5.役職は偉さではなく機能である
会社には役職がある。
社長。
役員。
部長。
課長。
係長。
主任。
一般社員。
新入社員。
役職が違えば、責任の範囲も違う。
決定権も違う。
見なければならない範囲も違う。
だから、会社に上下関係が存在すること自体は間違いではない。
問題は、その上下関係を「人間としての価値」や「仕事そのものの価値」と混同することである。
役職とは、偉さの証明ではない。
会社の中で担当する機能の違いである。
社長は、会社全体の方向を決める機能を持つ。
管理職は、経営方針と現場を繋ぐ機能を持つ。
現場社員は、商品やサービスの価値を直接生み出す機能を持つ。
新入社員は、基礎を学び、将来の戦力になる段階にいる。
それぞれに役割がある。
もちろん、責任の重さは同じではない。
社長の判断ミスは、会社全体に影響する。
管理職の判断ミスは、部署や現場に影響する。
現場社員のミスは、品質や顧客対応に影響する。
新入社員のミスは、教育体制や確認体制の弱さを表面化させる。
だから、役職ごとの責任差を否定する必要はない。
しかし、責任が重いことと、他の仕事を軽視してよいことは別である。
社長がいても、現場が動かなければ会社は価値を生めない。
管理職がいても、現場の実態を理解していなければ調整はできない。
現場社員がいても、会社全体の方向が間違っていれば努力は空回りする。
新人が育たなければ、会社の未来の戦力は増えない。
役職は、会社を動かすために分かれた機能である。
ここを誤解すると、会社の中に歪みが生まれる。
上の立場の人間が、現場を「指示を受けて動くだけの場所」と見る。
管理職が、部下を「数字を作るための駒」と見る。
現場が、管理職を「現場を知らない邪魔者」と決めつける。
新人が、自分の仕事を「雑用だから重要ではない」と考える。
こうなると、役職同士が協力関係ではなく対立関係になる。
会社の中で本当に必要なのは、上下意識ではない。
役割理解である。
社長は、自分が現場より偉いから判断するのではない。
会社全体を見なければならない機能を持っているから判断する。
管理職は、部下を支配するためにいるのではない。
方針、現場、人員、時間、品質、問題を調整するためにいる。
現場社員は、言われたことだけをこなす存在ではない。
会社の価値を直接生み出し、品質と信用を支える存在である。
新人は、単なる戦力不足の人間ではない。
基礎を覚え、会社の仕事の流れを理解し、将来の役割を担うために育つ段階にいる。
それぞれの役職には、見るべきものがある。
社長は、未来を見る。
管理職は、全体と現場の接続を見る。
現場社員は、作業の正確さと後工程を見る。
新人は、基本動作と確認を見る。
見るべき範囲が違うから、意見が食い違うこともある。
社長は利益を気にする。
管理職は部署の運営を気にする。
現場は作業負担を気にする。
新人は失敗しないことを気にする。
それぞれの立場だけを見れば、間違っているとは限らない。
しかし、自分の立場だけを絶対化すると、会社全体の判断は歪む。
社長が利益だけを見れば、現場の基礎条件を削りすぎる。
管理職が上の評価だけを見れば、現場の問題を隠す。
現場が自分たちの負担だけを見れば、会社全体の継続性を見失う。
新人が怒られないことだけを優先すれば、報告や確認が遅れる。
役職ごとの視点は必要である。
だが、その視点は会社全体の構造の中に置かなければならない。
役職は偉さではなく機能である。
この考え方があると、会社の見え方は変わる。
上司の指示も、ただの命令ではなく、会社全体の流れの中で何を調整しようとしているのかを見ることができる。
現場の意見も、ただの不満ではなく、基礎条件に問題が起きている知らせとして見ることができる。
新人の失敗も、本人の能力不足だけでなく、教育や確認体制の問題として考えることができる。
会社に必要なのは、誰が上かを確認することではない。
それぞれの役職が、何を担っているのか。
その役割が、会社の価値創出にどう繋がっているのか。
どの役割が弱ると、どこに影響が出るのか。
これを理解することである。
役職の上下は、会社を動かすための命令系統である。
仕事の本質は、役割の繋がりである。
この二つを混同してはいけない。
役職を偉さとして扱う会社では、現場は軽視され、管理は支配になり、経営は現実から離れていく。
役職を機能として理解する会社では、それぞれが自分の役割を理解し、他の役割との繋がりを意識できる。
会社は、人の上下だけで動いているのではない。
役割が正しく機能することで動いている。
だから、強い会社を作るためには、まず役職を偉さではなく機能として見る必要がある。




