9 ポッキリやってるなあ
恭平が、事故を聞いて、保健室に到着すると、養護教諭の高階が、すでに応急処置を済ませていた。
榛名渉は、青い顔をして、添え木をされた右手を押さえているが、保健室のベッドにはきちんと座っている。
命にかかわる状態ではないことを知り、恭平は、ホッと胸をなでおろす。
他の教師は、職員室に戻り、学年主任で1組担任の島と、6組担任の片桐が、その場にいて、階段から落ちた状況について、渉に確認していた。
「二階堂から、ふざけて、突き落としてしまったと、申告があったが、間違いないのか?」
「はい…。」
とっさに頭はかばったのものの、右の手首が折れている可能性があった。
かなり腫れてきているようだ。
「病院に、早く連れて行った方がいいと思います。」
高階は、テキパキと処置した後始末をして、3人に告げた。
「ここから車で15分ほどの総合病院の外科に、電話をかけました。診察してもらえるので、親御さんに連絡をしましょうか?」
島と片桐は、顔を見合わせた。
「僕が連れて行きます。」
恭平は、自ら送迎を買って出た。
「階段のところで、榛名に、資料を持ってくるから、待っていろと言ったのは僕なんです。僕の責任でもあるので、僕が連れて行きます。」
渉の事情は、島も片桐もよくわかってる。
「その方がいいかもしれないな。」
島と片桐は、同時にうなづいた。
「頼みます。榊先生。二階堂家には、私から、連絡をしておきます。」
「はい、病院が終わったら、二階堂家に送ります。」
すぐに、保健室から飛び出そうとする恭平に、島が声をかけた。
「被害者も加害者も二階堂家なので、多分、大きな問題にはならんでしょうが、学校でおきた事故なので、一応、私達も、直接報告に行っておきます。診察が終わったら、とりあえず、私達に連絡をください。」
「わかりました。」
恭平は、急いで、車を回すため、保健室を飛び出した。
病院は、高階が言っていたように、車で15分のところにあった。
外科の医師は、50代くらいのポンポンしゃべる明るい医師で、渉のレントゲン写真を見ると
「ポッキリやってるなあ。」
と、明るく言い放った。
「まあ、きれいに1本筋になってるし、欠片もないようだから、ギプスして、1ヶ月でくっつくよ。」
処置室で、看護師が、濡れた包帯で、器用に渉の腕に巻いていく。
手首に近い位置なので、手首も一緒に固定され、出ているのは、指だけだ。三角巾で、腕をつられてギプス処置は済んだ。
そのあと、もう一度診察室に呼ばれて、その明るい医師は、
「セクハラじゃないよ。」
と、笑いながら、片袖を脱いでいる渉のカッターシャツをめくった。
「?」
階段から落ちたのだ。
頭は守られたとはいえ、身体のあちこちに、擦り傷も痣もできている。
「湿布も出しとこう。腕はもう少し腫れるかもしれないから、頓服もだしとこうかね。今日は、少し熱もでるかもしれないよ。痛みが、収まらないようだったら、また、おいで。」
そう言いながら、チラリと恭平を見て、
「古い痣もいくつかあるね、これは、どうして、ついたんだい?」
と、あくまで明るく医師が聞く。
渉は、やはり、恭平をチラリと見て、観念したように答えた。
これ以上、黙ってると、大人二人が危惧していることを認めることになりそうだと理解したのだ。
「柔道です。」
「柔道?」
恭平と医師が同時に聞き返す。
「お前、柔道やってたのか?」
恭平の問いに、
「小学校の時にやってました。」
と、渉は、淡々と答える。
「誰と?」
「岳です。」
「二階堂か?」
「はい。」
「どこで?」
「二階堂の家では、地下の和室を柔道場にしてるんです。」
「家の中か?」
確か、渉は、痛めた肩は、家でぶつけたと言っていた。
嘘ではなかったのだ。
「しょっちゅうやってるのか?」
「たまにです。」
渉は、小学校でやっていたと言うが、二階堂岳は、高校でも続けている。
引退したのは、6月の大会が終わったつい最近だ。
そして、体格的にも、身長こそ2,3センチ程度の差だが、全体的には、岳の方が、一回りは身体がでかい。
どう、考えても、同じレベルの組手ができるとは思えない体格差だが。
「無理して、つきあってるんじゃないだろうな?」
「無理?」
渉は、皮肉気に即答した。
「違いますよ。」
医師は、渉の応対を見て、これが、深刻なものではないと、結論を出したらしい。
「わかった。しばらくは、柔道も禁止だ。走るのも厳禁だ。理由はわかりきってるな。」
渉は、ギプスのはめられた右腕を少し持ちあげた。
「そうだ。怪我人は、何もせず、おとなしくしてろよ。はい、終わり。」
やたら明るい医師は、そういうと、診察室から、二人を追い出した。