23 よろしくお願いします
九州の田舎から、渉の父親の兄にあたる伯父の榛名省吾が、学校にやってきたのは、恭平のマンションに、渉が下宿することになってから三日後のことだった。
連絡を受け、急いで、飛んできたらしい。
高速バスで来て、朝、東京に着いたと、省吾は、少し疲れた様子で、笑いながら言った。
よれよれのスーツは、着慣れていないようで、日焼けした朴訥な顔が、眩しそうに教師たちをみている。
渉が、1年休学した時に、世話になった、熊本阿蘇で農業を営む50代半ばの、人の良さそうな男だった。
省吾は、片桐から、二階堂家を出ることになった理由を簡単に聞くと、何の疑問もはさもうとせず、
「お前は、痛い思いばかりだな。」
と、渉の頭をくしゃくしゃとなでた。
そして、渉に、
「うちに来てもいいんだぞ。」
と、言った。
渉は、少し涙ぐんでいたが、
「高校は、ちゃんと卒業するよ。」
と、笑った。
「色々、疑問もあろうかと思いますが…。」
気をつかって、校長がもう少し、詳しく話をしようとしたが、省吾は、目の前で手を振った。
「いやいや。難しい話は結構ですわ。渉が話したいと言うなら、渉から聞きます。それに…。」
省吾は、もう一度、乱暴に渉の頭をなで、
「今の渉は、とてもいい顔になっているように見えます。先生方のご判断が、正しい証拠です。」
省吾は、いつもむっつりしていた渉の表情が、明るくなっているのに気が付いたようだ。
「朝、二階堂家にも行ってきました。沙智子さんは、色々、言ってましたわ。」
恭平と片桐が思わず顔を見合わせる。
「沙智子さんは、納得はしてないようでしたが、今、渉の顔を見たら、どっちがいいのかわかる気がします。」
そう言って、省吾は、立ち上がり、恭平に対して頭をさげた。
「どうか、先生、渉をお願いします。」
「あ、こちらこそ。」
慌てて、教師たちも立ち上がった。
二階堂沙智子と話をするときの緊張感は、この空間には一切なかった。
省吾の素朴で暖かい雰囲気が、この場を、とても和やかなものにしていた。
更に、省吾は、渉が知らされていなかった保険金について、話をはじめた。
事故後の渉は、事故の話、家族の話をするだけで、とてもナーバスになっていたので、遺産として保険金が入ること、貯金の状態、家の処分など、とても、話ができる状態ではなかったと言う。
何度か、断片的な報告はしたが、渉が、ほとんど聞くのを拒否していたので、まともに話はできなかったらしい。
親族会議で、保険金は、渉へ。
渉が20歳になるまでは、省吾にその管理が任されたのだと言う。
渉は、目を丸くして聞いていた。
現に、保険金の中から、居候となる二階堂の家には、毎月10万ずつ、渉の生活費としての仕送りをしていたらしい。
その中には、学費と交通費も含まれていたが、公立高校なので、せいぜい月に2万から多くて3万だ。残りは、ほぼ沙智子が、渉の生活費として使っていたことになる。
「1、2年の時に通っていた塾には、行かせてもらえなかったようだが、お小遣いとか、もらっていたのか?」
恭平が聞くと、
「月に1万はもらっていました。」
と、渉は答える。
「主に、追加のプリント代や、教材代に使っていました。」
渉は、沙智子が、省吾から送金されていた金額を、全く知らなかったらしい。
「居候の生活費に7万もかかるわけないですね。エアコンもついてないし…。」
冷静な口調の片桐の目も怒っていた。
「まあ、それは、渉を預かってもらったんだから、当然、もらっていいもんです。」
省吾は、穏やかな性格だった。
色々相談した結果、10万のうち、家賃、光熱費として、4万を恭平に渡し、残りの6万が、学費と交通費、そして、主に食費になるだろうが、お小遣いとして渉に回されることになった。
そんなに必要ないと恭平は言い張ったが、渉が、学校の行きは、車で送ってもらっているし、頻度の高い、外食代は全て恭平が払っていることを告げ、4万でも少なすぎるくらいだと、皆に言い含められた。
「わたしたちは、大学に行っておりませんで、大学に行くためにお金が必要だということしかわかりません。けれども、保険金は、渉を大学に行かせるくらいの金額はあるはずです。渉が、大学に行きたいなら、手続き等のことは、さっぱりわかりませんが、先生方におまかせしてもよろしいでしょうか? お金のことは、こちらがちゃんといたします。」
省吾は、教師たちにとっては、意外な申し出をし、片桐が、一応、受験をした場合の想定金額を、いくつかあげた。
教師たちは、渉が、そんなに遺産を持っているとは思っていなかったのだ。
「死んだわたしの弟は、そんなとこは賢かったようです。渉の為に、きちんとお金を残してくれました。受験代と入学金と、東京以外を希望した時の交通費、前期納入金、マンションの敷金とベッドなどの生活必需品で、とりあえず、300万ほど送っておきましょうか?」
と言われたのには驚いた。
「どちらにしても、渉のお金です。20歳になった時点で、わたしは、保険金の管理を降り、全て、渉に渡すつもりです。それ以外でも、渉が、必要だと感じたなら、私は渉に送金します。もし、今、一人暮らしをしたいなら、それに応じたお金もおくります。」
教師たちは、顔を見合わせたが、今の今、渉を一人きりにはできないというのが、教師たちの共通認識だ。
「しばらくは、榊先生の元で。本人が落ち着いて、一人暮らしを望んだら、その時は、また連絡いたします。」
片桐の言葉に、省吾は、もう一度、教師たちに、深々と頭をさげた。
「渉を、よろしくお願いします。」




