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メッセージ  作者: K
15/30

15 また会ったな

父兄と一緒の3年生の進学説明会の日、榛名渉は、職員室にやってきた。

「今日、ギプスをはずすので、午後から休みます。」

「二階堂さんと?」

片桐も、6組の担任として、渉の状況は、把握している。

「いえ、一人でいきます。」

午後からは、進路説明会があり、3年生は、父兄と一緒に、体育館で、受験についての説明を受ける。

二階堂の母親は、岳の親として、説明会に出席するのだろう。

就職希望の渉には、関係のない説明会になるともいえる。

恭平は、片桐に、

「僕が、連れていきましょうか?」

と提案した。

片桐としても、学校で起こった事故だという責任を感じている。

進路説明会に、副担任である恭平は、特に参加しなくても構わない立場でもある。

「大丈夫です。」

と言う榛名に、片桐が意外に強い口調で言った。

「甘えられる時には、甘えていいんです。貴方は、高校生なんですから。」

片桐も、考えるところがあるようだ。

片桐の言葉は決定となり、渉は、恭平と一緒に、午後から、病院に行くことになった。



車の中でも、病院でも、渉は無口で、恭平も、あえて、しつこく話しかけたりはしなかった。

ギブスを切り裂く、ギブスカッターを見た時だけ、少し動揺していたのを感じたが、相変わらずの調子で、病院を出て、駐車場に向かったその途中だった。

「恭平!」

と、いきなり声をかけられた。

振り向くと、道路沿いから、フルフェイスの男が、バイクに乗って、手をあげている。

「?」

恭平が目をこらすと、そのバイクが、音をたてながら、病院の駐車場に入ってきた。

「また、会ったな。」

と、言いながら、バイクの男が、ヘルメットを脱いだ。

「ああ、志筑…。」

「巧。」

確認させるように自己紹介したのは、目の前の薬局の薬剤師、志筑爽の兄、志筑巧だった。

目の醒めるような綺麗な顔をしていて、これが妙に馴れ馴れしい。

「交替勤務で、今日は、これであがりなんだ。だいぶ、ずれ込んだけどな。お前は?」

「俺は、生徒のつきそいで…。」

と、言いかけた恭平は、隣にいる渉が目を輝かせているのを見て驚いた。

「これ、ドラッグスターですよね。」

意外にも、渉がくいついている。

巧のバイクを興味深そうに見ていた。

「ああ。」

「クラシックですか?」

「よく、知ってるな。」

「社会人になったら、俺も、これに乗りたいと思ってたんです。」

「いい趣味だな。乗るか?」

「え?」

渉と恭平は、同時に声をあげた。

巧は、あくまで軽い。

常備しているらしいヘルメットを、何の躊躇もなく、渉にほおる。

「『ありす』で、恭平と待ち合わせすればいいだろ?乗せてやるよ。」

「ちょっと待て。」

「いいんですか?」

同時に声をあげて、渉と恭平は顔を見合わせた。

渉の、年相応の顔を見たのは、初めてだった。

大人びた様子で、学校では、いつも、面白くなさそうにしている渉が、恭平の前で、はじめて十代の少年っぽい表情を見せたのだ。

巧は、面白そうに、渉と恭平の顔を交互に見た。

「…。」

しかし、すぐに、渉は、乗るのをあきらめたようだった。

学校を抜けているとはいえ、授業時間内に、教師が、バイクに乗るのを、許すはずがない。

そう理解した渉の判断は、誤りではない。

恭平としても、この時間の生徒を、まだ会って二度目の男のバイクに委ねるなんて、常識的に考えられない。

だが…。

最早、乗るのはあきらめて、それでも目の前のバイクに憧れの目を向ける渉の表情を見ると、恭平はたまらなくなった。

こいつは、一体、どれだけのことを、諦めてきたんだろう?

家族を亡くし、居心地の悪い親戚に身をおいて…。

恐ろしく悲惨な1年半を、こいつは、どんな思いで生きてきたんだろう?

こいつの抱える問題が、一体何なのかわからないが、もともとは、こんなに楽しそうに顔を輝かせることができる少年だったんだ。

渉のバイクを見た時の、あの顔を見てしまった恭平は、つい、口走ってしまったのだ。

「『ありす』までなら…。」

それは、決定と言うより、途中までの思考が口に出てしまっただけなのだが、それを最後まで言わせず、巧が、唇をあげて、ニッと笑った。

「おう。そこで待ってる。」

「あ…。」

ヤバいと思った時には、もう遅かった。

巧は、そういう恭平の心中を読んだかのように、

「こいつの気が変わらないうちに、早く乗っちまえ。」

と、言うが早いか、渉をうながして、さっさと後部座席に乗せてしまった。

「事故るなよ。」

恭平が釘をさすと、

「誰に言ってるんだ?」

と、巧は、ヘルメットの中からくぐもった笑い声で応え、慣れた手つきで、バイクの向きを変えて、さっさと駐車場から出ていってしまった。

渉の表情は、ヘルメットで、さっぱり見えなかったが、きっと、笑っているのだろうと恭平は思った。


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