白銀の妖精
恋はどのようなことがあれば抱くのだろうか。
そのようなことを聞かれても、俺には理解しがたい疑問だった。
ただ、理解しがたいと言っても答えを出せと言われれば俺はこう答える。
「あれ、あの子、俺の亊好きなんじゃないかなって思ったとき」
確かに、男性というのは女子にちょっと優しくされたり、視線を受けたりするだけで勝手に舞い上がって恋愛感情を抱いてしまう。それが叶わないとは知らずに、無責任に。
だからこそ、そのような無責任な感情は絶対に抱かないで生きていこうと思っていた。だが……
「涼くんの弱いところも、強いところも、全部受け止めます」
陽和が言ったその言葉は俺の心の内側を確かに熱くし、俺の無色の世界に色を塗った。
その瞬間、悟った。恋をしてしまったと。
何年間もしたくないと拒んでいた感情の扉が再び開く音が俺の耳に響き渡った瞬間に櫻井陽和という世界でただ一人の女の子に、俺は恋をしたのだ。
26
「涼くん、起きてください。朝ですよ」
深いまどろみの中でふと聞こえたその声は、どこか心地よく、俺の意識を浅いまどろみにつれいく。俺は声が聞こえたと同時に「ぅん……」と小さく呻きながら目を開けた。俺が目を開けると、そこには栗色の長い髪をたなびかせている少女、陽和がいた。
「……ひ、より……?」
「はい」
「おはよう」
とりあえず礼儀に沿って挨拶から始めようと寝起きで掠れた声で挨拶すると、陽和は薄く微笑んで「おはようございます」と返してくれた。
その様子が可愛いなあと思いつつ体を起こして時計を見ると10時に差し掛かるぐらいの時間であることに気付く。
「……おはようじゃなくてこんにちはの時間じゃねえか」
「そういう細かいことは気にしなくていいじゃないですか」
そう言った陽和の手にはスマホが握られていて、その瞬間、こいつ俺の寝顔を撮影してたなと察した。
「陽和、そのスマホを見せろ」
別に野郎の写真だから取られること自体いいのだが、ゆるゆるな自分を映されるのは個人的には面白くないので一応検閲を掛けようと陽和のスマホに手を伸ばすと、「い、いやです」と伸ばされた手をぺしっと叩かれる。
「じゃあ、陽和だけ昼飯抜きで……」
「どうぞご覧ください、冬島涼様」
昼飯を抜くと告げると素直にスマホを差し出してくれたことに「冗談だよ」と笑ってスマホを受け取ると、陽和はむうーと頬を膨らませて俺を恨めしく睨む。
ただ、今回は最初から素直に差し出してくれなかった陽和の方に否があると俺は思うので別に恨まれる道理などないのだが、ずっと拗ねられるのも良くないので、後でアイスやらなにやら買ってきてやろうと思いつつスマホ画面をスクロールしていくと、先ほど撮られたと思われる写真が俺の目に入った。……いや、写真じゃなくて動画だなこれ。
ふと、その動画を再生させると、最初は俺の寝顔をどアップで撮られていて思わずビビってしまう。
『すずくうん。朝ですよ。起きてください』
なんか起きてと促しているが、確実に起きないぐらいの声量なあたり、起こすつもりがないのが見て取れる。
『ふふ。可愛いですねえ』
その音声が流れてきたと同時に、陽和の手と思われるものが画面に映り、それが俺の頭に伸びていく。まあ、具体的に言えば頭なでなでされていた。
その時の俺はというと、嫌がるどころかむしろどこか心地よさそうに「んぅ」と呻いて薄く微笑んでいる。
俺はもう見ていられず、その動画を停止させ、右上にあるゴミ箱マークの削除ボタンを躊躇なく押した。
『本当に消してよろしいですか?』という表示が出るが、ああ、消してやるよ!こんなもん世の中にあってたまるか!とそれも躊躇なくはいを押しました。
そして陽和に返すと、ものすごくジト目で見られてしまうが、一片の悔いもない。むしろスッキリしてます、はい。そう思って部屋を出ようと陽和にスマホを返しつつ扉を開けると、陽和はその場に立ち尽くして呆然としている。
まあ、ちょっと悪いことをしちゃったかなと思い、昼飯は陽和の好きなオムレツにしよ……
「……クラウドに保存しといてよかった」
「チクショおおおおおおお!!」
「お兄ちゃんおはよ……ってどしたの」
俺が悔しがって膝をつくと、先に起きていたらしい緋色が俺の様子に驚いて目を白黒させる。
…………結局、陽和だけ昼飯は抜きにした。
27
「大掃除?」
先ほど、陽和が言ったその言葉を俺は反芻した。
すると陽和は「ええ」と首肯を打つ。
「最近、緋色さんとも暮らすようになって、私だけでは掃除が追い付かなくなってしまっていたんです。せっかくなのでみんなで一気にやっちゃいましょう」
そう言う陽和の手には雑巾やらモップやら、いろいろなお掃除グッズが握られていた。
その量をどうやって握っているんだとは思ったものの、確かに緋色が退院した後もうちの掃除は陽和に任せっきりだった。一人で、二人が暮らしている家を掃除するとなると相当骨が折れるだろう。
そう考えると、今回はいい機会だろう。
緋色も同じ考えに至ったらしく、俺と同時に首肯を打った。
「じゃあ、緋色さんは玄関を。涼くんはキッチンを。私は……その、涼くんの部屋を……」
「待て。なぜ言いよどむ」
「だって、男の人の部屋にはだいたい……その……え、えっちな本とか……」
「生憎とそういったものは持ち合わせていないな」
赤面する陽和に淡々と告げると、「そうですか」と少し残念そうに目を伏せた。
「なんだ、期待していたのか?」
「い、いえ!そういう訳ではっ!」
「じゃあ、さっさと始めようぜ」
俺がそう言うと、陽和は「は、はい」と躊躇い気味に返事をした。
28
「……これぐらいかな」
キッチンを掃除し終えた俺は、トイレの掃除もしていた。
そして、そのトイレの掃除もたった今終わらせたところである。
今まで休憩してなかったので、とりあえず一旦休憩するかと思い、自室へと向かうと、ふと自室の中が騒がしいことに気が付く。
何だろうかと部屋の扉を開くと、そこには緋色と陽和が何かを見て盛り上がっているようだった。
「なに見てんだ?」
「あ、お兄ちゃんお疲れ。何って、お兄ちゃんの中学の卒アルだよ」
「ちょっと待て。どっから出てきた」
確かそれは、俺が卒業してから十日で無くしたものであるが……。
「どこって、涼くんのベットの下にありましたよ?」
「マジか……」
そこは論外と言わんばかりに頭を抱えると、緋色と陽和は可笑しそうに微笑む。
いや、見るのはいいのよ。いいんだけど、普通俺に見ていいかを断るべきでは?
だが、そんな疑問も露知らず、陽和は「そういえば」と呟く。
「涼くんと一緒に映ってるこの子誰ですか。この子と映ってる時だけ涼くん笑顔なんですけど」
そう言って陽和が指さしたのは、白銀色の髪をした美しい少女だった。
すると、緋色が気になったのか、ひょいっと卒アルを覗くと「あ」と緋色が呟いた。
「この子、秋穂ちゃんじゃん」
「秋穂……?」
陽和が不思議そうに呟くと、緋色が「そ」と小さく首肯を打つ。
「お兄ちゃんの初恋の相手」
「ほう……?」
陽和がこちらをギロリと睨んできた。
怖い!怖いよ、陽和さん!特に「ほう?」ってセリフがめっちゃ怖かったんだけど!
そんな陽和はというと、頬を膨らませながら俺の腿をぺしぺし叩いている。
………なにこれ、可愛い……。先ほどの怖さはどこに行ったと思うぐらい可愛い。
あまりにもかわいいので、頭を撫でようと陽和の頭に手を伸ばしたその時、ピンポーンと軽快なチャイム音が家内に響いた。
「誰でしょうか」
「さあ、宅配を頼んだ記憶はないけど……」
となると流星だろうか。アイツなら何の連絡もなく家に来ることが優に想像できる。というか何度も連絡せずに結構な頻度で家に来ているので流星しかいない。
俺は陽和と緋色に「ちょっと出てくる」と断って玄関へと向かう。
そして玄関の扉の鍵を開けてその先にある光景に目を向けると、俺は息を呑んだ。
まず目に入ったのは白銀色の髪で、それはまるで川が流れている光景を連想させるほど奇麗だった。そして乳白色の肌に青みがかった瞳。一言でいうのであれば、日本人離れした圧倒的な美貌をもった美少女だった。
その白銀色の髪をした少女は、俺を見るなり、薄く笑顔を見せた。
「ひさ、しぶり、フユくん」
「あ、ああ……。アキ……」
そう、先ほど話題にしていた少女、萩原秋穂。通称、白銀の妖精がそこにいた。




