どこで間違えたのか、と絶えず問い続ける。
わたくしには、3人の息子と4人の娘がいる。
フェルディナント、ディートリヒ、メアリー、カトリーヌ、ジョセフ、ジャンヌ、アンジェリカ。
皆等しく、愛おしい我が子達。
「今日は家庭教師がいらっしゃる日でしたわね?何故、セティア子爵領に足を運んだのかお母様に説明してくれるかしら?」
そう聞けば、マルグリートが熱を出して苦しそうにしていて、放っておけなかったからだ、とフェルディナントは言う。
マルグリートはノーラ熱の母子感染で生まれた子供。
とはいえ、母子感染の影響は少なく、元々平熱も普通よりは高いのだと義弟から聞いている。
体調の良い日に邸宅の庭を散策して、疲労から発熱しただけだろう、とも。
薬湯を飲んで、1晩眠れば快復する。だから伯爵領に帰って勉学に励む様に、と義弟に忠告された様だけれど、もしもの事があれば心配だから、とフェルディナントはマルグリートの傍を離れなかったと報告を受けている。
フェルディナントはきょうだいの中で1番優しい子だと、わたくしは思っている。
他の子供達は、義弟や、義弟の弟子が治療方針を立てた上でマルグリートの傍にいるのだから、態々フェルディナントが見舞いに行く必要も、看病する必要もない、と冷たい事を言う。
体調が安定しているから、と疲労で発熱する様な子供に庭の散策を提案する事がマルグリートの為になると、彼らは本気で思っているのかしら。
「フェルディナントは優しいわね」
わたくしはそう言って、フェルディナントの頭を撫でる。
旦那様は王族の名前も、五大貴族の名前とその成り立ちすら覚える気がないと呆れて仰っていたけれど、ゴーテル家は伯爵とはいえ王宮に出入りする事は稀なのだから、問題はないとわたくしは考える。
旦那様が定めたフェルディナントの1日の勉学の量は多すぎるもの、逃げ出したくもなるでしょう。
ディートリヒとジョセフがしっかりしているのだから、ふたりにフェルディナントの補佐に回って貰えばなんら問題はないわ、と言うわたくしを旦那様は何処か冷めた目で見ていらっしゃった。
自分に出来たからと、子供に同じだけの量の勉学を修得させようとなさるのはかわいそうだわ。
「御子息は確か、ボルディア侯爵家に婿入りをすると言う話を耳にしましたわ。ボルディア侯爵家の婿になるのであれば、勉学の時間を蔑ろにして良い理由にはならないのでは御座いませんこと?」
伯爵家主催のお茶会に招いた古い友人のひとりはそう口にした。
そんなことはないわ、本来、ゴーテル伯爵家を継ぐ嫡男のフェルディナントが忌まわしき獣の血筋に婿入りしなくてはならない事こそ不自然なのよ。
旦那様はどうして、フェルディナントを贄にする様な真似をなさるのか理解出来ないわ。
今では侯爵家の送ってきた家庭教師も一緒になって、優しいフェルディナントを縛り付けているの。
かわいそうで仕方がないわ。
セティア夫人がノーラ熱の特効薬に依って快復し、機能回復を経て数年後に子爵領の経営に復帰してからは、たかが子爵家の分際で、我がゴーテル伯爵家に声明を出して来たのよ。
「ゴーテル伯爵令息が邸宅に来ては、娘の容態も落ち着かない」
まるで、フェルディナントが悪い事をしているみたいではないのよ。
「そういう事だ。お前は今後、セティア子爵令嬢に関わらない様に。いや、子爵領にも近付かぬ様に」
旦那様はどういう訳かセティア子爵夫妻の要求を受け入れ、ボルディア侯爵家の婿として、相応しくなりなさい、と、ただ幼馴染の身を心配している優しいフェルディナントにそう言ったの。
「どうして、子爵家からの要求を飲んだのですか?」
わたくしがそう言うと、旦那様は
「アレには婚約者がいる。婚約者のいる身で未婚の令嬢のいる屋敷に上がるのは、あらぬ噂を呼ぶ」
と返した。
「子爵令嬢の体調を案じての事ですわ。子爵令嬢の部屋には医師も治癒術士もいますもの、不貞など決して起こりえませんわ」
「お前は、フェルディナントの社交界においての評価を知らんのか。
曰く、五大貴族に婿入りする身でありながら礼節も身に付けず、婚約者を蔑ろにしてセティア子爵領に入り浸るろくでもない男だ、とな」
フェルディナントの優しさを知らない、無礼な者たちの言葉など気に留めずとも良いのに、旦那様はわたくしとフェルディナントに再三に亘って忠告するのだった。
また子爵令嬢に会ったのか、侯爵家や侯爵令嬢との約束はどうしたのか、お前は五大貴族に婿入りをする自覚があるのか、と旦那様に詰め寄られては涙を流すフェルディナントに、貴方は決して悪くないわ、とわたくしが慰めていると、お前が甘やかすからそやつは何時までも幼子の様な我儘を言うのだと旦那様は仰る。
違うわ、フェルディナントは優しいだけよ。
それに、あの小娘だってフェルディナントが看病に行く事を止めたりはしないもの。
獣が人間と結ばれるなどと烏滸がましいと身を引いている点は、評価してあげても構わなくてよ。
ふたりがデビュタントを終えて、光輪祭を迎えると旦那様は烈火の如くにフェルディナントを叱り付けた。
「貴石のない装飾品を身に付ける事の意味を、知らんとは言わせんぞ!」
本当は一緒に宝飾店で装飾品に使う貴石を選ぶ筈だったのだけれど、子爵令嬢が寝込んだと聞いては放っておけなかったのだ、と優しいフェルディナントは言う。
だと言うのに、旦那様は納得しなかった。
「貴方、この書類は…」
「次期伯爵家当主の為に必要なものだ」
その書類にはフェルディナントをゴーテル伯爵家から廃嫡し除籍する旨が記されていた。
「これでは、あの子は平民になってしまうではありませんか!」
「譲歩した結果がこれだ」
「兄上には、ゴーテル伯爵家の資産横領の疑いがありますから」、と溜息をつく旦那様の隣に立つのは、次期伯爵家当主として指名されている次男のディートリヒだった。
横領?
フェルディナントがそんな事をする筈がないでしょう!
「兄上の個人資産は80万フィラン。しかし、兄上が個人的に雇い入れ子爵家に招いた者に既に800万フィラン近い金額を支払っております」
「アレが借金をした形跡は無かった。そうなれば、伯爵家の資産横領を疑うのは当然だろう」
伯爵家の人間が、伯爵家の資産を使って何の問題があると言うのよ、旦那様とディートリヒは!
理解出来ないわ!!
「母上はまさか、兄上が伯爵家の人間であるから資産を無断で使用しても問題ないと、そう考えておいでですか?」
ディートリヒは、哀れなものを見る目でわたくしを見た。
やめて頂戴、そんな目で見ないで!息子の癖に!!
「父上、母上は心労が祟って疲れておいでの御様子。別邸でゆっくりと過ごされてはどうでしょう?」
ゴーテル伯爵家の別邸は、本宅から馬車で3日程の、療養地として知られる山深い村の中にある。
数代前の、発狂王と呼ばれた国王陛下が療養した、そんな土地にわたくしを送ろうと、この人達は本気で言っているの?!
…そんなわたくしの抵抗も虚しく、わたくしは別邸に移される事となった。
別邸に移った3年後、わたくしの耳に届いたのはあの小娘とフェルディナントの婚約が白紙となった報らせと、フェルディナントが廃嫡され除籍処分を受け、伯爵家から横領した800万フィランの返済の為に労働に従事する事となった報らせだった。
「真面目に労働に従事すれば、30年程で返済出来る筈ですよ」
「貴方、家族を思いやる心がないの?」
「ありますよ。だから、せめてもの情けで働き口を口利きした訳ですから」
ディートリヒは「間もなく、父上もこちらに住まわれるそうですから」とわたくしに告げた。
わたくしやフェルディナントが、何処で、何を間違えたと言うの…




