名実181
「ということは、どこかから圧力が掛かったってことですね?」」
吉村が右手人差し指を竹下に向けて、あたかも早押しクイズかのように早口でまくし立てた。
「吉村にしては上出来だな。今日の記者会見の後、正木に『代理で質問してもらって申し訳ない』と礼を言ったら、『こっちも面白い情報もらえて助かった』という話になって。そして当然、流れは京葉病院に入院中の大島海路の話になった。その時正木は、『京葉病院は腕は確かだが、倫理的に腐ってますから、残念ながらしばらく籠城されるんじゃないかな? ウチの記事にも政治家使って圧力掛けたって、東京の先輩記者から聞いてる』ということを言い出したんです。
「ちょっと待て、さっきの話は神奈川女子医大病院の話だったよな?」
西田は首を傾げながら疑問を呈した。
「話はまだ先がありますから、しばらく黙っていてもらえますか」
今度は語気を先程より強めて西田の割り込みを制した。
「神奈川女子医大病院での生体肝移植を行っていた医療チームは、その『界隈』ではそこそこ有名な、魚住という移植外科医が率いるチームだったそうです。因みに日本の生体肝移植は、京大と並んで京葉が最高権威だとされているらしい(作者注・KOは多分違います)んですが、魚住も京葉医学部の移植外科出身でチームも京葉病院の医師で構成されていた。そして、その師匠であり名誉教授が、京葉病院の今の院長の佐久間で、これは日本でも移植外科の最高権威だそうです。勿論、日本での生体肝移植手術も、佐久間や魚住のようなその愛弟子達が数多くこなしてるわけです。
「話の流れから行くと、京葉病院の佐久間院長が根本で絡んでるってことか……」
西田も徐々に話の方向性が読めてきたので、聞く態度にも身が入ってきた。
「そういうことですが、まだ先があるので……。それで正木の話では、『自分の可愛い愛弟子が新聞で叩かれかねない、いや自分の一門そのものが叩かれるかもしれない』となると、さすがに黙ってはいられなかったのか、はたまた魚住に泣きつかれたのかはわかりませんが、東日本新聞に圧力掛けてきたそうです。直接圧力を掛けたのは、現厚労大臣の小笠原でしたが、奴は民友党重鎮の三重野議員の指示を受けてやっただけのようですね。三重野は中堅派閥の大野グループの議員ですが、京葉出身の上、父親の代から厚生族で厚生大臣の経験もあり、医師会やら看護師協会とはかなりコネが強い。小笠原も逆らえなかったみたいですね。そして重要なのは、その魚住を告発していたのは、神奈川女子医大で魚住のチームに居た医師だったということです。但し、元々は京葉医学部の出ではない外部から、京葉病院に来ていた医師のようで、それが魚住と共に神奈川女子医大に医療チームとして出向していたということです。そして、今回のミスに遭遇したが、それが表沙汰にならなかったのを見て、これは佐久間の力のせいだと認識したようです。今年の9月に佐久間が病院長を退職するにもかかわらず、後釜も佐久間や京葉閥の強い影響下にある人物になりそうということでは、医療界も自分が元居た京葉病院も体質が変わらないといけないと考え、覚悟を決めて東日本新聞中心に告発したようです。そして初めて記事になったが、その先は……、そういう結末になってしまった……」
竹下の話をじっと聞いていた西田だったが、大きな疑問があった。
「しかし、東日本新聞は割と左で権力批判が強いから、そんなもんが効くのか?」
「西田さん、日本のマスコミの本質に右も左もありませんよ! 『表看板』は確かに東西新聞のように権力側だったり、毎朝、東日本のようにリベラルから左派ってのはありますが、最終的には記者クラブに番記者が魑魅魍魎のように跋扈してる世界ですから……。取材出来ないようなレベルやスポンサーを怒らせるとなると、残念ながら簡単に日和るし報道しません。業界に居てこんなことは言いたくないですけどね。入る前からわかってはいましたが、入った後は、残念ながらそれを再確認することが多いのが現実です。閑話休題、東日本は結局記事にすることを諦めたそうです。担当した記者は、抗議の意味を込めて退社したという、何とも救いがたい結末だったようで……」
竹下はそう言うと、グラスの氷をガリガリと噛み砕いた。報道に携わる者として忸怩たる想いがあるに違いない。
「何せ国民から大人気の高松内閣ですから、ちょっとでも批判するような記事を書くと色々支障があるし、番記者が機能しないと情報が入ってこない。その内閣の現役大臣から『文句』が出たわけですから、悪意の無い医療ミス程度では糾弾記事を載せるのはためらわれたということみたいです。逆に言えば今回の安村方面本部長の『お願い』が、大学の同窓生とは言え通ったのは、高松内閣からの、大島切り捨ての暗黙の了解があったと双方で認識していたからこそ、成り立った連携プレーだったかもしれませんね。あくまで西田さんから今聞いた話も含めた仮説で、そうじゃない可能性もありますけど」
「でもそうなると、大島は近いうちに院外に放出されるってことになるんじゃ? なにしろ、高松内閣から見放されたってのが、今回の記者会見が許可された理由って見方を安村さん、課長補佐、竹下さんもしてるわけですからね」
吉村はグラスを無造作に置くと、納得できないとばかりに口元を歪めた。
「いやいや、さっきも俺が言っただろ? 高松が見放したと言っても、それは『政権は無関係』だという、ある種の責任放棄に近いものであって、民友党から完全に見放されたわけではない。高松のやり方は、『旧来の民友党と自分の内閣は決別する』という手法を世論にアピールするだけで、世論がそこを納得してくれれば、極論すればそこで完結済みだ」
西田は忌々しい感情を隠さなかった。
「そもそも今までの京葉病院の駆け込み寺としての性格は、京葉閥をはじめとした旧来の大学や付属病院上層部と、民友党のそういう古い権力構造の連中との関係で維持されて来たはずで、それが急に覆るはずもない……。とは言え、こんな偉そうなことを言っている自分も、今日聞いたばかりの話が大半で、自分としてもわかったようなことは到底言えないんですがね……」
竹下もそれに補足してみせた。
「だけど、竹下さんもそんな説明を最後までするためだけに、わざわざ寄ったわけじゃないんでしょ?」
吉村の喋りに西田も、
「ああ。何か大島を逮捕するのに、役立ちそうな話があるからわざわざ話をしにやって来た、そうだよな?」
と同調した。




