第16話 迷宮入り
――扉が、外から叩き開けられた。
鉄の擦れる音が、歪んだ空気を裂く。熱気が外へ吹き出し、白い霧がわずかに押し戻された。
「遠方から炎が上がっているのを見て来てみれば――」
低く、抑えた声。
踏み込んできたのは、鷹宮だった。
その後ろに、副隊長。
さらに、レン。
三人の視線が、ほとんど同時に倉庫内をなぞる。
炎。
崩れた壁。
立ち尽くす恭介、不知火、歌留多。
壁に固定された死体。
床に散った白い粉。
そして、コードもないまま動き続ける、白い加湿器。
「けほっ、……なんですかこれ、火事?」
煙に軽くむせながら、遅れて海が倉庫に入ってくる。
その視線が、倉庫内の惨状を追う。
炎を見て。
壁を見て。
死体を見て。
そこで、動きが止まった。
「……この死体は」
声の温度が、一段落ちる。
次の瞬間、鷹宮の視線が不知火へ向いた。
「不知火、貴様」
はっきりと、低い声で言う。
「確保が任務ではなかったのか!」
空気が張り詰める。
不知火は小さく舌打ちした。
「……俺じゃねえ」
間を置かず、吐き捨てる。
「こんな半端な死に方、させるかよ」
鷹宮の目が細くなる。
不知火は、指先に小さな炎を灯した。
「俺の炎なら、もっときっちり焼く」
炎が、指先で小さく揺れる。
「骨まで残さねえ。窒息なんて、ぬるい真似しねえよ」
火が消える。
言い訳というより、本人にとっては事実の確認だった。
副隊長が、一歩前に出る。
死体へ近づき、しゃがみ込む。
手を伸ばす。
だが、触れる直前で止めた。
「……焼損はない」
低く呟く。
「外傷も、ほぼない。……なのに」
副隊長の視線が、死体の腕へ落ちる。
皮膚の色が、途中で変わっている。
骨格も、わずかに違う。細い。別人のものが混ざったように見える。
「腕が変だね。変形してる、みたいだ」
それ以上は言わない。
視線を顔へ戻す。
見開かれた目。
開いた口。
何かを吸おうとして、そのまま止められたような形。
「窒息の痕跡がある」
レンが息を呑んだ。
「……窒息?」
倉庫内を見回す。
炎。
煙。
熱。
崩れた壁。
だが、それとは違う。
「こんな状況で、か?」
恭介が、鼻を鳴らす。
「火の匂いじゃねえ」
短く言う。
「少なくとも、今燃えた匂いじゃねえな」
鷹宮の視線が、一瞬だけ恭介へ向く。
数秒、観察する。
だが、何も言わない。
すぐに視線を戻す。
死体へ。
不知火へ。
そして、倉庫そのものへ。
「……説明しろ」
低く、圧を含んだ声だった。
不知火が笑う。
「だから言ってんだろ」
だが、その笑いには、先ほどまでの熱がない。
「俺じゃねえって」
副隊長が、ゆっくりと立ち上がった。
「……この個体は」
一拍。
「今回の追跡対象だ」
空気が、さらに重くなる。
レンが目を見開いた。
「は……?」
鷹宮が、低く頷く。
「フィアー能力を悪用していた犯罪者。本来は、確保が目的だった」
視線が、壁に固定された死体へ落ちる。
「それが、この状態で発見されるとはな」
沈黙。
炎の音だけが残る。
その中で、歌留多がわずかに目を細めた。
死体。
床に散った白い粉。
コードもないまま動き続ける加湿器。
そして、倉庫を満たし始めた白い霧。
鷹宮が顔を上げる。
「何か分かったか」
歌留多は、肩をすくめる。
「いいや、全然」
軽く笑う。
だが、目は笑っていない。
「ただ」
白い霧へ、視線を流す。
「霧の動きが、さっきから気持ち悪い」
レンが眉をひそめる。
「霧……?」
恭介が、もう一度鼻を鳴らした。
「出口の匂いが薄くなってやがる」
ぽつりと、言う。
鷹宮の視線が、わずかに動いた。
入口。
霧。
炎。
空気。
すべてを測るように見る。
ほんの一瞬だけ、眉が寄った。
その時。
白い霧が、ゆっくりと動いた。
いや、動いたように見えた。
倉庫の入口側が、白く滲んでいく。
レンが振り返った。
「……あれ?」
さっき開けたはずの扉。
その位置が、分かりづらい。
「おい」
声が低くなる。
「これ――」
返答はなかった。
白い霧が、静かに倉庫の中を満たしていく。
外の気配が消えていく。
炎の音も、鉄骨の軋みも、少しずつ遠くなる。
今度こそ。
閉じた。




