30 空気がキラキラしていた
恭平は、爽の視線に気が付いた。
目の焦点が目の前にいる自分達にあっていない。
チャネリングしながら、話しているときも、こんな感じだった。
何か、別のものを見ているか、聞いているかのようだった。
「伝えていいんだね。」
独り言のように言った爽は、渉を見た。
爽の目が、スーッと渉に焦点が定まったのを、恭平は確認する。
「榛名君。」
渉も、爽の様子から、何かを悟ったようだった。
爽の言葉を待っている。
「君が、僕と会ったのは、偶然じゃないんだ。」
「?」
「君の為に、ずっと涙を流していた意識が、兄貴を使って、僕と君を引き合わせたんだ。」
「涙を流していた意識?」
爽は、優しくうなづいた。
「兄貴は、霊感がないどころか、暗い波長ならはじくタイプなんだけど、多分、生きてた頃の波長が似てて、その意識があまりに素直で必死だったから、無意識のレベルで、受け入れてしまったんだろうね。」
「どういう…?」
爽の言うことが、すぐに理解できない渉だったが、
「あの日、君を『ありす』に連れてきた日、兄貴は、本当は夜勤で、朝一番に、交替するはずだったらしいよ。それが、交替勤務の同僚が遅れて、あんな時間まで引き延ばされてしまったのは、小さなアクシデントが重なったためらしいね。あんなことは、初めてだって言ってた。」
真剣に、爽の言う言葉を聞き逃さないようにしていた。
「恭平さんを見かけて声をかけたのは、兄貴らしい気まぐれだけど、君を乗せて『ありす』まで来るなんて、兄貴らしくないお節介だ。いつもの兄貴なら、食事もとらずに、家に帰って爆睡するところだからね。」
「?」
「兄貴は『ありす』で、僕の姿を見つけた時に、何かおかしいと感じたらしいよ。」
恭平は、巧が、くすくす一人で笑っていたことを思い出した。
まんまと使われたと思っていたのだろうか。
「誰だと思う?兄貴をパシリにして、君と僕を引き合わせたのは?」
「え?」
渉は瞬いた。
「君のことを一番理解し、君の夢を壊してしまったのだと一番悲しんでいた女の子だ。」
怪訝そうな顔をした渉は
「まさか?」
と声をあげた。
「紗良?」
「そう。君の妹の紗良さん。彼女は、君をずっと心配してた。彼女は泣いていたよ。」
恭平は、思い出した。
渉の1年の時の家族の記入欄にあった名前を。
榛名紗良は、両親と一緒に事故で死んだ、渉の唯一の妹じゃなかったか?
じゃあ、ここで話している紗良と言うのは…。
恭平の背中がざわついた。
「紗良が…。」
「受験前にインフルエンザにかかってしまったこと、君にうつしてしまったことを、ずっと気にかけてたよ。」
「そんな、俺は、紗良に対しては何も…。」
と言いかけて、渉は絶句した。
「いや、八つ当たりしていたかも…。」
渉はうなだれた。
爽は、優しく語りかけた。
「彼女は、君のことが、大好きだった。自慢のお兄さんだったみたいだね。君のことを本当によく理解していた。多分、ご両親よりも誰よりも。」
「…。」
「だから、君が間違って自分を責めていたことを、何とか早く伝えたかったんだ。」
「…。」
「あの時、僕の見た紗良さんは、泣いていた。けれども、今、見える紗良さんは、嬉しそうに笑っているよ。」
渉は、目を潤ませ、左右を見た。
けれども、渉にも恭平にも、その姿は見えない。
「泣きながら、君をずっと見守ってきた。でも…。」
「?」
「もう、彼女はいくべきだ。」
「いくって…。」
「魂が向かうべきところに…。」
渉は、少し寂しそうな表情を浮かべた。
たった一人の妹なのだ。
渉自身に見ることができなくても、そこにいると思うだけで、渉の孤独が癒される気がする。
送ってやることが、紗良の魂のためだとわかっても、気持ちは離れがたい。
「榛名君。」
爽は、優しく言った。
「彼女の執着は、君だった。君が苦しんでいることが、彼女の魂を縛り付けていた。彼女を幽霊にしたいの?」
渉は、首を振ってうつむいた。
恭平と暮らし始めて、家族の話はほとんどしなかったが、家族を失っているという孤独な身の上を、忘れたことはなかったはずだ。
「このことを、僕は、伝えるかどうか迷ったんだけど、紗良さんが、どうしても、君に、さよならを伝えたいと言ってきた。」
「…。」
「君が、家族全員から愛されていたことを覚えていてほしいと。みんなで君の幸せを祈っているからと。」
渉は、うつむいたままうなづいた。
泣いているようだった。
渉が、顔をあげると、爽は、そっと、渉から視線をはずして、ゆっくり渉の頭上を見上げた。
渉もつられたように、爽の視線の先を見た。
そこには、何もなかったが、ただ、妙に空気がキラキラしていた。
あがったんだ。
渉は理解した。
「お兄ちゃん。」
紗良の声が聞こえてきたような気がした。




