10 俺、タクミ
診察室を出て、恭平と渉が、待合室で、処方箋を待つうちに、恭平は、渉の目が、少し潤んでいることに気が付いた。
「痛むか?」
「少し…。」
強情そうなこいつの性格なら、少しというからには、相当痛むのだろう。
腫れが、引くまでは、痛みが続くと、医師は言っていた。
その為に、若干、熱も出るとも言っていた。
熱が出始めたのかもしれない。
潤んでいるのは、そのせいだ。顔色も悪い。
恭平は、車の中に、榛名を押し込み、処方箋を持って、道路向かいの薬局に向かった。
そこは、総合病院の門前薬局で、比較的大きく、きれいな薬局だった。
処方箋を出して、待っていると、
「榛名渉さま。」
と、渉を呼ぶ声がする。
恭平は、会計をすませて、指定された窓口に薬を取りに行く。
「打ち身と裂傷ですか?」
窓口の薬剤師は、少し長めの茶髪の青年で、薬を恭平の前に差し出した。
「骨折しました。」
「なるほど。外用と、鎮痛剤が出ています。湿布が…あ?」
言葉を止めた薬剤師に、恭平が顔をあげると、
「あれ?」
その薬剤師が、恭平の顔を見ながら、面白そうに笑っている。
「?」
「榊恭平?」
「え? 誰?」
初めて見る顔だった。
「俺、タクミ。」
口元が笑ってる。
誰だ? この明るいイケメンは…。
睫毛の長いパッチリした瞳、高い鼻梁、引き締まった唇。綺麗という表現がふさわしい、ギリシャ彫刻のように、派手に整った顔の男が、目の前にいるのだが。
記憶を探ってみても、こんな男に見覚えはない。
「爽の話じゃ、前世では、俺達、親友だったらしいんだけどな。」
「爽?」
「俺、志筑巧。」
そう言って、巧は、自分の胸元のネームプレートを指し示す。
「志筑?」
そう言われてみれば、綺麗で派手な顔立ちの一つ一つのパーツには、どこか見覚えがある。
「志筑君の?」
「そ。爽の兄貴。」
つい、最近の話だ。
6組の生徒、牧嶋梨花が、赴任したばかりの恭平に会った日に、恭平の顔をした男を刺し殺す夢を見た。その件で、梨花の親友、里村凛の紹介で、出会ったのが、凛の言う不思議な大学生こと志筑爽だった。
彼は、チャネラーで、恭平の疑問について、ひとつの答えを出してくれた。
チャネリングそのものについての信ぴょう性などは度外視し、恭平は、しっくりきたと言う理由だけで、爽の言うことを信じることにしたのだ。
なるほどと得心はいったが、確か面識はなかったはずだ。
「どこかで会ったことが?」
「ああ。あの時、俺も『ありす』にいたんだ。カウンターんとこ。」
「そういえば…。」
志筑爽と会った喫茶店『ありす』に入った時、確かに、すぐそばのカウンターに男が一人座っていた。
「だろ?」
「だろ、じゃない。背中向けてたろ? 初対面じゃないか。よく俺の顔がわかったな。」
呆れたように言うと
「お前が『ありす』に入ってくるとき見たからな。職業柄、気になった患者の顔は忘れない。」
と、巧は、すまして、自らの白衣をさす。
「俺は、患者じゃないけどな。」
反論すると
「そうだな。」
と、くすくす笑う。榛名渉のカルテの年齢を見ながら、
「生徒?」
と聞く。
「ああ。熱出したから、車にのせてる。」
「大変だな。先生も。」
軽く答えて、湿布と軟膏と鎮痛剤の使い方を説明し、袋と一緒に恭平に渡す。
「爽が言ってた。また恭平とは会いそうだって。」
いきなり呼び捨てか?
「またな。お大事に。」
恭平の戸惑いなどおかまいなく、にっこり笑う巧の営業スマイルは、薬局内にいたどの女より綺麗だった。




