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森の園のブランシェ  作者: 茉雪ゆえ
はじめの年
12/12

補講

 学期が始まって二週間もしないうちに、『一番乗りのブランシェ・ホワイト』の別名は早くも、『努力の人ブランシェ・ホワイト』に変わりつつあった。

 毎授業のたびに必死に板書を取り、朝早くから予習をし、遅くまで図書館で復習している姿が見られるようになったのだ。

 しかしそれでも、幼い頃から魔術の基礎を学んできている同級生たちには追いつかなかった。普通の生徒が数年、優秀な生徒でもそれなりに時間をかけて身につけるものを、短時間で身につかないのは当然ではあるし、そういった『家庭で既に学んでいること』を今更学ぶような授業は、『園』にはなかったのである。


 そしてブランシェは三週目、ついに、放課後に補習授業を受けることになったのだった。



「さて。昨日の課題はやってきましたか?」

「はい」

「それでは確認していきましょう」


 ブランシェの差し出した帳面を丁寧に眺めるシルヴェルン・グレイ教官と、それを後ろから覗き込む同じ顔のアージェント・グレイ教官を、ブランシェは息を止めてじっと見つめた。

 ブランシェの補講を担当することになったのは、シルヴェルン・グレイ教官だった。アージェント・グレイ教官の双子の兄弟で、双等魔力と呼ばれる魔力の持ち主である。二人はよくある双等魔力の持ち主の例に漏れず、同じ部屋を授業の準備室として用い、職員寮の同じ部屋で生活を共にしている。だから、ブランシェが放課後補講を受けにシルヴェルン教官の準備室を訪れると、8割方アージェント教官も居るのだった。


 ふたりは同じ顔と声の持ち主で、ブランシェにははじめ、区別がさっぱりつかなかった。しかし、こうして頻繁に顔をあわせていると、二人を見分けるのは実に簡単なのだとすぐにはっきりした。上位の学年の生徒が決して彼らを間違わないのも道理だ。

 二人は性格に大きな相違があったのである。


「12までは合っていますね。ですが、13は間違いです」

「惜しいな。だがまあ、君の努力は認めよう。……我が組の生徒達も君ほど学んでくれると教師としては楽なのだがね」


 やや長めの銀髪を適当に後ろでまとめている穏やかな物言いの教官が、シルヴェルン・グレイ教官である。顔立ちは整っていて、背も高く、歳もまだ若いと言うのに『泰然たる賢者』などと呼ばれるその落ち着きぶりは、早くも老成した魔術師の域に達しており、そのせいか双子の兄弟よりも少々年を経て見えるのだった。

 そして、同じ色合いの銀髪を綺麗に整え、はきはきともったいぶった話し方をするのは、アージェント・グレイ教官である。実によく似た外見をしながらもその気質は炎に近く若々しく、魔術師たちには『炎の賢者』と呼ばれているそうだ。そんな彼は音声魔法を専門とする魔術師らしく、兄弟とまったく同じ声であるのに、響きが違うという不思議な質をしているのだった。

 因みにこの二人、「二人で中和し合うと丁度良くなる」というのが生徒間のもっぱらの評判である。


「彼女のような真面目さんは年を経るごとに少なくなるからね。3年生など中だるみもいいところだから」

「まったくだ。最後に見苦しく焦るのならば、何故早くから真面目に取り組まぬのか。理解に苦しむ」

「そういうアージェントも、学生の時は……」

「……シルヴェルン! 生徒の前でそういう話をするんじゃない!」

「図星だとそうやって逃げるの止めなさいね」


 おっとりと微笑んだシルヴェルン教官は、二人のやり取りにポカンとしていたブランシェに向き直り、教科書に指を添えて説明を始める。


「いいですか、ホワイト君。君はこの13で一つ、とても基本的なところを間違えています。気づきませんか?」

「……え? あ、はい! ええと……」

「ヒントをあげますから、もう一度思い出してみましょう」


 兄弟漫才を眺めていたブランシェは、急に話を戻されて慌てて教科書を覗き込んだ。

 シルヴェルン教官は卓から、緑色から青色へと流れる美しいグラデーションに染めた羽ペンを取り出し、手近な壺に浸して教科書の上で軽く振る。すると、瞬きするブランシェの前で教科書の空白に、赤い文字が浮かび上がってきた。それはくるくると踊るように花文字を描き、魔導書の飾り文字のような美しい字形となった。ほう、とブランシェは息をつく。


「これは〔liu〕ですね」

「はい」

「第何音ですか?」

「第8音です」

「では、第8音が象徴するものは?」

「ええと、〔liu〕の象徴は【光】です」

「では【朝】を象徴するのは?」

「第20音…………あ!」


 ブランシェは思わず短く声を上げ、それから慌てて口を押さえた。気がついたらしい彼女に両グレイ教官は声を出さずに、同じ顔で微笑んだ。


「ええと、第8音は……【光】を象徴します。だから、ええと……第8音を相殺するのは第9音〔tu〕で、その象徴は……【闇】、です」

「良く出来ました」


 ぱちぱち、とシルヴェルンが手をたたくと、教科書に踊っていた赤い花文字が、くるりと動いて青くなり、花が咲いて散り、〔tu〕を形作った。鮮やかな文字の動きをブランシェが凝視していると、やれやれという吐息が背後から聞こえる。


「『光』と『朝』、『闇』と『夜』の単純な覚え違いだな」

「第20音は第8音の派生音ですからね、似てはいるのですが別物です」

「……はい」


 ブランシェはしょんぼりしてうなだれた。

 日常語と全く異なる魔法言語は、覚え辛く難しい。学園で使われる最も一般的な『魔法言語』は『カレストゥーラ』と呼ばれる『魔法音』である。ただの文字ではなく意味と音を伴うもので、基本の10音に複合の音を幾つか組み合わせ、基本的な魔術の素となるようにされているものだ。

 魔術師を目指す子どもたちが最初に暗唱させられるものだが、発音は難しく音数も少なくないため、ここで挫折して一般的な魔術師の道を諦め、別の道へ進む者もいるのだった。


「魔法音は現在の魔法構成の基本とされています。ややこしいでしょうがしっかり覚えて下さいね」

「はい」

「幼子なら、絵札や絵本で覚えたりもするものだが……、一覧を部屋の机の前にでも貼り付けておくと良いのではないかね? 我々も園に入る以前、学童時代にそうやって覚えたものだ」

「アージェントは寝台の上の天井に貼っていたっけね。寝転がる口実にするために」

「……そういった私事を生徒に語るのは、頼むから止めてくれたまえ、シルヴェルン」


 はきはきと快活なアージェント教官も、共に人生を歩んできた己の兄弟にはどうも敵わないらしい。二人のやり取りになんとなく己の兄を思い出し、ブランシェは少々複雑な想いを籠めた、溜息を付いた。授業が始まって数日、初歩でつまづくブランシェをよそに、ヴァイスはあっという間に『天才』と呼ばれるようになり、今では学園中の話題なのだった。


「どうしましたか?」

「あ、いえ……」

「私の顔に何かついていましたか?」

「なんでもありません」

「生徒をそんな深刻な顔のままにさせておけるものかね」

「そうですよ、さあ、何か思うところがあるなら、おっしゃいなさい」

「……その、失礼ですけれど、シルヴェルン先生がおに……兄に似ているなあ、ってちょっと思っていました」

「ああ、ヴァイス・ホワイト君」


 シルヴェルン教官はにこりとし、アージェント教官は遠い目をする。


「そうだそうだ、ホワイト君は彼と兄妹なのでしたね。彼はとてもよくやっています。あれほど優秀な生徒はここしばらく見ていないと断言できるくらいですよ」

「そうですか……」

「巷では『天才』と呼ばれてるみたいですね」

「……昔からです。兄は、わたしと違って、とても頭がいいので」


 少し俯いたブランシェの頭をシルヴェルン教官が、まるで父親がするように優しく撫でる。


「ちらと見ただけで『カレストゥーラ』を覚え、暗唱してみせたヴァイス君の記憶力は確かに異常ですが、兄妹だからと言って、同じように出来なければならないということはないのですよ」

「そうだ。私とアージェントだって双頭魔法を有する兄弟だが、得意とすることも、専門とする魔術も違う。双子であってもこうなのだ、歳も性別も違う兄弟が同じように出来ねばならぬという理屈はあるまい」


 えへんと何故か胸を張るアージェント教官を無視し、シルヴェルン教官は微笑む。


「もちろん、知識は大事です。一瞬で覚えられるというのは、学ぶ上で大変役に立つことでしょう。でも、知識量の差は能力や人格の差ではありません。君はまだ、学ばねばならないことを知らないだけです。それは君が無価値であることとイコールではありません」

「でも……」

「君は己が知らぬことを知っていて、ちゃんと学ぶ気持ちがある。それは価値のあることですよ。魔術師にとって知識は、得ること以上に、得たものをどう活かすかが問題なのです。活かし方にこそ、人間性や『賢さ』が関わるのですよ」

「そうだな。歴代の著名な魔術師の中にも、天才と呼ばれたが禁呪ばかりに手を染め『闇に落ちた』と呼ばれている者もいれば、魔力はさほどなかったが、日常の役に立つ小さな魔術を山のように開発し、敬われている者もいる」


 あなたはあなたの速度でお勉強なさればよろしい。

 ブランシェはぱちくりと瞬きして、こくりと頷いた。


補講と言うか家庭教師っぽい感じですね。

クラスのみんなは既にアルファベットも九九も言えるのにわたしは今はじめて触れた! みたいな感じだと大変でしょうな……。

しかしイケメン双子先生に囲まれる小学生みたいな絵面になってしまった……

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