28 ありすに行きたい
6組の空気は、微妙に変わったような気がする。
9月初めの実力テストで、6組の榛名渉が、学年1位の成績をとったことは、6組の身近なクラスメイト達に、少なからず影響を与えたようだ。
表面的には、何も変わらないように見えたが、一人一人が、どこか、何かが変わったような気がした。
それは、6組の授業を担当するどの教師も、一様に感じたことだった。
就職希望だった新庄華子が、私立女子大のA0入試で合格した。
短大志望の三浦理央も、ランクをあげての推薦入試で合格した。
そして、牧嶋梨花が、働きながら看護師の定時制に通える、奨学金つきの病院の試験に合格した。
更に、これは、クラス中が奇跡だと騒いだが、埜々下佑人が、消防士の採用試験に合格したのだ。
奇跡がおこったとしか思えなかった。
今までの、6組の特徴は、他のクラスに比べると、意志が弱く、持続力がないことだった。
目的を完遂できるという能力がないと、自分で自分に諦めている生徒が多かった。
その為か、1組のように、より高い目標を掲げてはいないのに関わらず、1学期で決めた志望先に合格する者は、進学先にしても、就職先にしても、クラスの半数にも満たないのが常だった。
それが、同じ6組のクラスメイトの榛名渉の1位という現実を見て、その痛快さを肌で感じて、ノリで一緒に喜んで、ことのほか楽しかった。
その余韻を感じながら、6組の生徒は、各々、自分の身に置き換えて、考えてみたんじゃないだろうか。
達成するもののレベルは、到底、1組のランクには及ばないが、一生懸命やることで、目的は限りなく近くなることを思い出したのかもしれない。
「やってもできるわけがない」が、「やればできるかもしれない」に静かに変わっていったのだ。
そして、目標がどんなものであれ、やり遂げれば、達成できれば、それがとても楽しいことであることを思い出したんじゃないかと思う。
6組の奇跡は続いていた。
専門学校の推薦、公務員試験、就職試験と、次々に、合格を手にする6組の生徒達を、恭平は、眩しそうに見つめた。
そして、榛名渉も、大方の予想通り、海上保安大学に合格した。
一部の教師たちは、今でも間に合うと、難関大学を勧めたが、渉の意志は揺らがなかった。
「里村が、広島行くなら、行く前に、目覚ましに、声入れて欲しいって言ってたぞ。」
「俺の?」
一緒に、暮らし始めて数か月。
学校にいるときは、公私混同しないよう、きちんとした話し方をするが、マンションにもどると、渉も、かなりざっくばらんに、恭平と接するようになっていた。
「何で?」
「お前の声が好きなんだと。」
「はあ?」
「お前の声で起きたいらしいぞ。」
「何だよ、それ。相変わらず、わけわかんない奴だな。」
渉と凛がつきあったら、楽しいだろうなと恭平は思うが、どうも、この二人の間に恋愛感情が生まれることはなさそうだった。
凛に言わせると、お互いに「理解しがたい奴」なんだそうだ。
それでも、教室内では、相変わらず仲がいい。
推薦組や就職組は、続々と合格を決めているが、凛たち受験組は、まだ、受験の真っ最中だ。
合格組の浮かれムードの中で受験するのは、キツイかもしれないが、今年の6組は、どういうわけか、この時期の緊張感が見えない。
渉を中心とした合格組が、受験組に、積極的に勉強を教えてやっているせいかもしれない。
凛は、受験科目だけは、好成績だったが、それでも、苦手な個所を、ピンポイントで教えてもらえるのは、美味しいと恭平に語っていた。
「何だか、今年の6組は、楽しそうでいいですね。」
ピリピリした他のクラスの教師が、片桐に話しかけているのを、何度か恭平は、目撃していた。
榛名渉の存在が、6組全体に大きな影響を与えたことを感じていた。
「さて…」
と、恭平は、腰をあげた。
「合格したら、どこでも、好きなとこに連れてってやる約束は忘れてないぞ。どこがいい?寿司でも焼肉でも、どこでもいいぞ。」
給料は、入ったばかりだ。
結構な金額はおろしてきた。
でかい出費を覚悟していたのだが、渉は、少し笑ってこう言ったのだ。
「先生、俺、『ありす』に行きたい。」




