第78話 辺境伯領都での会話
王歴13年6月 辺境伯領都
辺境伯軍第一大隊第一中隊第一小隊第一分隊長 チョージ家
2年ぶりに家族との再会を果たしたチョージ分隊長は、居間のテーブルに座り家族との団らんをすごしている。
6歳になる長女は久しぶりの父親とのふれあいに大喜び。4歳になる長男は父親のことを全く覚えておらず、どちらかというとおびえている様子。
「あなた、単身赴任お疲れ様でした。だけど、帰還は7月末と聞いていたけど 早まったの」とチョージ夫人。
イスタン領に派遣されている第一分隊8名は、2年間の派遣期間が満了し全員が辺境伯領都シバスに帰任。
入れ替わりに第二分隊がシバスに派遣されることとなっている。
なお、隊長のサムエル少佐は派遣が継続している。
「いや、今回は君に話があってな。指揮官殿---トール様と少佐殿に無理を言っ て特別に家に立ち寄らせてもらった」
え~、パパ、またどっか行っちゃうのとの娘の声に、すぐに一緒に暮らせるぞと答えるチョージ。
「話というのは何?」
「俺はイスタン領に残ることとした。君にイスタン領についてきて欲しい。もちろん子供たちも一緒にだ」
はあ、とため息をつく夫人。
「あなたがそう言い出すのではないかと思ってました。トール様に大きな恩があると言ってましたから」
「それでは」
「いいえ、私たちは行きません。あのような寒い土地に子供を連れて行くなんて」
「ああ、寒いけど暖かいぞ、いや、言い方が変だな。家の中は暖房が完備していてこの家よりよほど暖かい。まあ、外は寒いがな」
「食べるものだって」
「俺、太っちまったよ。食い物は断然イスタンがいい」
「---確かにふくよかになられましたね。でも、行きません。子供たちに教育を受けさせるためです」
「ああ、それな」
チョージは父親から継いだ小さな商会を営んでいた。経営が思わしくなく従業員に退職金が出せる時点できれいに清算。腕に覚えのある(実は無意識に身体強化を行っていた)本人は辺境伯軍に一兵卒として入隊。
腕っ節の強さと、事務処理能力があることを買われ、下士官に昇進した。
そのようなことから、子供には教育が必要であることを常々言っており、夫人もそれに同意していた。
「それなんだがな、間違いなく教育水準はイスタンが高い」
6歳から12歳までの教育が義務化されていること、12歳から3年間の中等教育を受けることができ、
これも近い将来は義務化される予定であること。さらには高等教育についても構想中であることを説明。
「---にわかには信じられません」
「まあ、そうだろうな。いったんこの話しは中断しよう。そうだ、お土産があるぞ」
チョージはお菓子が入ったバスケットをテーブルの上に置き、夫人と子供たちに食べるように促す。
「甘い!」「おいしい!」
ビスケットを1枚ずつ食べた親子。子供たちの歓声。
「あと、これは日持ちしないらしい。今すぐに食べてくれ」
指さしたのはカスタードタルト。4つある。チョージを含めて4人で食べる。
「!!」無言で頬張る4人。
「---あなた、いつもこんなものを食べているのですか」と食べ終えた夫人。
「いや、ビスケットは週に1回だ。今食べたやつ、タルトっていうのは、実は俺も初めて食べた。
領の子供たちの誕生日にトール様から下賜される。その子供の家族全員にな」
「---」
「そうしたら女ども、ああ、お前も知っているだろう、ドロシーさんたちだ。
ドロシーさんたちが、私たちにも食べさせろ、せめて月1回は食べさせろって騒いでいてな。
今回、辺境伯領にきたのは、月1回食べるための材料手配のためでもあるんだ」
「---ずるいです」
「は?」
「こんなものを子供たちに食べさせたら、イスタンに行くって言い出すでしょう。子供たちが」
「ああ、それでは君もイスタンに---」
「子供たちが!行きたいと言うでしょう」
「---」
「わかりました。仕方ありません。イスタンに行きましょう」
「それって君がお菓子を食べたいから---」
「子供たちが!行きたいと言うからです!」
トイレのことを言及するまでもなかったな、俺がイスタンに留まる最大の理由はシャワートイレなのだが。
なお、他の第一分隊員7名も、辺境伯軍を辞任、イスタンの領民になることとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同日 シバス辺境伯孤児院 院長応接室
トール、クレア、ティナ、ユメが並んで座っている。対面には院長。
その部屋に入ってきたのは、10歳の孤児アン。間違ってはいけないが男の子だ。
「アン、ここに座りなさい」と院長が自分の隣に座るように促す。
「久しぶりね、アン」1歳年上のティナがニコニコしながら話しかける。
「元気にしてた?」
「それで、話しって---」アンはティナには応えず、院長に向かって尋ねる。
「うん、アンにイスタンに来て欲しいと思っているんだけど、嫌だって言ってるんだって?」
トール達は、10歳と11歳の孤児をイスタン領に連れていくべく孤児院を訪ねてきた。
アン以外の3人は一も二もなく同意したが、アンはかたくなにイスタンに行くことを拒んでいる。
「---僕は体が大きくなく、魔術も発現しない。イスタンに行っても役にたたない。それに---」
「それに、何?」ティナが優しく促す。
「僕はユメにひどいことを言ってしまった」
ああ、やっぱりね。とうなずくティナ。
「アン、私は気にしていない。むしろ感謝している」とユメ。
「いつかはトールお兄さまに言わなければならなかった。字を読めないことを。でもあの時にアンが言ってくれた」
「でも、それは---」
「そのおかげでトールお兄さまと結婚することができる。だから感謝している」
「アン、君の力が必要だ」とトール。
「今、イスタンには2つの大きな問題がある。これを解決できるのは君しかいない。まず一つ目は」
と、トールはそこで『収納』から犬を取り出し、アンに渡す。いや、犬ではなく魔狼の仔だ。
「その仔は、今、どんな感情を持っている?」とトールがアンに尋ねる。
「おびえている。特にトールにいちゃんに」
「じゃあ、安心するように言ってやってくれ」
「はい---もう大丈夫っ、うわっ!」
魔狼の仔は尻尾をブンブンと振り、アンの顔をペロペロとなめ回している。
「そう、それが君の力だ。以前に君が鳥たちと戯れていたことがあっただろう。その時に君は鳥たちや動物たちの気持ちがわかると言っていたね。その時に僕は確信したんだ。君は『魔獣使い』の才能があると---おい、いい加減、顔をなめるのをやめさせろ」
アンが仔狼に何ごとかをつぶやくと、仔狼はおとなしくアンの膝の上に座る。
「今、イスタンは大がかりな羊牧をしようとしている。だが、人手が足りない。
君の『魔獣使い』の力で羊を統率してほしい。その仔といっしょにな」
その仔を生け捕りにするために、4人で辺境伯領の奥地までいったんだぞ、とトール。
「2つめの問題は?」とアン。
「ああ、今、イスタン領は重大な危機に直面している。先ずはこれを見て欲しい。コカトリスの卵だ」
トールは『収納』から大きな卵を取り出す。
「コカトリスは孵化してすぐに尻尾を切れば、『石化』の魔術が使えなくなる。『石化』がなければコカトリスを育てることは可能なはずだ。ただ、残念ながらコカトリスを育てるノウハウを持った人がいない。『魔獣使い』であるアンならば、養鶏業---じゃなくて養コカトリス業のノウハウを確立できるのではないか、いや、確立させられるはずだ」
「言ってることはわかった。だけど、それと重大な危機ってどういうつながりがあるの」
「卵が必要なんだ!」とトール。
「卵がないと、ケーキが作れない!お菓子のレシピも大幅に減ってしまう!!
イスタン領は、今まさにケーキを求める女性たちが反乱の狼煙を上げようとしている。
それを鎮圧できるのはアン、君しかいない!」
アンはものすごい圧力を感じた。クレア、ティナ、ユメの3人の圧力だ。仔狼もすごくおびえている。
ああ、イスタンに行かないと言ったら、あの3人に何をされるかわからない。僕にはイスタンにいくという選択肢しかないんだ、と感じるアンであった




