9 中三の秋⑤
「取りあえず、今までの経緯とわかってること、説明するワ」
野崎翁は、呆けたように『手術中』と書かれた赤いライトを見上げている尊へ声をかけ、座るよう促した。
いつの間に買ったのか、翁から温かいミルクティーの缶を差し出された。一瞬迷ったが、頭を下げて貰うことにする。
プルタブを引き、薄ら甘い紅茶でのどを湿らせた。紅茶の熱がじわりと腹にしみ、身体をあたためる。
カラカラにのどが渇いて痛いくらいだったのを、尊はそこで初めて自覚した。
「順を追って説明させてもらうと……」
缶のプルタブを引き、こくりとひとくちブラックコーヒーを飲んだ後、翁はゆっくり話し始めた。
今日の午後、野崎翁と泰夫は近いうち地鎮祭をする予定の、津田町のとある空き地へ向かった。
そこで、施主や工務店の担当者などと地鎮祭の打ち合わせをしていると、いきなりとんでもないスピードで原付バイクが突っ込んできた。
そのバイクはほぼ真っ直ぐ、翁へ向かってきた。
隣に立っていた泰夫はとっさに翁を突き飛ばし、代わりに泰夫がまともにバイクとぶつかった、のだそうだ。
よく見ると翁のスーツ、特にスラックスが泥で汚れている。泰夫に突き飛ばされ、転んだ時に付いた汚れだろう。
「……とにかく一瞬やった。訳わからんうちにバイクが突っ込んできてな。アッと思た時には君の叔父さん、バイクにはねられて数メートルふっとんどったんや。バイクに乗っとったんは子供にしか見えん若い男の子ォで。ヘルメットも被らんと、多分無免許やったんやないかな。君の叔父さんとぶつかった瞬間にハンドルから手ェ放したらしい、ごろごろ転がって道路わきの電柱に頭ぶつけて止まったんや。すぐ救急車呼んで……」
病院の受け入れの問題か、加害者の少年は別の病院へ運ばれたのだそうだ。
「けったいな子やったで。獣みたいな唸り声あげて、ナンや意味のわからん悪態つきながら突っ込んできてなぁ。酒でも飲んで酔っ払っとるんやないかその時は思たんやけど、アレは悪いクスリでもやっとったんやないかと思うワ、目付きも普通やなかったし。どうしようもないアホの悪ガキや!」
忌々しそうに翁は言い、思い出したように缶コーヒーをすすった。
(……悪い、クスリ)
尊の脳裏に井関の顔が浮かんだ。
証拠など何もないが、津田町に住んでいる『子供にしか見えん』若い男のジャンキーなど、あいつくらいしかいないだろう。
(畜生!)
頭の中がガッと熱くなる。
あいつは一体、どこまで尊に嫌がらせをする気だ!
いや、嫌がらせなどというレベルを超えている。
下手をすれば、井関自身を含め死人が出る可能性のある話ではないか!
(……待て。落ち着け)
缶の縁に歯を立て、大息をつきながら尊は思い直す。
今回のことは、まだまだわからないことが多い。
加害者のジャンキー小僧が、津田町に住んでいたとは限らない。
もっと遠くの町から、ラリッた状態でバイクを飛ばしてきた馬鹿である可能性も、少ないとはいえある。
……だが。
もし井関が加害者なのだとしたら。
偶然とかたまたまで、泰夫をはねたとは思えない。
(おい井関。もしお前やってみい。絶対にぶっ殺したるからな!)
手術は終わった。
幸い頭は打たなかった様子だが、肋骨が二本折れ、腰の骨も一部砕け、転倒した時に体重がかかった左側の肩甲骨にひびが入っている……のだそう。
広い範囲に打ち身による炎症や内出血もあり、全治1~2ヵ月はかかる重傷だ。
(ヤッちゃん……)
医師の話を聞きながら尊は、麻酔でこんこんと眠っている青ざめた泰夫の顔を凝視する。
状況があまりに深刻で、かえって現実感が薄い。
悪い夢、あるいはドラマの1シーンの中にいるような気がしてならなかった。
「……ご隠居さん」
遠慮がちの小声で翁へ呼びかける者がいた。尊も一緒に振り返る。
太い白の毛糸でザックリ編んだカーディガンをはおった大楠が、少し離れたところでコンビニの白いレジ袋を下げ、所在なさげに立っていた。




