツレを、ほったらかしにする気はないぞ」
「その通りやな」
川野も言う。
「逆やったらどないやねん、ハヤカワ。俺や田中が困ってるのに、お前はほっとくか?」
尊と目が合うと、そう言うこっちゃと川野は柔らかく薄く笑み、立ち上がった。
「今日は帰る。今後のことは……また明日わかるやろうし。田中、いったん撤収や」
一瞬悩むように目をゆらしたがうなずき、田中も立ち上がった。
「暖こうして、ゆっくり休め。ほんならな」




