約束・その一
未熟者ですが開いてくださりありがとうございます。気軽に楽しんで行ってください。
「あの木の葉が落ちたらあたしも死んでしまうの」
白く無機質な病院の個室。ベッドの背もたれに上半身を預け、点滴に繋がれた紗代はどこか諦めた面持ちで窓の外を眺めていた。
呆れながら、その目線を追うようにして窓の向こうに目線を送る。向こうにはわたしが歩いてきた外が当たり前に広がっている。空を貫くほど大きく聳え立つ聖樹。その枝の陰が落ちる広い駐車場。
「木の葉ってあの聖樹の葉っぱのこと言ってる?」
「ううん、あそこ」
いつもの無邪気さをどこかに忘れてきたテンションで話す紗代の指差すほうにに、「どれどれ」と窓の向こうを覗き見る。
木、木、木。目線を泳がし、車がある程度停まった駐車場を見渡して、一本だけそれらしいものを見つけた。病院の入り口、その手前の植え込みスペースに立った一本のふさふさな緑の羽毛をまとった木。
「やりたいこと終わった?」
「凛香、ノリ悪いー」
本当に終わったのか、それともわたしが辞めさせたのか、紗代はいつものテンションに戻り、その小さな口の先を尖がらせている。
「そもそも、見舞いに来た人にやるネタじゃない。一瞬ドキッとした」
窓から離れ、紗代の座るベッドに腰を掛ける。お尻が包まれるような柔らかさに、こんな高級そうなベットで紗代は一日寝ていたのかと、少し嫉妬する。
「知らないし。あたしはやってみたかったのー!」
わがままを言う一桁台の子供のように、掛け布団の下の足をパタパタとさせている、欲全開の浅ましい様子に安堵した。先ほどのように、いきなり大人びた態度をとられると接し方に困ってしまう。
「わたしもあんたがやりたいことなんて知らないしぃー」
そう言い返し体を後ろに倒し、ベッドに背を預ける。ベッドから飛び出た頭を宙に浮かせ、紗代のほうを見る。顔の小ささに、タレ気味の大きな目、左右対称に揃ったパーツ。美人と称される顔に、わたしよりも華奢な体。それがあり、この性格があり、明日卒業を迎える中学校では陰湿ないじめにあっていた。
まあ、当の本人はいじめ自体には気付いていないけど。
「そういや、紗代は病気にでもかかったん?」
ふと気になって尋ねてみた。今日、何の前触れもなく休んだ紗代の心配を色々巡らせながら帰宅したところ、母さんのわたしなら知ってて当然と言わんばかりの口ぶりで紗代のお見舞いの話を振られた。
「ンんや、違うねぇ」
「じゃあ何」
何故か不敵な笑みを浮かべる紗代。無駄に引き伸ばそうとする態度と、何のメッセージもなかった事からの苛立ちで声が強くなってしまう。
途端、紗代が背筋を伸ばして、理由を聞かせる気があるのかと思うほどの早口で言い放ってきた。
「栄養失調です」
「そ、そうなんだ」
あっさりと理由を口にした紗代に出鼻をくじかれて返事が淡白になってしまう。
にしても、紗代が栄養失調?紗代の家はわたしの家より裕福だし、紗代の親は紗代に甘々な反面、食事や健康には厳しかったはず。
そんな考えを巡らせていると、わたしの頭の中を覗いたように納得のいく説明を付け加え、紗代はポスっとベッドに体をおとした。
「そ、あたし血液、苦手だから」
「あーね。吸血人さんも大変だね~」
自家発電できる人間とは違い、他から魔力を補給しないと干からびる魔族は大変そうだ。そこだけは同情するよ。
「ほんとだよ、鉄臭いし、ドロっとしてるし、市販の血は飲みたくないんだよ」
「だから飲まなかったと……」
つまりは腕についてる点滴は、口からの魔力補給を紗代が拒んだから、直接血管へ流し入れているということなのだろう。にしても好き嫌いで体から持たないでしょ。
「そう!」
ジト目で見つめる私に気づく様子もなく、大きく肯定の返事をしてきた。そして、天井を眺めながら紗代は文句を続けだす。
「あれが美味しいとか言うやつらの気が知れないわ。片っ端から試してみて、ほんのちょっとは美味しいと思えるやつはあったけど、効率も悪いし、飲んでたら吐き気してきて、ホントもう一生飲みたくない」
うぇーと付け加え、落ち着いたらしい紗代は点滴が刺さった腕を持ち上げ天井に伸ばす。
「あー、この体きらい。何なら捨てたい」
誰もいない部屋でふとついてしまうような小さな呟き。それにチクリと胸が痛む。小学生から一緒にいて、ずっと裏なんて無い子と思っていたから。だからこそ、助けたくなった。その素顔を、紗代の全てを知っていたかったから。
「ねえ紗代」
「なに?」
紗代が手を戻しわたしに目線を向けてくる。それを受けて、体を起こす。
「人の血って格別に美味しいらしいよ」
ネットサーフィンをしていると偶然みつけたツイート。なんでも、薬物と例えられるほどに多幸感に溺れるらしい。
「らしいね。?、それがどうしたのさ」
察しが悪いな。
「わたしの、血、飲んでみる?」
いつもはディスってばっかりだったから、その分どう思われるか、引かれないだろうかといった考えが頭に浮かんで、言葉に恥じらいが混じってしまう。
伏せた顔が固まって紗代のほうを向けられない。人生で二番目に長い問いの待ち時間を破ってくれた声は、平坦な声だった。
「いや、ダメでしょ」
「え?……ダメ」
反射的に紗代のほうに振り返る。紗代は首を傾げわたしを見つめていた。
「だって、十五歳までそういうのは法で禁止されてるじゃん?」
わたしの歳はもう十五歳。確かその法の理由は、『魔力を生み出す事が十五歳まで未熟だから』だったはず、ならもういいんじゃないだろうか。
「あー、だけどあたし、飲んでみたいし」
うーん、と唸りだす紗代は次の瞬間、あっと声を上げる。そして、次に紗代はエッヘンと自身の腰に手を添え、命令を下すようにわたしに言ってきた。
「そうだ、誕生日プレゼントに凛香を所望しよう」
「なにそれ、……いいけど」
言い方はともかく、それならわたしの目的は果たされるから。
「決まり!」
紗代の大きな声が部屋に木霊する。それと同時にわたしたちはいつも通りの、ディスり合いの会話に戻っていった。
読んでくださりありがとうございます。
面白いと思ってくださったなら次も読んでもらえたらなと思います。
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次は約束:その二です。




