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酸いも甘いも噛み分けて  作者: 篠原皐月


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(39)フォローと茶番

 柏木夫妻と約束した日曜日。庶民に喧嘩を売っているのかと悪態を吐きたくなるような、広い敷地を囲っている塀をぐるりと回り、広い門から中に足を踏み入れた沙織は、屋敷の玄関で真澄から熱烈な出迎えを受けた。


「いらっしゃい、沙織さん! 来てくれて嬉しいわ!」

「真澄さん、お招きいただき、ありがとうございます。こちらはつまらないものですが、宜しかったら召し上がってください」

「そんなに気を遣わなくても良かったのに。今日は楽しんでいってね? それじゃあ、両親や子供達を紹介するわ」

 一応持参してきた手土産を手渡すと、真澄は申し訳無さそうな顔になったものの、すぐに沙織を連れて庭に回り、家族達に引き合わせた。

 本来、家族親族のみが集まっての花見の席であり、「友之の元カノで玲二の見合い相手」として参加説明を受けていた柏木家の者や親族達は、興味津々なのを隠そうともせずに沙織を観察し、対する彼女も笑顔で応対していた。


「その……、友之さん? 彼女、来ましたよ?」

「そうみたいだな」

 花見とは言っても柏木邸の広い庭に幾つもテーブルや椅子を並べ、各自が好き勝手に酒や料理を少し離れたテーブルから持って来て、思い思いに寛ぐ形式だった。自然に友之達若手のテーブルの集まりと、親世代のテーブルとに分かれて座っており、沙織が真澄に連れられて年配者達のテーブルで紹介されてから、そこに混ざって何やら話が盛り上がっているのを見た修が囁くと、友之は平静を装いながらグラスに残っていた酒を喉に流し込んだ。


「ところで今日は、彼女と玲二の見合いを兼ねてるって聞いたんですけど、本当なんですか?」

 修の弟である明良が何気なく口を挟んできた為、周囲の者達は無言で咎める視線を送ったが、友之は素っ気なく問い返しただけだった。


「それは誰から聞いた?」

「真由美叔母さんから、母が聞いたそうです。母の話では『甲斐性無しの息子なんか、もうどうでも良いわ! 沙織さんが玲二君と結婚したらどのみち親戚にはなるんだし、変わらず友人付き合いしますって言ってくれてるしね!』と、叔母さんが相当怒っていたそうで」

「…………」

 明良の説明を聞いた友之は、不愉快そうに無言で顔を背け、微妙に悪くなってきたその場の雰囲気に、周りの男達は顔を寄せて囁き合った。


「何だか向こうのテーブル、特に女性陣が盛り上がってるよな」

「何の話題で盛り上がってるのか、怖くて聞きに行けない……」

「何だかヘアセットに出向いた時とは、随分印象が違いますね。あんなに愛想が良い人だったかな?」

 玲二が遠目に沙織の様子を眺めながら、不思議そうに小首を傾げると、彼女の様子を眺めた友之が冷静に告げる。


「あれは多分、営業Αバージョンだな」

「はい?」

「何ですか?」

「本人曰わく、売り込み時必須の、笑顔とトークスキルだそうだ」

 不思議そうな顔の従兄弟達に説明すると、玲二が感心したように頷いた。


「さすが営業職。普段のローテンションを、微塵も感じさせないとは」

「Aって事は、Bバージョンとかもあるんですか?」

 明良が続けて突っ込みを入れると、友之はそれにも律儀に解説を加える。


「そっちは真顔で、ひたすら押せ押せモードとでも言うべきか……。同席した事がある奴の話だと、顔も声も結構怖いらしい。加えて、スッポン並みのしつこさだとか」

「……ちょっと嫌ですね」

 明良が正直な感想を口にすると、玲二が少々狼狽気味の声を上げた。


「あ! 何か彼女、こっちに来るんですが!?」

「おい、まさか今の話を聞かれて無いよな?」

 正彦も狼狽しながら周囲を見回す中、友之と彼の従兄弟達がいるテーブルまで沙織がやって来て、友之が言う所の「Aバージョン」の営業スマイルを振り撒きながら、彼らにお伺いを立ててきた。


「殿方同士でご歓談中、失礼します。少々宜しいでしょうか?」

「は、はい……」

「どうぞ」

「すみません、ちょっと思い出した事がありまして、松原さんにお知らせしておこうかと。プライベートの内容ですし、休日にお話ししても構いませんよね? すぐすみますし」

「ああ。構わないが」

 何を言われるのかと若干警戒しながら友之が頷くと、沙織は彼にとって予想外だった事を口にした。


「一昨日、由良に尋ねられたんです。課長がどこぞで年上の下品な女と腕を組んで歩いてたのを目撃したけど、最近そんな女と付き合っているのかと。何だか従来、私経由で漏れ聞いていた女性の系統とはかなり違っていたらしく、少しショックを受けていました」

「…………」

 一斉に従兄弟達の視線が自分に集まるのを意識しながら、友之は何とか無表情を保った。沙織はそんな彼を冷静に眺めながら、淡々と話を続ける。


「まあ、そんなわけで、変な噂が社内に広がるのも後々面倒かと思いましたので、課長がフェミニストなのにつけ込んだ、質と頭の悪い勘違いストーカー女にまとわりつかれて、実は対処に困っていると説明しておいたんです。でも後から良く考えてみると、ひょっとしたら今現在、実際に結構年上の女性とお付き合いしている可能性は皆無では無いかと思ったものですから、一度きちんと確認しておこうかと思いまして」

 そこで沙織が口を噤み、相手の反応を待つ態勢になった為、友之は何とか気を取り直してそれに応じた。


「いや……、そう言った事実は無い。彼女は無関係だ」

「そうですか。それなら、その女性に関しての説明は、別に訂正しなくても宜しいですね?」

「ああ、構わない」

「それで同様の変な噂は、耳に入り次第潰すように、《愛でる会》内で周知徹底して貰っています」

「それは助かる」

「報告は以上です。それでは失礼します。お邪魔しました」

 そうして最後まで笑顔を崩さずに話し終えた沙織が、一礼して元のテーブルに戻って行くと、友之は緊張のあまり強張った顔の従兄弟達から、口々に追及される羽目になった。


「おい、友之。どういう事だ? 彼女と別れて直後に年上女と付き合うって、まさかお前」

「別に、大した事ではないし、誰とも付き合ってないから」

「友之さん、《愛でる会》って何の事ですか?」

「何でもないから気にするな」

「いや、何でもないって言われても」

 何やら背後で揉め始めたテーブルを振り返りもせず、沙織が女性陣のテーブルに戻ると、楽しげに声をかけられた。


「お帰りなさい。用事は済んだの?」

「はい、業務連絡っぽい内容でしたので」

「あらあら、お休みなのに大変ね」

 この家の女主人である玲子が笑うと、彼女の義妹達も苦笑しながら応じる。


「何だか向こうは、随分盛り上がっているわね」

「どうせ馬鹿話でしょう? 本当に男って野放しにしておくと、手がつけられないわよね」

「それじゃあそろそろ玲二を呼んで、沙織さんと二人でじっくりお話でもさせようかしら。真澄、沙織さんをお茶席にご案内してあげて」

「ええ。それじゃあ沙織さん、付いて来て貰える?」

「はい」

 色々面倒なので、ここでは逆らわない事に決めていた沙織が、おとなしく真澄の後に続いて庭を進むと、植え込みが途切れて開けた場所に、何やら厚手のレジャーシートの上に緋毛氈が敷いてあるのを発見して、思わず遠い目をしてしまった。


「本当に、茶席ですね。しかも向こうのテーブルに居ないと思ったら、ご主人が自らお茶を点ててくださるんですか」

「ええ。母に話をしたら、すっかり面白がってしまって……」

「体の良い見せ物ですね」

 申し訳無さそうに真澄が口にした台詞に、沙織が嫌そうな顔で思わず正直に述べる。それにすかさず清人の台詞が続いた。


「言っておくが、友之への嫌がらせ前倒しを兼ねて、見合いを設定しろと言ったのはお前自身だからな」

「分かっています」

 その時の事を少しだけ後悔しつつ、沙織が靴を脱いで緋毛氈に上がり込むと、少し遅れて若干顔色の悪い玲二がやって来た。


「……すみません、お邪魔します」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 そして神妙に頭を下げ合ってから、玲二は困惑顔で清人にお伺いを立てる。


「清人さん。俺、彼女とどう宜しくすれば良いんですか? 何だか関本さんは、友之さんと別れたって話になってますけど、実際は別れて無いんですよね?」

「ああ、別れていない」

「別れていますが」

「…………」

 内容が正反対の二人の台詞が重なり、玲二は盛大に顔を引き攣らせた。そんな彼の前で、二人が笑顔で睨み合う。


「お前も、大概酷いな」

「本当に、笑っちゃう茶番ですよね。ああ、そもそも茶番の意味は、お茶を出す人の意味だから、柏木さんが茶番なら、世間の大抵の出来事が茶番扱いになりそうな気がしてきました」

「意味、分かって言っているのか?」

「あまり良くは分かってませんね。完全に見せ物になっているこの状況下で、いつものテンションを保つのは難しいもので」

「それはそれは大変だな」

「私は当事者ですし、柏木さんも半分当事者ですから」

「……すみません、俺、もう帰って良いですか?」

 笑顔で対峙している二人に向かって、恐る恐る声をかけた玲二だったが、そのささやかな希望はあっさりはねつけられた。


「はぁ? 何言ってるんだ。お前も、もう半分当事者だ」

「早速予定をすり合わせて、スケジュールを立てますよ? 私達はここで意気投合して、向こう1ヶ月位の間に、最低二回はデートする計画ですから。さっさとスケジュールを出してください。時は金なりです」

「俺達……、意気投合してます?」

「長いものには巻かれるのが人生です。柏木さん、そうは思いませんか?」

「色々面倒だから、彼女の言うとおりにしておけ。後から礼はする」

 素っ気なく言い切られたものの、玲二は往生際が悪く切実に訴えた。


「お礼なんか良いですから、この話から下ろして貰えませんか?」

「諦めろ」

「無理ですね」

 それを聞いて項垂れた玲二と、半ば強引に予定を摺り合わせた沙織は、適当にデートの予定を立てて傍目には和やかに会話をしてから、彼を解放した。

 そんな沙織を巻き込んで宴は盛り上がり、結局彼女は夕飯までご馳走になって、自宅マンションへと帰った。しかし荷物を片付けてのんびりする間もなく、スマホが着信を知らせる。


「薫? 何かしら? 向こうから電話してくるなんて、珍しいわね」

 発信者の名前を確認した沙織は、不思議そうに呟いてから応答した途端、耳に大声が飛び込んでくる。

「はい、もしもし? どうし」

「沙織! 何なんだ、あの男は!?」

「怒鳴らないでよ。それにいきなり何の事?」

 反射的に耳から少し離しながら沙織が文句を言ったが、相手はまったく聞く耳持たなかった。


「お前の上司、ただの上場企業の課長じゃないのか? 事務所の所長から、はっきりとあいつの名前を出された上で、『今後一切、この人物に係わるな』と厳命されたんだ。『もし係わり合うなら解雇するし、この界隈で雇ってくれる所も無いだろうから、独立するんだな。仕事が有るかどうかは分からんが』とまで、面と向かって言われたんだぞ!?」

 その絶叫調での非難を聞いて、沙織は今日顔を合わせたばかりの、胡散臭い笑顔を思い返した。


「ああ……、そういう事。あれから半月も経って無いのに、仕事が早いわね。もう少し扱いやすくて得体の知れない所が無いなら、うちにスカウトしたい位だわ……」

 その呟きを聞いた薫が、即座に噛みついてくる。

「やっぱり何か知ってるんだな!」

「誤解の無いように言っておくけど、この件に関しては課長は無関係よ。それを仕組んだのは、課長の義理の従兄弟さんで、その人に情報を流したのは私だから」

「何だと!?」

 益々憤慨したらしい弟に、ここで沙織は真剣な口調で言い聞かせた。


「事務所で暫く居心地が悪いかもしれないけど、課長に逆恨みするんじゃないわよ? そっちに戻った時には、徹夜してでも文句は聞いてあげるから」

「沙織! お前、そんなにあいつを庇う気か?」

「だから、庇う庇わないの問題じゃないから! 仕事に支障を来したくないだけだって言ってるでしょうが。それじゃあね」

「おい!」

 そこで沙織は、尚も叫んでいた薫からの通話を、強制終了させた。


「全く……、まあこれで取り敢えず、薫の方も滅多な事はしないでしょうね」

 それから彼女はうんざりした表情で、精神的疲労感を解消するべく浴室へと向かった。



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