15 また会ったな
父兄と一緒の3年生の進学説明会の日、榛名渉は、職員室にやってきた。
「今日、ギプスをはずすので、午後から休みます。」
「二階堂さんと?」
片桐も、6組の担任として、渉の状況は、把握している。
「いえ、一人でいきます。」
午後からは、進路説明会があり、3年生は、父兄と一緒に、体育館で、受験についての説明を受ける。
二階堂の母親は、岳の親として、説明会に出席するのだろう。
就職希望の渉には、関係のない説明会になるともいえる。
恭平は、片桐に、
「僕が、連れていきましょうか?」
と提案した。
片桐としても、学校で起こった事故だという責任を感じている。
進路説明会に、副担任である恭平は、特に参加しなくても構わない立場でもある。
「大丈夫です。」
と言う榛名に、片桐が意外に強い口調で言った。
「甘えられる時には、甘えていいんです。貴方は、高校生なんですから。」
片桐も、考えるところがあるようだ。
片桐の言葉は決定となり、渉は、恭平と一緒に、午後から、病院に行くことになった。
車の中でも、病院でも、渉は無口で、恭平も、あえて、しつこく話しかけたりはしなかった。
ギブスを切り裂く、ギブスカッターを見た時だけ、少し動揺していたのを感じたが、相変わらずの調子で、病院を出て、駐車場に向かったその途中だった。
「恭平!」
と、いきなり声をかけられた。
振り向くと、道路沿いから、フルフェイスの男が、バイクに乗って、手をあげている。
「?」
恭平が目をこらすと、そのバイクが、音をたてながら、病院の駐車場に入ってきた。
「また、会ったな。」
と、言いながら、バイクの男が、ヘルメットを脱いだ。
「ああ、志筑…。」
「巧。」
確認させるように自己紹介したのは、目の前の薬局の薬剤師、志筑爽の兄、志筑巧だった。
目の醒めるような綺麗な顔をしていて、これが妙に馴れ馴れしい。
「交替勤務で、今日は、これであがりなんだ。だいぶ、ずれ込んだけどな。お前は?」
「俺は、生徒のつきそいで…。」
と、言いかけた恭平は、隣にいる渉が目を輝かせているのを見て驚いた。
「これ、ドラッグスターですよね。」
意外にも、渉がくいついている。
巧のバイクを興味深そうに見ていた。
「ああ。」
「クラシックですか?」
「よく、知ってるな。」
「社会人になったら、俺も、これに乗りたいと思ってたんです。」
「いい趣味だな。乗るか?」
「え?」
渉と恭平は、同時に声をあげた。
巧は、あくまで軽い。
常備しているらしいヘルメットを、何の躊躇もなく、渉にほおる。
「『ありす』で、恭平と待ち合わせすればいいだろ?乗せてやるよ。」
「ちょっと待て。」
「いいんですか?」
同時に声をあげて、渉と恭平は顔を見合わせた。
渉の、年相応の顔を見たのは、初めてだった。
大人びた様子で、学校では、いつも、面白くなさそうにしている渉が、恭平の前で、はじめて十代の少年っぽい表情を見せたのだ。
巧は、面白そうに、渉と恭平の顔を交互に見た。
「…。」
しかし、すぐに、渉は、乗るのをあきらめたようだった。
学校を抜けているとはいえ、授業時間内に、教師が、バイクに乗るのを、許すはずがない。
そう理解した渉の判断は、誤りではない。
恭平としても、この時間の生徒を、まだ会って二度目の男のバイクに委ねるなんて、常識的に考えられない。
だが…。
最早、乗るのはあきらめて、それでも目の前のバイクに憧れの目を向ける渉の表情を見ると、恭平はたまらなくなった。
こいつは、一体、どれだけのことを、諦めてきたんだろう?
家族を亡くし、居心地の悪い親戚に身をおいて…。
恐ろしく悲惨な1年半を、こいつは、どんな思いで生きてきたんだろう?
こいつの抱える問題が、一体何なのかわからないが、もともとは、こんなに楽しそうに顔を輝かせることができる少年だったんだ。
渉のバイクを見た時の、あの顔を見てしまった恭平は、つい、口走ってしまったのだ。
「『ありす』までなら…。」
それは、決定と言うより、途中までの思考が口に出てしまっただけなのだが、それを最後まで言わせず、巧が、唇をあげて、ニッと笑った。
「おう。そこで待ってる。」
「あ…。」
ヤバいと思った時には、もう遅かった。
巧は、そういう恭平の心中を読んだかのように、
「こいつの気が変わらないうちに、早く乗っちまえ。」
と、言うが早いか、渉をうながして、さっさと後部座席に乗せてしまった。
「事故るなよ。」
恭平が釘をさすと、
「誰に言ってるんだ?」
と、巧は、ヘルメットの中からくぐもった笑い声で応え、慣れた手つきで、バイクの向きを変えて、さっさと駐車場から出ていってしまった。
渉の表情は、ヘルメットで、さっぱり見えなかったが、きっと、笑っているのだろうと恭平は思った。




