寂しくない
「……というわけで、今日転校してきた萩原秋穂さんです」
三日後、アキは無事にうちの高校に転校できた。
いやはや、まさか本当に来るだけでなく、クラスも一緒とはと思っていると、クラスではざわざわと騒ぎだし始めた。
「おい、萩原さんマジで可愛くねえか」
「ああ。何というか、もう妖精って感じだ」
おお、なんかアキがクラス内で好評だ。
「それじゃ、萩原さん、自己紹介しましょうか」
担任の先生がアキにそう促すと、アキは「はい」と首肯を打ってクラス全体を見るように前を向いた。
「その、萩原秋穂、です。話すの、は、そんな、に得意じゃないの、で優しく、接してくれると、嬉しいです」
アキが頬を赤くしながら自己紹介を終えると、男子から「うおおおお!!」と歓声が上がる。
初日なのにここまで人気が出るなんてすごいな。まあ、全員がそういった好感を抱いているわけでもなさそうだけど。
そう思いながら視線をアキからとある場所に逸らす。
そこには、陽和ほどではないものの、うちの高校でもそれなりに人気のある少女。
その少女がなにやら小さく呟いているようだったので、ふと耳を傾けてみると……
「ぽっと出の可愛い気取りが……」
こわっ!何、最近の女子ってこんなに恐ろしい陰口を躊躇なく口にすんの⁉
「えっと、席は……冬島くんの隣が開いてるわね。じゃ、あそこの席で」
「は?」
最近の女子に恐怖を抱いていると、先生から恐らく今日一聞きたくない情報が聞き取れた。
俺がアキと隣の席なんて冗談じゃない。きっと授業に集中できなくなる。
ただ、俺に拒否権なんてないし、拒む道理もない。
しょうがないと言わんばかりにため息を一つ漏らす。なんか最近、しょうがないが心の中で口癖になっているような気がする……。
そんなことを思っていると、いつの間にかアキが隣の席に座っていた。
そんなアキは、手を小さくひょいひょいと手招きしている。耳を貸せということだろう。
別に断る理由も無いので耳を近づけると。
「よろしく、ね。フユくん」
熱い吐息が俺の耳に当たり、背中に稲妻のような快感が走る。
別にイヤらしい内容ではないが、美少女というだけでこんなことすらも可愛く感じてしまうのは、もはやチートでは?
「すず~。なに顔を真っ赤にさせてんだよ」
「べべべ別に⁉何でもないよ!」
「な、アキ⁉」と告げると、クラス内の時間が止まった。あれ、一体みんな何に……
「口滑らせたな、涼」
「へ……、あっ」
そうだ、俺とアキが幼馴染だっていうことはみんなは知らないのだ。そんな中、俺がアキと呼んでしまったから……。
ふと顔を上げると、そこにはジト目な男子たちの姿が……!
「冬島……!お前、櫻井さんだけでなく、萩原さんまでも……!」
「ま、まて、話せばわかる」
「犬養毅か」
「てめえは女たらしの罪で死刑だ。死刑」
いやああああ!誰か助けてええええ!
あ、そうだ!ここはアキに……!
そう思い、アキの方に目を向けると、
「そういえば、秋穂ちゃんとは面で向かい合うのは久しぶりだっけ」
「あ、そうだ、ね。久しぶり、だよ」
なんか仲良く談笑していた。
ちくしょおおおおお!おめえら、中学時代は仲悪かっただろ!
一体いつ仲良くなったんだよ⁉
「はいはい、そこまで」
俺がもう逃げだそうかと席から少し腰を浮かせた瞬間、担任の先生がパンと手を叩いて、この騒ぎに一時的な終止符を打った。
いや、流石だわ。やっぱ頼るべきは先生……
「そういったことは休み時間にしなさい」
「助けられてなかった⁉」
今この人さらっと俺の亊捨てやがったぞ!そしていい年してテヘペロすんな!
「いやー、この後の休み時間が楽しみだな?すず~?」
「てめえ、他人事みたいに……」
思わず流星を睨んでため息をつく。受けるしかないかあ……。
その後、俺は休み時間に速攻でトイレに逃げ込み、立てこもりをする羽目となった。
いや、なんでだよ。
30
「いやはや、疲れた……」
「ご愁傷さまです」
あの日の放課後、俺は陽和とアキとともに下校していた。
もうホントに疲れた……。こんなに疲れる日があっていいのだろうか。
「フユくん、とて、も、面白かった」
「アキ、お前誰のせいだと」
「フユくん、のせいじゃ、ない?」
「……」
……確かに俺の自爆のせいであんなことになったんだから俺のせいじゃん。
「……っつっても最近寒くなって来たな」
「あ、話逸らしましたね」
「人聞きの悪いことを言うな」
確かに責任逃れしようとはしたが、察してほしい。
俺だってひどい目に遭ったのだから。
ただ、二人はそんなことも露知らずにジト目を送ってきている。
やめて。そんな目で見られると俺が悪いみたいじゃん。
「まあ、確かに涼くんの言う通り、最近寒くなってきましたよね。もうすぐクリスマスですし」
俺が内心でいたたまれなさを覚えていると、陽和がそんなことを言った。
「そっか、もう十二月か」
陽和と出会ってあれから半年以上たつのか。いやはや時が流れるのは早いものである。
「そういえ、ば、クリス、マスとい、えば、フユくんの誕生、日だよ、ね」
「え、ああ、そうだな」
そういえばそうだった。もうすぐ俺の誕生日じゃん。すっかり忘れてたわ。
「涼くんの誕生日……?涼くんの誕生日っていつなんですか?」
「あ、俺?俺は12月25日。丁度クリスマスの日だな」
なんの奇跡なのやらと呟き付け足すと、陽和とアキは何やら思案顔。
どうしたのだろうか。俺が気になって口を開こうとした瞬間。
「いいですか。緋色さんが涼くんを家から出している間に私たち二人で……」
「二人でなんだって?」
俺が陽和の耳元で吐息交じりにそう囁くと、陽和は「ひゃうっ⁉」という妙な声を上げて体をビクンと震わせた。
こいつら、まさかキッチンに忍び込むつもりじゃないだろうな。
「一応言っておくが、キッチンに入ったら誕生日祝いだろうがクリスマスだろうが容赦なく怒鳴るからな。覚悟しとけ」
「な、なぜそれを……⁉」
「陽和ちゃん、もうちょっ、と隠そう、よ」
陽和がうっかり口を滑らせると、アキが呆れた目で陽和を見る。
確かに陽和は嘘が下手だから、ちょっと突くだけですぐにぼろが出る。
まあ、運動会の日も言ったが、素直なのは美徳だと思うので特に指摘してやるつもりはない。
俺が一つ大きくため息をつくと、二人はその拍子にこちらを見る。
呆れられたとでも思っているのだろう。表情が強張っている。
ただ、俺の今の心情はそんなんじゃない。その気持ちを伝えるべく、俺は口を開いた。
「二人が俺のことを祝ってくれるのは本当にうれしい。けど、俺は別に祝って欲しいわけじゃないんだ。去年は一人で過ごしたからちょっと寂しかったけど」
俺がそういうと、二人は強張っていた表情を解いて、黙って俺の言葉を聞いていた。
「けど今年は緋色も居るから寂しくない。だからさ、今年は緋色と二人で祝うよ」
俺がそう言って力なく笑うと、二人は安心したかのように笑った。
寂しくない。その言葉が心に刺さったのだろう。
ただ、柄にもないことを言ってしまって、俺の顔は感じ取れるほど赤くなっている。
「さっ、晩飯作れなくなるし、さっさと帰るぞー」
俺が照れ隠しにそう言って歩き出すと、二人は首肯を打って俺の後をついてくるように歩き出した。
なんだか、二人が俺の照れ隠しを見抜いているような感覚がして少しいたたまれなさを覚えるが、俺はそんなことは気にしていない振りをしてそのまま歩みを進めるのだった。




