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酸いも甘いも噛み分けて  作者: 篠原 皐月


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(40)友之の現状

「朝永、只野、関本、佐々木、ちょっと来てくれ」

「はい」

「今行きます」

「課長、どうかしましたか?」

 課長席からの声に、呼ばれた四人が仕事の手を止めて向かうと、全員が揃ったところで友之が口を開いた。


「今、開発部で、今後の方針で揉めていてな。TRW‐ⅡとSJ25Hの後継機開発を、断念する話が出ているらしい」

「は? どうしてですか!?」

「どちらも製作機械ラインナップの、主力商品に入っていますよね?」

「開発部内で、何か内輪揉めですか?」

 寝耳に水の話に沙織達が揃って渋面になったのを見て、友之も面白く無さそうに続ける。


「はっきり言えばそうだ。開発費を小型の工作機械開発に回すなら、単価の高い大型機械に回した方が良いと主張する人間が多いらしい」

「開発部内の力関係で、商品ラインナップを変えられるのは、勘弁して欲しいんですが」

「勿論、この話は本決まりでは無い。商品ラインナップに関しては、営業部の意向も無視できないからな」

「ですが、手をこまねいてもいられませんよね」

「小型の工作機械は、うちの課の主力商品でもありますし」

 難しい顔で考え込む部下を見ながら、友之は指示を出した。


「ああ。松原工業発足時からの、販売商品でもあるからな。幾ら日本国内での精密部品や金型製造が、海外製に押されているとは言っても、物造りは産業の基本だ。それで通常業務とは外れるが、四人には市場調査と、今後の売り込み先の可能性を纏めたレポート作成を頼みたい」

 それに朝永が、余計な事は言わずに即座に頷く。


「分かりました。期限は?」

「来月上旬までで良い。来月以降に開発部内で見直しが提起されて、議論になると聞いている」

「分かりました。それでは俺達で分担して進めます」

「ああ、宜しく頼む」

 そこまで話を進めた朝永は、沙織達を振り返った。


「じゃあ、関本、佐々木。俺と只野はもうすぐ外に出ないといけないから、夕方に今後の方針を話し合おう」

「分かりました。今日は私達は一日出ませんので、それまでに必要な資料を集められるだけ集めておきます」

「頼んだぞ」

 そこで当面の話は終わったと判断した四人は、自分の机に戻ろうとしたが、友之が沙織に声をかけてきた。


「ああ、そうだ。関本、ちょっと待ってくれ」

「何でしょうか?」

「貰い物だが、良かったらジョニーが来た時にでも食べさせてやってくれ。朝来た時に、渡すのを忘れていた」

「はい?」

 いきなりごそごそと鞄から何かを取り出す音がしたと思ったら、白いビニール袋を差し出された沙織は本気で戸惑った。しかし受け取って中身を確認すると、高級缶シリーズとして名高いキャットフードが四缶入っており、意味が分からずに固まる。


「あまり好きでは無さそうか?」

「いえ……、ジョニーは食べ物に関して、不服を言うタイプではありませんから、大丈夫かと思いますが……」

「それなら良かった。家に猫は居ないから、有効活用してくれ。引き止めて悪かった」

「はぁ……、ありがたく頂いていきます」

(猫が居ない家に、キャットフードを贈る人が居るの? しかも四缶だけって、微妙過ぎる。絶対貰い物とかじゃなくて、わざわざ買ったのよね? どういう事?)

 内心で疑問に思いながらも、ビニール袋を手に提げて戻って行くと、席に着くなり佐々木が小声で尋ねてきた。


「あの、先輩。さっきの話ですが、具体的には何をするんですか?」

「要は、下請けの中小企業が受ける金型や精密部品の製造がこの先先細りだから、それを作る機械も売れない。だからそれらの製造販売を止めようって馬鹿な事をほざいてる奴らに、反論する為の材料を集めるの。確かに景気は良くないし、海外勢に押されてはいるけど、技術が優れている所はしっかり業績を出しているわ。だから商品売り込み先の業績と営業利益を調べた上で、それと他の製品製造に、うちの工作機械が使える可能性がないかの検討ね」

「景気が悪い時は一旦製造販売を控えて、持ち直したら再開と言う風にはいかないんですか?」

 そんな率直な疑問を口にした彼に、沙織は小さく笑って説明を加える。


「一旦製造を中止したら、メンテナンスや消耗品の製造にも支障が出るのよ」

「ああ、そういう事もありましたね」

「勿論、うちは慈善事業じゃないから不採算の箇所は削る必要はあるでしょうけど、それを否定したかったらそれなりの判断材料を出せって事ね。課長が幾ら社長の息子でも、社内では一課長に過ぎないし。恐らく開発部内の誰かに、泣きつかれたんでしょうけど」

「そうするとうちが売った機械で作った商品が、どの位売れているかを調べるんですか? 取引先が、教えてくれるものですか?」

 不思議そうな顔になった彼に、沙織が冷静に答える。


「うちが売った機械単独で作った製品の方が少ないだろうし、商品事の売り上げデータなんて、余程の事が無いと公表していないでしょうね。そこはそれ、どの程度の製造に関わっているかとか、汎用頻度や割合をデータから読み取る事はできるから、今回はそういう別方向からのアプローチに関して、教える事にするから」

「分かりました。お願いします」

(今のところ仕事に全く影響は出ていないし、傍目には以前と全く変わりは無いし、本人を探っても無理でしょうね。別な方向からのアプローチか。そうなると……)

 チラッと友之を眺めながら、仕事とは関係のない事を考えた沙織は、ここで佐々木に尋ねた。


「佐々木君、ちょっと意見を貰いたいんだけど」

「はい、何ですか?」

「可愛い物好きだけど、なかなか流行の所に気軽に行けないお嬢様タイプの人を連れて行ったら、喜びそうな所ってどこかしらね? 因みに以前猫カフェに連れて行ったら、もの凄く喜んで貰えたわ」

 いきなり関係のない事を尋ねられた佐々木は、多少戸惑った表情になったものの、素直に答える。


「はい? 可愛い物好きのお嬢様タイプ、ですか? それで取り敢えず、もふもふ系は好きなんですね?」

「まあ、そんな感じね」

「はぁ……、それなら今のトレンドは、フクロウカフェじゃないですか?」

 それを聞いた沙織は、意外に思って問い返した。


「フクロウ? あれが可愛いの? 首がぐるっと回って、目がギョロッとしているイメージしか無いけど」

「間近で見るとそんな事ないですし、意外に触り心地も良いですよ?」

「行った事があるの?」

「行ったと言うか、連れて行ったと言うか……」

 僅かに顔を赤くしながら、視線を彷徨わせた後輩を見て、沙織は思わず笑ってしまった。


「あら、プライベートも順調そうで、何よりだわ。それで好反応だったんだ」

「ええ、結構喜んで貰えました。店の名前を教えますか?」

「お願い」

(ちょっと現状とか、分かる範囲でさり気無く聞いてみましょうか)

 そして佐々木からフクロウカフェの情報を入手した沙織は、その日のうちに真由美と連絡を取り、次の日曜に出かける約束を取り付けた。


 ※※※


 休日にこんな茶番をするなんてと、内心では激しく愚痴っていたものの、日曜日に友之はそんな事は面には出さず、寧子と向かい合って高級フレンチのランチコースを食べていた。

「ねえ、友之。あの妹達は、まだぐずぐず言ってるわけ?」

 この間の進展具合を面白く無さそうに寧子が尋ねてきた為、友之は苦笑しながら応じる。


「それはそうでしょうね。兄嫁と円満な関係を築いていたなら、嫌みの一つや二つで済むでしょうが、何と言っても寧子さんは前科がありますから」

「前科って何よ。人聞きの悪い。警察に捕まるような事はしていないわよ?」

「そうですね。前科は無いですよね。ただ教授やその身内に煮え湯を飲ませて、親戚や友人達からこぞって後ろ指をさされただけの事ですよね」

 サラッと口にして切り分けた肉を口に運んだ友之を、寧子は軽く睨んだ。


「……嫌みを言うのは止めてくれる? せっかくの料理が不味くなるわ」

「嫌み? とんでもない。俺は事実を口にしただけですが。どこか嫌みに聞こえましたか?」

「…………」

 大真面目に問い返した友之に、彼女は何も言い返さずに食べ進めた。そしてメイン料理を食べ終えて、皿が下げられたタイミングで、友之が再び問いかける。


「それで、どうしますか? このままだと、向こうは家裁で自分達の正当な権利を訴えるつもりですよ」

「全く! 時間もお金も手間もかかるのに、馬鹿なんじゃないの? そこまでしたって、大した物は手に入らないのに!」

「もう手にする金額の問題では無いのでは? 単にあなたに、嫌がらせをしたいだけですよ。きちんと判決が下りるまでは、あなたは財産に一円たりとも手がつけられません。もし勝手に使ったら、相続人の欠格事項になりますしね」

「…………」

「それで? どうするんです?」

 重ねて現状を指摘してきた友之に、寧子は少し黙り込んでから、媚びを売るような声を出した。


「友之、何とかしてくれない?」

 しかし友之は全く感銘を受けずに、淡々と言い返す。

「だから、さっさとある程度纏まった金額を渡して、納得して貰うのが一番だと言っているでしょう?」

「だから、その纏まった現金が、今手元に無いから用立てって言ってるのよ。相続したらきちんと返すから」

 それを聞いた友之は、わざとらしく問い返した。


「どうして俺が、その金を用立てなければいけないんですか?」

「だってあなた、私の事が好きなんでしょう?」

「ええ、好きですよ?」

「だったら!」

「好きですがあなた以上に、あなたがこれから相続する財産が」

「…………」

 面と向かって、金目当てだと言われた寧子は黙り込んだ。しかしそんな彼女に向かって、友之が含み笑いで応じる。


「寧子さん、都合良く忘れていませんか? 当時教授の他に、俺にも煮え湯を飲ませてくれた事」

「それは悪かったと、謝ったでしょう?」

「言葉の他に、誠意を見せて貰わないと。寧子さんの為にこれだけ動いている俺に対して、更に金の無心ですか?」

 若干馬鹿にした笑いを浮かべた彼を見て、寧子は顔を顰めた。


「昔と随分変わったのね。前は可愛げがあったのに」

「三十過ぎの男が可愛いだけだったら、単なる馬鹿ですよ。生憎と寧子さんレベルの美人は、他に何人もいますのでね。金は持っていませんが、若いし良い身体をしてます」

 要はあんたの魅力は、多少見栄えのする顔と金だけだろうと揶揄した友之だったが、寧子は以前のように自分に男が進んで群がって来ない事は知り抜いていた為、彼に怒りをぶつけたりはしなかった。そのタイミングでデザートの皿が運ばれてきた為、少しの間黙ってから軽い嫌みを口にする。


「金持ちなのに、しみったれてるわね」

「金は幾らあっても困りませんから。どうします? 教授に頼まれたし、以前の借りを返して貰えるかと思ってお付き合いしましたが、やっぱり若くて可愛げのある男の方が良いなら、俺は別に構いませんよ?」

「そうは言ってないでしょう!?」

「それじゃあ俺の気を引く為に、金策を頑張ってください。未だに教授名義の不動産を担保にして、銀行から融資を受けるのは無理でしょうし、消費者金融を数社から限度額まで借りられるだけ借りて、後は教授と再婚した事を知っている親戚や友人に事情を話して借金して、かき集めるんですね」

 そう言ってすました顔でコーヒーカップに手を伸ばした友之を見ながら、寧子は小さく歯ぎしりした。しかしすぐに諦めて、具体的な金額を尋ねる。


「取り敢えず、どれ位集めれば良いの?」

「そうですね……、一人五百万で、二人で一千万ですか」

「ちょっと! どうしてそんなに、あの女達に渡さなくちゃ行けないのよ!?」

「資産算定額の四分の一を渡したら、もっと持っていかれますよ? だから目の前で現金を積み上げて、動揺させつつ説得するんじゃないですか」

 思わず声を荒げた寧子だったが、平然と言い返された内容を聞いて、困惑した顔になった。


「現金? そんなに大金なのに、振込とかじゃ無くて?」

「単なる数字の羅列より、現物を目の当たりにした方がインパクトが強いですよ。そこを揺さぶりつつ、これ以上ごねると面倒な事になると、脅しつければさっさと事が片付きます。それに必要な人員の手配もありますので、さっさと必要な物を揃えて貰いたいんですが」

 それを聞いた寧子は脅迫するか、監禁でもして財産放棄を迫るつもりかと推測し、友之に苦笑してみせた。


「可愛げが無くなっただけじゃなくて、随分と悪い男になったのね」

「社会に出ると、色々面倒な駆け引きをするもので。悪い男は嫌いですか?」

「いいえ、嫌いじゃないわ」

「それは良かった。それなら考えられるだけの相手に土下座でも色仕掛けでも何でもして、金利なんか考えずに手当たり次第に金をかき集めてください。寧子さんが俺だけに頭を下げて済ませるなんて、つまらないですからね。暫くは想像するだけで酒が美味くなって、深酒しそうです」

 そんな事を言いながら、如何にも満足そうに笑った友之を見て、寧子が憮然とした表情になる。


「……やっぱり以前より、性格が悪くなったわね」

「とんでもない。寧子さんの事は、以前以上に好きですよ? ここの支払いは俺が持ちますし」

「分かったわよ。何とか急いでかき集めるわ。そうよね。ちょっと金利が高くても、相続できればすぐに返せるから、大して問題にはならないわよね」

 白々しい物言いの友之に少々気分を害しながらも、見目の良い彼を連れ歩く事は寧子の自尊心を大いに満足させていた為、この関係を維持するための方策を、彼女は本気で考え始めた。


(さて、これで何とかなりそうか? こんな茶番を延々とやっていたら、こっちの神経が焼き切れそうだし。それにしても……、沙織に会いに行く母さんにくっ付いて父さんまで出向くなんて、一体何をやってるんだか)

 自分はこんな女が相手でホスト紛いの事をやっているのに、夫婦揃って沙織に会いに行っているなんて羨まし過ぎると、友之は心の中で父に向かって恨み言を漏らした。



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