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真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
二章  天命継志
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十八話 凶唸慟血


如何に相手が異形であろうとも準備が出来ていれば苦労しても苦戦はしない。

別動隊だった韓浩達は自分達の役目を果たし終え、本隊である曹皓達に合流していた。

──が、状況は予想外となっている。



「──チッ! また(・・)出て来やがったっ!」



そう舌打ちし、苛つき、悪態を吐くのは馬洪。

普段、滅多に見せない、その一面。

妻である馬超は勿論、曹皓達も気付いている。

それだけ今の状況が悪いという事に。


しかし、打つ手が無いのも事実。

だから、ジリ貧なのは言うまでも無い。


何れだけ異形達を消滅させても次が出現する。

それを理解すると、「もしかして、消滅していると勝手に思っているだけで実は消滅していない?」と思考に疑問が生じてしまう。

疑問が有れば思考してしまうもの。

思考し、直ぐに答えが出なければ、長引く。

長引けば動きに影響が生じる。

それは本の僅かだったとしても致命的となる。


だから、曹皓達は早々に隊を防衛重視に構えた。

持久戦など遣りたくもないし、遣るつもりも無い。

だが、下がらせなければ一気に瓦解してしまう。

そう判断した為だ。

それだけ圧倒的な物量に押されている。

──否、曹皓達でなければ疾うに押し負けている。

そう、隊士達から見ても言い切れる程に。

敵の戦力──数は減少している様子が無いのだ。


寧ろ、その隊士達も士気を下げず、戦意を失わず、心を折られる事無く、よく立ち向かっている。


それもこれも、その背中が見えていればこそ。

誰よりも激しい最前に立ち、異形を屠る背中。

曹皓と曹操。

二人の脇を固める韓浩達。

真っ直ぐに立ち向かい、戦い続ける背中が在るから誰一人として挫けず、弱気にも為らない。

その背中が言葉よりも雄弁に語っているのだ。

「此処が正念場、此処が命運を別つ戦場」と。

自分達が退けば、敗ければ、全てが飲み込まれる。

その先がどうなるのかなど考える必要も無い。

勝つ事でしか未来()は拓かれない。

そう判るのだから。

自分が、誰かが、死のうとも退き下がれない。

これは絶対に敗けられない決戦(・・)なのだから。



そんな意志を、決意を背に受けながら。

曹皓達は考え続けている。


単純な人が相手の戦であれば敗ける事は無い。

疾うに片付いているし、自分達の出番は最低限。

曹皓や曹操に至っては自らが敵を屠る事も無い。

そう言い切れる程に、今の曹家の──否、曹皓達の実力というのは突き抜けている。


そんな自分達が苦戦する理由は一つ。

終わりの見えない異形達の圧倒的な物量。


だが、決して無限ではない。

必ず、終わりは来る。

世界に存在する、あらゆる全ては有限だ。

だから、無限など有り得はしない。


──が、その終わりが定かではない。

何より、最も曹皓達を悩ませるのは、異形達が次々現れてくる仕組みが理解出来無い事。

仕組みが判れば止める事も、潰す事も、逆手に取るという事も出来るのだが……それが判らない。

生きている者には理解し難い領分であるが故に。

どうしても受け身になり、後手に回らされる。

だから、熟、厄介な相手だと思う。



「元になる素材(・・)が有るにしても、どうなの?

消滅はしているのでしょう?」


「そうだね、似た様に見えるだけで別物だから……

ある程度の()を使い回してるのかな?」


「御店の御菓子を大量に作る時の様に?」


「そんな感じかな

その型の種類が一度に出現する上限みたいだから」



そう曹皓に言われて、改めて見てみれば──納得。

確かに一度に全く同じ姿をしている個体は居ない。

数に関しても多少の増減は見られるが上限は有る。

──となると、やはり、どういった仕組みなのかが現状を打破する鍵になるのだろう。

そうは思うが、「それで、どうしろと?」となる。

疑問は解けても何も進展はしない。

進んだと思えば一周回って元に戻るだけ。

何人かの攻撃が憂さ晴らしで苛烈になってしまう。

それも仕方が無い事だろう。


ただ、その状況下でも曹皓は試行錯誤している。

それを曹操も理解している。

判っているから、態と先程の様な質問(振り)をする。

韓浩達の気晴らしと、曹皓の息抜き(・・・)の為に。

集中力が有る事は良い事だ。

しかし、集中し過ぎると見えている筈のものでさえ見え辛くなるのだから厄介なもの。

だから、こうして適度に意識を揺さぶるのが曹操の妻としての役目だったりもする。

勿論、その逆も有るのだが。


ふと、鼻に付いた匂いに曹操は西の空を見た。

既に日は暮れようとしている時刻だが、空は暗い。

自分達の頭上には青さが残る空が見えてはいるが、西の空は分厚い黒雲が蓋をしている。

それも単なる曇りではない、雨雲(・・)だ。

微かな風に乗って匂ったのは湿った(・・・)空気。

山ではなくとも、それは雨が降り易い予兆。



「……状況は悪くなる一方ね」



曹操でさえ、思わず舌打ちしたくもなる。

厄介な相手な上に自然までもが敵になるのだから。


顔を甘寧に向ければ彼女も既に気付いていた。

重なった視線が警告を促している。

単なる雨──夕立や通り雨ではない。

暴風雨、或いは雷雨となる可能性が高い、と。


足を洗ったとは言え、培われた業を受け継ぐ甘寧は曹皓達との出逢いで更に磨かれた風読みの業を以て誰よりも正確に天候の変化を掴み取る。

それを信頼すればこそ、曹操は即座に指示を出す。


夫達に敵を任せ、曹操達は一度後退。

隊士達の安全を確保する為に距離を取って布陣。

五人一組の小隊を交代で出しながら、討ち漏らしを掃討するだけに専念させる。

決して、一線を越えた先には踏み込ませない。

隊士達も踏み込みはしない。

命が惜しい訳ではなく、足を引っ張らない為に。


そうこうしている内に頭上は曇天──いや、暗天。

動いて熱を帯びている身体は敏感に気温の変化を、落ち始めた雨の一滴を感じ取る。

雨嫌いの韓浩が嫌そうな顔をするが、流石に現状でそんな事は言ってはいられなかった。

まあ、あっと言う間に本降りに。

集中しなければ、隊士達の位置からは曹皓達の姿が雨の天蓋が邪魔をして見えなくなる。

つまり、討ち漏らしを見逃し易くなる。

当然、その可能性に備えてはいるのだが。

持久戦となれば、生身の自分達が不利になる事も、追い込まれる事も判っている。

それでも、誰一人として俯かず、前を見続ける。

そう示し、導き、諭す背中が其処に在るから。



「──っ! 思春っ! 雨を使え(・・・・)っ!!」


「────っ!!」



視界が、足下が悪くなる中、曹皓が叫んだ。

その意図を甘寧は直ぐに察し、即座に実行する。


氣というのは相性──資質・適性が大きく関わる。

普段、曹皓達が用いる身体強化の技術は勿論だが、それらは鍛練と氣の総量で何とかなったりもする。

だが、身体強化とは違う、特殊な技術も有る。


その一つが自然を扱う“理然”と称される技術。

一番判り易いのが火に関わる技術。

氣を使って、発火・着火させたり、燃えている火を手に掬い取ってみたり、と。

その応用性は広く、多岐に及ぶ。


そんな理然を甘寧も使える。

相性が良いのは“水”。

皮肉と言うべきなのか、一度は甘寧自身の命さえも飲み込もうとし、しかし、今に到る縁絲を紡いだ。

その身に流れる血もまた、水と深く関わる。

故に、甘寧にとって、水とは常に傍に在るもの。

その為、理解は早く、馴染むのも直ぐだった。


甘寧が最も得意とするのは“霧隠れ”の術。

深い霧を生み出して視界を奪う白い闇(・・・)で覆う。

人が最も頼りにする視覚を潰し、音も無く狩る。

隠密行動をしたりする任務も多い甘寧にとっては、戦闘に限らず用いる事が出来る術だ。


今回は激しく降る雨を利用する。

霧を生み出す訳ではない。

この状況──異形や屍人を相手には意味が無い。


では、何をするのか。


火は燃やし、焼き尽くし、滅ぼす。

一方、水というのは繋ぎ合わせ、集め纏める。

しかし、同時に合わさっているものを溶き解して、バラしてゆく事も有る。

水とは融合と融解の両面を有しているのだから。


甘寧は両手を空に伸ばすと、降り注ぐ雨に向かって意識を集中させる。

必然的に動きは止まり、無防備になる。

だが、曹操達が甘寧を囲み四方を守る。

その外側で曹皓達が一層苛烈な迎撃を行う。

指示は無くとも、全員が判っている。

今、甘寧が唯一、状況を打開出来るという事を。


その甘寧は自身を茎に見立て、氣を用いて花という形を模した器を咲かせる。

其処に雨を受け止め──自らの氣を練り込む。


降り注ぎ、溜まり、満ち──溢れ出す。


足下に広がる水量は降水量を上回る。

それは氣を練り込んだ事で増加している為。


屍人の、異形の、足を絡め取り、蜘蛛の糸の如く、一体残らず巨大な水球の牢獄に捕らえる。


その水球に曹皓が手を突っ込む。

甘寧の練り込んだ氣に干渉し、水球の内側に水流を生み出すと渦潮の様に激しく回転。

屍人も異形も形を保てず、次々と崩壊してゆく。


その様子を真下(特等席)で眺める韓浩達。

「ぅげぇ……マジかよ……」と、その慈悲の欠片も感じない荒業に顔を引き吊らせる。


親いからと言って御互いの切り札までは知らない。

勿論、曹皓と曹操は別にしてだが。

その曹操も知っている内容が全てではない。

特に、その場で即興で行われる応用は判らない。

突飛な発想は苦手な事を曹操自身も判っている。

だから、素直に感心するだけ。


ただ、見ていれば、何が狙いかは判る。

曹操の予想通り、その水球が次第に曇り始める。

そして、十も数えぬ内に水球は完全に凍り付く。


最後は差し込まれたままの曹皓が手に力を込めれば氷球に亀裂が走り、粉後に砕け散る。

屍人や異形を一欠片も残す事無く一掃して。



「………………出現が止まった?」


「……え? どういう事?」


「一度に全部倒す必要が有ったとか?」


「いや、それは既に遣っていただろう?」


「それでは……偶々、此処に来て力を尽きた?」


「どうなの?」


「此処までは消滅はさせてたけど、それだけだった

だから、混ぜる(・・・)事で結合(・・)させて、変質(・・)させた

元が変質すれば、どんな方法を使っていたとしても多少なりとも修正や適応が必要になるからね

これで終わりか、また出現するのか……

それは向こう次第だね」



そう話す曹皓の説明を理解出来無い者は流す。

今は突き詰めて訊く様な状況ではないのだから。

そんな事は後で遣ればいい。


一方で理解した者は納得。

何れだけ屍人・異形を消滅させても新たに出現するのであれば、一度、元とは違う状態に変質させる。

そうする事で、その仕組みを妨害した訳だと。


例えば、竹の管を使って水を循環させる仕組みに、土を混ぜれば、管が詰まる。

水に土が溶け、泥に為れば循環もしなくなる。

それに似た様な事を曹皓と甘寧は遣った訳だ。


──が、誰も「だったら、もっと早く遣れよ」とは言いはしない。


何故なら、甘寧が遣った事は普段は至難の事。

媒体となる大量の水が無ければ出来無いのだから。


氣で水を生み出す事も出来るが、消耗が著しい。

また川等の水を大量に用いる事は基本的には避けるというのが曹皓の考え方。

一時的にとは言え、大量の水を消費した影響は必ず民や土地、自然に影響を及ぼすのだから。


また、曹皓にしても同じで、甘寧との二人掛かりで可能にした事である。

事前に思い付き、練習し、準備していたのであれば使う事も出来ただろうが、そうではない。

雨天という状況に変わり、それを利用した。

戦って情報を収集・蓄積した事による閃き。

考え続けた結果である。


それらを理解しているから、何も言わない。

何より、結果良ければ全て良し。

態々波風を立てる必要は無い。

何処にも言う必要は無いのだから。


──とは言え、戦いが終わった訳ではない。

誰一人として警戒は緩めてはいない。


また、甘寧が水球を作っていた影響で一時的にだが視界が開けた際に曹操達は各隊に指示を出した。

防御を最優先にと。


静寂──ただただ、雨が降り、風が吹き、雷が鳴る音だけが響く時間が、暫し続いた。

警戒し続くるというのは心身共に疲弊するもの。

だから、普通の戦いであれば、交代しながら見張るという事が出来るが──そうは行かない。


だが、相手が相手である。

その気になれば、此処を無視し、別の場所に手勢を送り込む事など容易に出来る。

──が、曹皓と曹操は、その可能性を完全否定。

必ず、自分達の前に現れると考えている。

確証や根拠は無い。

それでも、二人は決断した。

だから、韓浩達は、隊士達は、二人に従う。

此処で決着させる為に。



「………………──っ! 来るわよっ!!」



静寂を破り、曹操の声が響く。

韓浩達も、隊士達も再び集中力を高める。


──が、未知(・・)を前にすれば話は別だ。


雷光が黒天を切り裂く様に迸った。

その軌跡が、虚空に焦げ跡(・・・)を残す。

それだけでも十分に異常な光景なのだが。

その焦げ跡が、口を開く様に上下に裂ける。


裂け目の中に見える異様な景色。

見慣れた自然の様で有りながら、違和感を覚える。

何が、とは言えない。

ただ、何と無く、しかし、はっきりと。

それが“違う”という事だけは判る。

判るが──それが何なのかが判らない。


理解が出来ず、思考は迷走、身体は動かない。

身構えた姿勢のまま、しかし、無防備(・・・)



「──見るなっっ!!!!」



其処に、意識に直接叩き付ける様に声と氣を曹皓が発して、全員を我に返す(・・・・)

曹操とて例外ではなかった。

胸中で舌打ちしながら、視線を外す。

直視(・・)しなければ、意識は囚われない。

視界に収め、全体の一部として俯瞰(・・)する。

その程度の事は、この場に居る全員が出来る。

だから無防備なままで全滅という窮地は回避した。


寧ろ、真っ先に我に返った曹皓が居なければ今ので終わっていたという事実に冷や汗が流れる。

雨に濡れていても氣と士気と思考で保っている筈の身体の熱を一気に奪うかの様に。

言い表し難い寒気を感じる。


しかし、変化する状況は待ってはくれない。

裂け目は雷鳴よりも高い耳障りな奇怪な音を響かせ更に大きく開いて行く。

その裂け目から、大きな手が現れた。

裂け目の下に手を掛け、更に別の手が上を押す。

無理矢理に、抉じ開ける様にして。

巨大な人影が裂け目の向こう側から身を乗り出す。


視界に入っただけで感じる強烈な悪寒と不快感。

曹操が、韓浩が、隊士達が、皆が曹皓を見た。

「このままでいいの?!」と。

味わった事の無い焦燥感の中で。


その思いは曹皓にしても同じだった。

衝動に従い、反応していたなら真っ先に迎撃して、巨大な人影を押し返していただろう。

だが、曹皓は歯を食い縛り、その衝動を堪えた。


何の為に自分達は戦っているのか?


そう自らに問えば答えは一つしかない。

一連の騒動の決着。

そして、その黒幕を討つ為にだ。

だから、押し返してしまっては意味が無い。

その感情に先ずは耐え切る。

それが戦う資格を得る事になる。


その事を曹皓は不動を以て示す。


曹操が、韓浩達が、隊士達が、皆が闘志を宿す。

「未知だから? だから、どうした!」と。

そう言わんばかりに一転する意識。

そして、改めて一つに束ねられる決意と覚悟。

自分達は勝利を掴む為に戦うのだと。

一瞬を以て、一気に高まる。


その前に立ち塞がるのは、人影の様な巨人。

潜り抜けてきた筈の裂け目は気付けば閉じていた。

──否、消えて(・・・)いる。

つまり、コレを向こう側に押し戻す事は不可能。

敗北は破滅を意味する。



「──はっ! 上等だ! 判り易くていいっ!」



そんな中、前向きに声を上げるのは韓浩。

愛剣を構え、この状況でも笑みを浮かべる。

その姿に夏侯惇は負けじと鼻を鳴らす。



「──フンッ、ああ、全く以てその通りだっ!」


「……ったく、単純で良いよな」


「本当にな~」



馬超、馬洪が呆れた様に言いながらも普段通りに。

今の状況を忘れたかの様に、雰囲気が軽く、明るく変わってゆく。


曹皓が灯し、韓浩が煽る。

激しい雨風にも消える事の無い意志の火を。

曹操は、はっきりと見えた様に思う。


──が、同時に激しく嫉妬もする。

ある意味、韓浩に最も美味しい所を取られたのだ。

負けず嫌いで、誰よりも曹皓を愛する曹操にとって目の前の敵以上に、目の敵にしてしまう。

思わず韓浩が身震いしてしまう程にだ。

勿論、その分は自身の活躍を以て取り戻す。

韓浩を苛めた所で憂さ晴らしにしかならない。

それはそれで有りなのだけれど。

欲しいのは、そんな一時の気分転換ではない。

自分こそが曹皓の対存在なのだという証明。

だからこそ、韓浩(夫の親友)にも譲れない。

曹操自身が生まれた時からの宿命が、そうさせる。


だから、先陣を切ったのは曹操だった。

誰よりも早く、飛び出した。

韓浩達が「ああっ!?」と抗議の声を上げるが遅い。

地面に両手と両膝を着き、項垂れている様な格好の巨人の頭に向かって斬り掛かった。



「──っ!?」



──が、その直前、行く手を阻む様に地面から竹が生えてくるかの様に無数の黒い腕が突き出した。

急停止・急転換は不可能。

曹操は黒腕に阻まれ、押し返されて、空中に。

瞬間的な無防備。

其処に腕から槍の様に棘が突き出して迫る。


──が、曹操に届く事は無い。

韓浩達を追い抜いた曹皓が曹操を抱えて迎撃。

そのまま一旦距離を取った。


「危なかったね?」「……余計な事を」と。

視線で会話しながらも曹操は身を預け、一息吐く。

少し血気盛んになって逸っていた。

そう自己分析し、落ち着く。

決して、「嫉妬に狂って」とは思わない。

だって、負けず嫌いなのだから。


そんな曹皓達と入れ替わる様に前に出る韓浩達。



「──ッラアァッ! 邪魔臭ぇんだよっ!!」


「雑草如きで我等を阻めると思うなっ!!」


「いや、草じゃないだろっ?!」



草刈りをする様に黒腕を薙ぎ払う韓浩と夏侯惇。

その一言に律儀にツッコミを入れる馬洪。

韓浩達が斬り開き、それを馬洪・馬超が突き込み、曹仁・甘寧・夏侯丹が押し広げる。

夏侯淵は援護をしながら必要なら加わるが警戒役。

そして、再び韓浩達が最前へ。


その瞬間的な連携を途切れる事無く繰り返す。

あっと言う間に巨人までの道が出来上がる。


其処を駆け抜けるのは曹操。

遣り直しではないが、今度は油断無く。



「────っ!?」



甲高い金属音を響かせ、振り抜いた愛刀が弾かれ、曹操は反動に逆らわずに飛び退く。

入れ替わって肉薄したのは韓浩と夏侯惇。

力自慢の二人が躊躇無く、愛剣を振り下ろす。



「────はあっ!?」


「────なぁっ!?」



──が、曹操と同様の結果に。

いや、純粋な膂力で勝る分、曹操とは違い、両手に反動による痺れが来てしまう。

「糞ったれがっ!」と悪態を吐きながら後退。


入れ替わっての第三陣は曹皓。

振り抜いたのは愛刀ではなく、右手。

それも、拳ではなく、掌。

打撃ではなく、掌底による浸透勁。

どんなに硬かろうとも伝わる衝撃には逆らえない。


巨人の身体が大きく跳ね──巨大な奇声を上げる。


追撃は危険と判断し、曹皓は離脱。

曹操達も同様に距離を取った。

勿論、耳を塞ぎながら。



「──だあーっ、畜生っ! 喧しいんだよっ!」


「あー糞っ、まだ耳鳴りがするっ!」



曹皓の次に近かった韓浩と夏侯惇は被害が大きく、そう叫びながら地団駄を踏む。

とてもではないが、韓羽(愛娘)には見せられない姿だ。

まあ、見た所で幻滅したりもしない。

娘だからこそ、両親の性格は理解しているから。


間一髪で直撃は避けたが、音の衝撃というのは防ぐ事が難しい為、曹皓でも耳鳴りはしていた。

曹操が気遣う様に傍に行くと苦笑で答える。

「流石にアレは無理だね」と。


だが、“名誉の負傷”という訳ではないが、曹皓の一撃を受けて、巨人に変化が生じた。

苦痛を感じて叫ぶかの様な反応を見せた後、巨人は身体を猫の様に丸めた。

そのまま球形となり──曹皓達は飛び退いた。

分かれて各隊を背に守る様に位置取ると全力防御(・・・・)


直後、太陽が弾けたかの様な閃光が迸った。


次いで、視界を奪われた所を衝撃が襲った。

予測出来ていなければ踏み留まる事は出来無かっただろうと確信出来てしまう程に強烈で。

見えてはいなくても、何と無く想像出来てしまう。

次に視界に映る光景が、どんなものなのかが。



「…………──っ!? マジかよっ……」


「……これは笑ってはいられなかったな……」



想像通りだが、目の当たりにして驚く韓浩。

その隣に居る夏侯淵も冷や汗を流す。

予め、この防御陣形を決めていなければ間に合わず全滅していた事だろう。


自分達を頂点にして、内から外に伸びる放射状痕。

それ以外の場所は綺麗に消え去っている。

地面を球状に抉るのではなく、地表を削ぐ様に。

綺麗な平地(・・)が出来ていた。



整地(・・)技術としては超一流ね」


「おおっ、成る程!」



負け惜しみに等しい皮肉のつもりの曹操の一言に、その隣に立つ夏侯惇が無邪気に感心する。

怒る気にもなれず、しかし、御陰で気が紛れる。


氣の総量、瞬間的な最大出力、親和性と同調速度。

それを二人一組の組み合わせで試し、防御する配置というのを予め決めて有った。

だから、こうして一人の犠牲も出さずに済んだ。


──が、それはつまり、自分達の消耗も大きい。

出来る限り、負担を軽くする為に、単純な防御陣形という訳ではなく、連動している。

曹皓と曹操、他の者達よりも遥かに氣の総量が多い二人が防御時の約七割を負担している。

曹皓が五割弱、曹操が二割強。

性質的な事も有り、曹皓が事実上の半分を負担。


だから、曹操は直ぐに曹皓の姿を確認し──即座に視線を上へと向けた。


気付けば雨が止んでいる。


だが、今も尚、分厚い黒雲は空に蓋をしている。

曹操は甘寧を見る。

甘寧は、「そんな事が……」と言うかの様な表情で空を見上げていた。

曹操は再び空を見上げ──気付いた。

よく見れば雲から雨粒は落ちている。

しかし、地上──自分達には届いてはいない。

何故? それは途中で雨粒の向きが逆転し、雲へと戻って行っているからだ。


確かに、自然の中では有り得ない事だ。

だが、相手は此方等の常識を超えた存在。

一々、正面に受け取っていては疲れるだけ。

だから、気にし過ぎない様にする。


──とは言え、何も考えないという訳ではない。

雲は水蒸気の塊の様な物で、冷えると結露が生じる事と同じ様で、雲は雨へと変わる。


そういう仕組みだと、曹操は曹皓から聞いた。

その曹皓は田静から。


では、雨が雲に戻るとどうなるのか。

水蒸気の様に軽い気体だから雲として空に浮かぶ。

小さな一つの雨粒でさえ気体ではなくなった途端に空には浮かんではいられずに地上に落ちる。

水は高い所から低い所へと流れるもの。

水が水である以上、その本質には逆らえない。


つまり、その本質を捻曲げている何かが有る。

まあ、それこそ考えるまでもない。

あの球体が消えているのだ。

球体の前──巨人だった存在が関係しているという事は誰にでも判る。


問題は──何故、そんな事をしているのか?


甘寧の真似をしているので有れば氣を感じる筈。

しかし、空には──雲の中、或いは雲の上に大きな氣の反応というのは感じられない。


死は自然の一部である。

しかし、死は終わりでもある。

だから、自然の摂理に於いて死は自然に抗えない。

つまり、氣では操れたり、干渉する事は出来るが、死の先に在る力では自然には関われない。

事実、これまで人以外の屍は操れず、異形と化す事も出来てはいない。

人は自然の一部ではあるが、自然の摂理を破壊する存在でも有る為、矛盾する。

例えるなら、繋がった二つの輪だ。

自然界の秩序の輪と、人の輪。

その交点──接点が互いに干渉し合う部分。

その二つの輪をも内包する更に大きな輪。

それが生の輪だ。


その生の輪の中に、アレ等は存在はしていない。

だが、人の輪には干渉する事が出来る。

それは、人の輪が生の輪の外にも及んでいる為。

それは謂わば、死の輪。


全ての生命は死を迎えるのだから、生の輪に対し、死の輪が存在する事は何も可笑しな事ではない。

──が、正しくは生と死の輪は繋がりはしない。

繋がってはならないものだ。

生と死は別れている事が正しい在り方である。


その死の輪と、人の輪は繋がっている。

だから、人だけが異形化したり、屍人にされる。

その特異性が故の皮肉なものである。


──話を戻して。

アレ等が死の輪の中に在る以上、生の輪に干渉するという事は不可能。

だから、甘寧の真似という事は有り得ない。



「…………──っ!! 全天(・・)防御っ!!」



空を見上げていた曹皓が叫ぶと、女性陣(曹操達)は弾かれる様に各隊の所に走り、韓浩達は曹皓を中心に四方に位置取る形で展開。

氣を連結し、巨大な盾を頭上に出現させる。


その直後、黒天から雨の様に降り注ぐ。

曹皓達が形成する“天盾”が鈍い音を響かせる。


守られている隊士達には目視する事が出来無い。

ただ、何かが途徹も無い速さで降り注いでいる事は数多の波紋を生み、表面を歪ませる天盾を見れば、嫌でも理解させられる。

天盾の外側に視線を向け──ゾッとする。

地面を叩き──否、貫き、削り、潰し、砕く。

綺麗な平地が凸凹になり、砂地(・・)に変わる。

それが本の数瞬の事。

恐怖を覚えない訳が無かった。


それは曹皓達にしても同じ。

備えていればこそ、間に合った。

そうでなければ、隊士達は全滅していた。

そう確信が出来てしまうから、苦々しく思う。


幸いだったのは、その攻撃は直ぐに終わった事。


攻撃が止み、再び雨が降り始めた。

天盾を解いた直後、韓浩達は膝を着く。

全体的な負担は少ないとは言え、元々の氣の総量が曹皓・曹操と比べれば少ない。

立て続けに大きく消耗を強いられれば仕方が無い。

勿論、その程度で折れてしまう事は無い。


そんな皆の姿を確認し、曹操は舌打ちする。

韓浩達は勿論、隊士達も、まだ闘志は有る。

しかし、消耗は想定以上だと言わざるを得ない。

平気そうに振る待ってはいるのだが、自身も曹皓も既に総量の半分以上を消耗している。

時間さえ稼げれば、回復する事は可能。

だが、その時間を、どう遣って稼ぐのか。

それが何よりも難しい問題であり──



「……そんな余裕は無さそうね」



迸る雷を背にして雨の中を、ゆっくりと降りてくる人影を睨み付けながら曹操は呟く。


同時に手で合図を送り、各隊を移動、一塊にする。

此処から先は守り抜けるかは判らない。

だから、少しでも防御の負担を軽くする。

全隊を固め、防御に徹する事で自衛力を上げる。

隊士達の戦いは文字通りの生存競争。

敵を倒す為ではなくなった。



「……んだよ、随分と小さくなったな」


「まあ、見た目通りじゃないんだろうけどね」



曹皓の元に韓浩達が集まる。

降り立った敵を見ながら、韓浩と馬洪が普段通りの口調で話してはいるが、冷や汗が止まらない。

雨に濡れ、隠れているから判らないというだけ。

雨の方が温かく思えてしまう程に。

その存在感に本能が警鐘を鳴らし続けている。

だからと言って退く事など出来はしないが。


身の丈は七尺から八尺といった所。

それっぽい長身で細身の男を見た事が有る。

まあ、人と比べるのは間違いだろうが。


墨で人型を簡潔に描いた。

そう言うのが表現としては最も近い様な黒い姿。

黒天よりも深く濃く暗い存在──“闇黒”。

どんな明かりや光も届かぬ様に思ってしまう程。

筋肉が有る様には見えないが、抑、生物の身体構造とは全くの別物だろう。


曹皓達からも「常識は邪魔になる」と言われた。

だから、思い込みが無い様に意識する。

意識して思い込まない様にするのは困難だが。

その辺りは思い出したくもない厳しい鍛練によって可能性にしている。



「玲生、アレが本命って事でいいのか?」


「そうみたいだね、漸く会えた(・・・)

まあ、会話は無理そうだけど」



そう曹皓が言った直後、闇黒が動いた。

予備動作など無く、彼我の距離を半分以上も詰め、気付いた時には曹皓が振り抜かれた右腕を愛刀にて受け止めていた。

「──ッチッ、マジかよっ!」と思いながら韓浩は接近し愛剣を振り抜き、闇黒を攻撃。

それを身体を捩る様にして左腕で弾く闇黒。

「人型の意味はっ?!」と韓浩は言いたくなる。

同時に曹皓達の読みにも感嘆。

改めて怖いのは、此方等の二人だと思う。


馬洪・曹仁・夏侯丹と続き、五対一の戦いに。

それを捌き、凌ぐ闇黒。

曹皓達の攻撃は入ってはいるが、生物ではない為、負傷や出血するという事が無い。

斬ったり突いたりしても、直ぐに元に戻る。

──が、全く効いてはいないとは思っていない。

韓浩達には判らないが、曹皓は確かに闇黒の存在が微かにだが薄れている事を察している。

それが微々たるものであったとしても。

積み重ねる事で大きな意味を成す。

人は、そう遣って文明や歴史を築いてきた。

だから、出来無い訳が無い。


──とは言え、闇黒も不変ではない。

腕を、脚を蔓の様に伸ばし、撓らせ、攻撃しながら同時に攻撃を受け流す様に往なす。

本の僅かにでも刃が入れば斬り断てるのだが。

手応えが全く無くなる柔軟性に苦戦する。

必然的に突きが主体になるが、それすらも受け流す様に身体全体が軟体化してゆく。


視線を交わす曹仁と韓浩。

それならばと、真逆からの同時攻撃。

鋏の様にして両断する。

──が、自ら当たりに行く事で交点をズラされて、擦り抜けられてしまう。

しかし、当然ながら馬洪・夏侯丹の連携が続く。

ただ、それも凌いでみせる。


防御と回避が主体にはなっているが、闇黒に疲労の概念が有るとは考え難い。

長引けば長引く程に曹皓達が不利となる。

だからこそ、攻める手を緩めない。

二人で駄目なら三人同時に。

それでも駄目なら四人同時にだ。


回避はさせず、防御はされたが当てる事には成功。

「このまま逃がさずに叩き込んでやるっ!」という韓浩達の猛攻に耐え──払い除ける。


だが、一瞬の隙を突いて曹皓が潜り込む。

無防備となった胴体を両断する一太刀が閃く。


決まった──と思った瞬間に、闇黒は頭を捩る。

その捩りよって四肢が回転し、曹皓の一撃を弾き、逆に曹皓の体勢を崩した。

一転して無防備になったのは曹皓。

闇黒が北叟笑んだ様な気がした。



「忘れて貰っては困るわね」



崩されたのではなく敢えて崩れる様に流れに乗った曹皓の背中から入れ替わる様に現れる曹操。

その一瞬、闇黒は何も出来無かった。

曹操の右下段からの切り上げが決まる。


それだけではない。

韓浩達と入れ替わる様に夏侯惇達が曹操に続く。


夫達が攻め立てている間、短いが休息で回復。

同時に観察し、動きを見ていた。

離れているから判る事は多いもので。

曹操達は闇黒の知覚範囲(・・・・)を見切っていた。


その証拠に、堪らず闇黒は人型を放棄した。

脱皮する様に身体の一部を犠牲に離脱。

蜘蛛の脚を持った狼、という姿に転じた。


まあ、それで攻撃を止める様な淑女達ではない。

脚が増え様が、踏ん張ろうとすれば最低二本は必要となり、使えるのは六本。

一本で一人を捌き、抑えられるのなら問題無い。

だが、それが出来無い相手だから人型を棄てた。

当然、曹操達が闇黒を攻め立て、削ってゆく。


交代し、小休止に入った曹皓達。

妻達の猛攻を見ながら、改めて恐い女達だと思う。



「うわっ、今のエグッ……」


「彼処で踏み込めるのがなぁ……」



馬洪と韓浩が素直な感想を口にする。

だが、集中力は切れてはいない。

客観的に見る事で、見えていなかった事が判る。

自分達が戦っていた時の情報を修正し、最適化。

どの道、あの大きさが相手では十人で攻撃しても、御互いの動きを妨げ、無駄に疲れるだけ。

五人が丁度良いと見ていて思う。


そして、自分達の時と同じ様に闇黒が守勢に回り、曹操達の動きに慣れてくるのが判る。

判るから、今度は曹皓達が入れ替わりに動く。


当然、闇黒は曹皓達を警戒した。

二度も同じ手は食らわない。


──が、それは悪手だった。

曹操達と曹皓達。

近距離と遠距離の同時把握というのは難しい。

遣ろうとすると、どうしても反応が鈍くなる。

そして──無意識に思い込んでしまう。

交代するものだ(・・・・・・・)と。

だから、意識──警戒の比重は曹皓達に傾く。


曹皓達は陽動(・・)

肉薄している曹操達が口角を上げて牙を剥く。


五人が一斉に攻撃力を一段階上げる。

急な変化に、慣れてしまった闇黒は後手に回る。

──否、後手すら成立はしなかった。


再び脱皮する様に一段を犠牲に離脱──した先には曹皓達が待ち受けていた。

陽動役であり、迎撃(・・)役。

建て直しを計ろうとした闇黒は双龍(・・)の爪に捕まる。


闇黒が如何に常識離れした動きや身体構造だろうが意識は一つ(・・)しかない。

それを曹操も、曹皓も見抜いていた。

見抜きながら、敢えて気付かない振りをした。

「兎に角、削って削って削り抜く」と。

そう思っているのだと、擦り込んだ(・・・・・)

それが出来たのは曹皓達の信頼関係が有ればこそ。

一々説明をしなくても、曹皓と曹操さえ意識疎通が出来ていれば、それで十分。

韓浩達は曹皓に、夏侯惇達は曹操に従うだけ。

自分達は目の前の敵を如何にして倒すのか。

それだけしか考えてはいない。

だから、気取られはしないし、ズレもブレも無い。

個にして全、全にして個。

屍人や異形の様な使い捨ての駒では不可能な領域。

闇黒には出来無い事が故に、思考が及ばない。


姿の定まらない黒い塊。

曹皓達は行動の出来無い闇黒を攻撃し、大きく削り取る事に成功した。



「──チッ、アレでも倒し切れないのかよ」


「しぶとい奴め……」


「大分削った様な気がするけど……」


「……元の大きさから縮んでるからなぁ……」



それでも仕留め切れはしなかった。

だが、予想通りでも有る為、驚きも動揺は無い。


距離を取った闇黒はウネウネと動き──人型に。

更なる異形の姿を取る事も出来ただろうが、闇黒は敢えて再び人型を選択した。

それはつまり一度は見限った人を再評価したという事を意味している。



「──なんて思うのは滑稽かしら?」


「いいんじゃない?」



不敵に挑発し、揶揄うかの様に話す曹操と曹皓。

そんな二人の両脇に韓浩達が並ぶ。

この状況でも普段と何も変わらない。


闇黒にも意思が有る。

意思が有るから考える。

考えてしまう。

「……何だ、此奴等は?」と。


常識外れは御互いの様。

何故なら、常識とは絶対のものではない。

所詮は個々の(・・・)自己理解でしかないのだから。

理解が出来無ければ、それは常識から外れる。

それだけだ。


だから、それを理解している曹皓達は強い。

こういった状況でも動揺しないからこそ日々の鍛練による成果を当たり前として発揮する事が出来る。

寧ろ、この場で経験を成長に繋げられる。

それは生きているから(・・・・・・・)出来る事。

此処に存在はしていても、生きてはいない闇黒には成長するという事は不可能。

その差が、此処で曹皓達を優位に立たせる。


それを理解したのか。

或いは、自身が劣勢に有る事に対する怒りか。

意思が有り、感情が有るなら、悔しさからか。

闇黒の表面が震える様に小刻みに波打つ。


曹皓達は身構え、即応出来る様にする。


しかし、暫くすると収まる。

特に何も起きず、闇黒に変化も見られない。


それでも、曹皓達は警戒を緩めない。

──否、寧ろ、強めていた。


曹操の首筋を冷や汗が伝い流れてゆく。

開き直った(キレた)者は危険だね」と。

いつだったか、曹皓が言っていた事を思い出す。

頭では理解はしていても、実感する事は極めて稀。

曹操自身、人生で数える程しか経験が無い。

それが今、起きている。

色々と愚痴りたくなる。

だが、言っても仕方が無い。

余計な思考は排除し、余裕を持ちながら集中。

そう言葉には出来るが、実際には出来そうだけれど先ず出来無い絶技である。

遣り方は人各々だが、曹皓達は全員が出来る。

だから、此処に、生きて立っていられる。



「──何度もさせるかっ!」

「──我等を舐めるなっ!」



闇黒が予兆も無く動いた瞬間、同じ手は効かないと言わんばかりに韓浩と夏侯惇が反応した。

曹皓と曹操に向かおうとした闇黒を二剣が阻む。

その隙間を縫い、突き穿たれる馬洪と馬超の二槍。

闇黒は回避を強いられて──回り込んで待ち構える曹仁と夏侯丹の迎撃を受ける。

押し戻される闇黒を、小柄な事を活かして皆の間を擦り抜けた甘寧の追撃が襲う。

防御を意識し、耐えようとすれば、背後──死角を突いた夏侯淵の奇襲が。

結果、防御は出来ず、挟撃される。

そうして動きを止められた闇黒の首と胴を逆回転の二刀の軌跡が容赦無く斬り裂いた。


一連の攻撃は僅かな範囲内での一瞬の事。

客観的に観ていたとしても理解は出来無い。

しかし、考えられた動きでもない。

韓浩と夏侯惇の反射的な行動を起点に全員が連動し最適解を導き出した結果が、そう成っただけ。

それは正しく絆の力であり、培われた繋がりの力。

闇黒には持ち得ない力だった。



「「────退避っ!!」」



──が、曹皓と曹操は即座に叫んだ。

闇黒は微塵の油断も見せない二人を忌々しく思う。

その稀代の才能を称賛し、嬉しく思う。

彼等彼女等の比類無き強さと在り方を羨みながらも腹立たしく思う。


曹皓達が飛び退きながら防御姿勢を取る。


闇黒を中心にして光が爆ぜた。


視界が、景色が、白に飲まれる。

その後から、衝撃と轟音が遅れて襲って来た。




「────ッダアアッ、糞がっ!」


「遣ってくれたなっ……」



無事だが大きく吹き飛ばされ、土埃と礫石に塗れた韓浩が身体を起こしながら叫ぶ。

その下からは庇われた夏侯淵が姿を見せる。

此方等も無事だ。


だが、二人は状況を確認して息を飲む。

雨が止み、頭上の雲が大きく開いている。

先程まで闇黒と戦っていた場所が消えて、代わりに半径十尺程の綺麗な半球形の穴が出来ている。

自分達が今居る位置を考えれば、到底、その程度で済む様な威力ではなかった。

だが、それだけ中心部に力を集約していた証拠。

力を無駄無く一点に込めた時の破壊痕というのは、とても綺麗な物になると知っている。

知っているから、その事実にゾッとする。

傍に居るのが義兄妹でなければ、思わず抱き合い、不安を和らげたくなる位には。


だから、直ぐに皆の──隊士達の姿を探す。

視線の先、土煙の奥に無事を確認し──安堵。


その延長線上──闇黒の居た方を見て、駆け出す。

曹操に支えられた曹皓が膝を着いていた。

それだけで理解する。

あの一瞬で、真逆に位置する曹操と隊士達を庇い、無理な動きをして回り込んだ。

その上、大きく防御に氣を消耗もした。

気を失っていないのが不思議な位だ。

「やっぱ、御前は凄ぇよ」と韓浩は胸中で思う。


同じ様に飛ばされていた他の面々も集う。

御互いの無事を確認し──そして向き直る。

まだ終わってはいない。



「──っとに、しぶてぇなぁ……」


「そんな奴だから封印されてたんだろ?」


「……確かにな」


「それもそうか」



韓浩がボヤき、馬超が正論を言い、曹仁と夏侯淵が納得した様に頷く。

どんな状況だろうが動ぎはしない。


最後まで残っていた土煙が晴れると月明かりの中に現れる姿が有った。

それを目にした曹皓達は息を飲む。


異形、化け物、怪物、醜悪、不気味、不吉、祟り、呪い、怨念、悪霊……

様々な形容が浮かぶが、何れもが役不足(・・・)

とても一言では言い表せない。

嘆き悲しむ女にも、欲に溺れ我を失った老人にも、踠き苦しむ幼子にも、飢餓に狂った男にも、怨嗟を吐く老婆にも見えてしまう。

何れが正しいか判らず、しかし、何れもが正しいと思ってもしまう。

グチャグチャに混ざりに混ざった集合体。

人の形をした、定める事の出来無い何か(・・)



「────見るなあぁぁっっっっ!!!!!!」



曹皓に代わり、曹操が叫んでいた。

我に返った隊士達は、その場に踞り、嘔吐する。

訳も判らず、涙が流れ、嗚咽が漏れ、呼吸が乱れ、立っている事が出来無くなった。


曹操は馬洪・馬超・夏侯丹・夏侯淵を下がらせる。

あの状態の隊士達を守る為には致し方が無い。

攻め手が減るのは痛いが、優先順位は変わらない。

何より、この戦いで味方に死者を出してしまう事は自分達にとっては敗けたのも同然。

守り抜いた上で、討ち滅ぼす。

それ以外の勝利は無い。



「──で? アレが本体って事で良いのか?」


「そう思って間違い無いかな

正直、あの黒い身体の時の方がマシだったから」


「確かになぁ……見ただけで吐くって何だよ」


「本能的な恐怖心や忌避感から来る拒絶反応かな」


「私達ですら見ただけで気分が悪くなるのだから、皆には耐えられないわね……

でも、命に別状は無いのでしょう?」


「華琳の判断が早かった御陰でね

もう少し見ていたら呑まれていた(・・・・・・)と思うよ」


「……ヤバイものには蓋をしろって訳か」


「それを言うなら、“臭いもの”だろう?」


「アレは臭いじゃ済まないって」


「……まあ、そうだな」



曹皓が曹操を褒め、少しイチャイチャしている横で韓浩と曹仁が子供の様な会話をする。

勿論、視線は外してはいない。

一瞬の油断が、生涯の後悔に繋がると判る。



「けど、漸く終わらせられるんだろ?」


「アレは明確な実体(・・)だからね」


「──っしゃあっ! さっさと片付けるかっ!!」



戦いの終わりが見え、韓浩が遣る気を高める。

引っ張られる様に場の雰囲気が良くなる。

重苦しくなり易い状況で、前向きな意識を持てる。

そういう方向に促し、傾けられる。


曹皓が韓浩を友人とした理由を改めて感じる。

曹皓に、そういった意図は無いのだろうが。

曹操からすれば、其処が御互いに気が合うのだと。

そう考える事が出来る。


そんな少し良い話を考える事を嫌う様に。

闇黒だったソレは──“負塊”は奇声を上げた。


闇黒の様な速さは無い。

しかし、人の形をしながらも歪な姿は、動き自体も不規則で不恰好で──だが、厄介。


闇黒の時には速さが有ったが故に、集中していれば反射的に対応し、動けた。

だが、隊士達よりは早いが、自分達よりは遅い。

それ故に、無意識に受けてしまう。



「攻めなさいっ!!」



それを察した曹操が一言で逆転させる。

弾かれる様に甘寧と夏侯惇が前に出た。

人の姿、人の形に従った動き。

二人は先ずは両腕を断ち斬った。

両脚を断ち、動けなくするのではなくて。


それは続く韓浩と曹仁が攻撃し易い高さ(・・)を保つ為。

地面に転がせば動き難くはなるが、自分達から見た時には腹這いになると死角が生じる。

曹皓から、嫌という程、叩き込まれて知っている。

連携に於いては、高さが重要になるのだと。


そして、韓浩達も判っている。

だから下から切り上げる様に両脚を断つ事により、負塊の身体を高さを変えずに空中に残す。


仕留めるのは曹皓と曹操。

交差させた二刀の軌跡が負塊を四断する。


位置を入れ替わる様に擦れ違い──地面に向かって落ちた負塊の身体が転がった。

腕が、脚が、胴が、形を保てずに黒塵化してゆく。


隊士達を避難させと戻ってきた馬洪達も警戒しつつ成り行きを見守っている。

──が、あまりにもあっさりとし過ぎる。

それ故に誰も気を抜かず、身構えているのだが……



「……………………え? あれ? 終わったの?」



そう、馬洪が呟いた次の瞬間だった。

最後に残り、消え掛けていた負塊の頭部──左目が見開かれ、赤黒い雷光を迸らせた。


「翔馬あぁーっ!!」と韓浩達から叫ばれ、うっかり口を滑らせてしまった事を反省する馬洪。

“口は禍の門”と云う様に、御約束(・・・)を呼び込む。



「今の一言が無ければ終わっていたかしら?」


「さあ、どうかな……

切っ掛けの一つかもしれないけど、確定させる様な一言でもなかったとは思うよ」


「ほ、ほらっ!」


「そういう問題じゃねぇよっ!」



()敏く曹皓の言葉を盾にする馬洪。

だが、韓浩が真っ当なツッコミを入れる。


まあ、実際に、その程度の事で、ああ(・・)は為らない。

それは韓浩達も判っている。

判っているが、皆、言いたくなるのを堪えたのだ。

一人だけ、ポロッと言えば批難囂々なのも当然。

立場が逆なら、馬洪も責めるのだから。


そんな風に戯れ合っている間にも負塊は変化する。

目が膨れ上がり、瞳孔が大きく開き──()が開く。

その先には何も無い筈の瞳孔だった穴から靄の様な青白い煙が溢れ出し、ゆっくりと広がってゆく。



「…………なあ、アレ、何かヤバくないか?」


「……正直に言うと私は鳥肌が立ったままだ」



馬超が肌寒そうに左手で身体を撫でながら言えば、夏侯淵は袖を捲って自分の腕を見せる。

綺麗な肌が、これでもかと粟立っている。

「あっ、俺もだ!」と韓浩が気付いた様に言うのが可愛く思えてしまう。



「……まさか、更に堕ちた(・・・)訳?」


「……いや、アレは外れた(・・・)んだ」



曹操と曹皓は負塊から視線を外す事無く見ていたが此処に来て二人が顔を見合わせた。

その様子に韓浩達は状況の悪さを察する。

だが、此処まで来れば、もう関係無い。

隊士達は十分に離れている。

射線(・・)にさえ注意すれば巻き込まない。

攻撃に専念する事が出来る。

後は兎に角、アレを滅ぼすだけなのだから。



「──────は?」



そう思っていた矢先だった。

曹皓の向けた掌を見た瞬間、身体が強張った。

──否、動かせなくなった(・・・・・・・・)



「ちょっ!? 何のつもりだっ?!

俺達は──俺は御前の剣なんだぞっ?! 玲生っ!!」



動きを封じられ、不安に思うよりも先に判る。

此処からは自分達だけで(・・・・・・)戦う、と。

だから、此処で御別れ(・・・)だと。

そう、曹皓達が口にしなくても判った。

だから、韓浩は誰よりも先に声を上げた。


しかし、曹皓は答えない、振り向かない。



「華琳様っ! 御願いします私達も共に──」


「悪いわね、これは私達が託された(・・・・)戦い

だから──皆、後の事は任せたわ」



振り向かないまま告げられた曹操の言葉に。

離れてゆく二人の背中に。

韓浩達が何かを叫ぶよりも早く、光が弾けた。


眩んでいた視界が戻り、身体の()が解ける。

そして──何処を見ても曹皓達と負塊は居ない。



「………………おい、冗談にしても笑えねぇぞ?」



韓浩が身体を震わせながら声を絞り出す。

だが、返る声は無い。


涙を流し、膝を着く甘寧と夏侯淵。

己の無力さに茫然自失となる夏侯惇と馬超。

悔しさに拳を握り込む馬洪・曹仁・夏侯丹。


頬を伝う物に気付けば、再び空を分厚い雲が覆い、雨が降り出していた。



「……何だよ、それ……なぁ、何でだよっ……」



皆の心を代弁する様に韓浩が声を震わせる。

頭の中では色んな事が混ざり、訳が判らない。

いつもの事だとは言え、説明が無さ過ぎる。

だから、何も判らないし、判りたくもない。


しかし、それでも現実は変わらない。


此処に自分達は居る。

此処に曹皓と曹操は居ない。

それだけだ。

それが全てだ。



「──────っ馬ああぁっっっ鹿野郎おおおぉぉおぉぉぉぉーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」



天を仰ぎ、咆哮する韓浩。

だが、その心の奥底からの叫びは届く事は無く。

雨足を強める風雨と雷鳴の音に呑み込まれ、虚しく掻き消されていった。


離れて見届けていた隊士達も泣き崩れていた。

誰も、何も、言葉には出来無いままに。


こうして、黄巾の乱は静かに終わりを迎えた。

だが、最後の戦場に勝鬨も歓喜も無かった。

有ったのは、後に残された悔しさだけだった。







「……………………父上? 母上?」



遠く離れた曹家の庭先。

寝付けず、部屋を抜け出して庭で夜空を眺めていた曹丕は何かに導かれる様に立ち上がった。

何が、という訳ではない。

何と無く。

ただ、それだけなのだけれど。

曹丕は確かに何かに呼ばれた様な気がした。



「どうしました? 身体が冷えますよ?」


「御祖母様」



曹丕が部屋を抜け出したと聞いて、様子を見にきた劉懿が優しく曹丕を抱き締める。


両親に比べれば年相応。

素直で聡明さも有り、頑張り屋でもある。

その曹丕が、普段なら直ぐに動くのに動かない。


劉懿は嫌な予感と不安から、曹丕が見詰める先を。

曹皓達が戦っている方角の空を共に見詰める。

皆の無事を祈りながら。



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