小春の恋
この物語は、本編を小春の視点から描いた別編です。
詩への恋と、真白との友情を描きます。
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> マーガレットはいつも開いている
> 隠すことを知らない花
>
> 見ているつもりが
> 見とれていた
>
> 白い花に手を伸ばしたのは
> 私の方だった
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## 一・桜咲く
四月。高校一年生の春。
わたしは、入学式の日に見た花壇に感動した。
色とりどりの花が、春の光の中で咲いている。赤いチューリップ、紫のパンジー、白いビオラ。空気には土の匂いと、かすかに甘い花の香りが混ざっていた。風が吹くたび、花びらが小さく揺れる。
しゃがみ込んで覗き込むと、花びらの表面が午後の光を反射して、艶やかに輝いていた。
——きれい。
中学では帰宅部だった。特にやりたいこともなくて、なんとなく過ごしていた。
でも、この花壇を見て、思った。
——ここで、何かしたい。
指先を花びらの近くまで持っていくと、やわらかな質感が伝わってきそうで、思わず息を止めた。
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「園芸部、入ろうかな」
真白に言った。
「園芸部?」
「うん。花壇がすごくきれいだったの」
「……小春が入るなら、私も入る」
「え、いいの?」
「一人で入るの、不安でしょ」
真白は、そっぽを向いた。
中学からの友達。クールに見えるけど、実は優しい。
「ありがとう、真白」
「……別に」
真白の耳が、少しだけ赤くなっている。わたしは、くすっと笑った。
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## 二・温室の扉
温室に行くと、先輩たちがいた。
扉を開けた瞬間、むわっとした温かい空気が流れてきた。土の匂い、緑の匂い、甘い花の香り。外の春の冷たさとは別世界の、密度の濃い温もりが、頬と鼻を包んだ。
「見学に来ました」
「いらっしゃい。私は七瀬柚葉。二年生で、部長をやってます」
柚葉先輩は、優しそうな人だった。笑顔が温かい。声が紅茶みたいに柔らかい。
「朝比奈凛。副部長」
凛先輩は、さっぱりした感じの人。手には園芸用のハサミ。きりっとした目が印象的だった。
「白石詩です。よろしく」
詩先輩は——。
わたしは、詩先輩を見た瞬間、どきっとした。
黒髪のロング。静かな目。落ち着いた雰囲気。手には文庫本を持っていて、穏やかに微笑んでいる。
——きれいな人。
そう思った。胸が、なぜか早く鳴った。
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詩先輩が、紅茶を淹れてくれた。
ティーポットを傾ける手つきが丁寧で、カップに注がれた紅茶から、ほんのり甘い香りが立ち上った。湯気がゆらゆらと、温室の温かい空気に溶けていく。
一口飲むと、温かくて、ミルクのまろやかさの中に、紅茶の渋みがかすかにある。舌の上で甘さと渋みが混ざって、喉を通ると心まで温まった。
「入部、します」
気づいたら、そう言っていた。
「私も」
真白も続いた。
「ありがとう。よろしくね」
柚葉先輩が、にこっと笑った。
温室のガラスを通して入る光が、テーブルの上の紅茶のカップに映って、きらきらと揺れていた。
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## 三・花の名前
詩先輩のことが、気になり始めた。
最初は、「きれいな人だな」と思っただけ。
でも、話してみると、もっと気になった。
詩先輩は、物静かだけど、優しい。
言葉は少ないけど、一つ一つが、ちゃんと届く。
「小春ちゃん、花の名前、覚えた?」
「えーと……これはマリーゴールドで、これは……」
「ペチュニア」
「あ、そうだ。ペチュニア」
「覚えるの早いね」
詩先輩が、少しだけ微笑んだ。
その笑顔を見て、胸がどきっとした。まるで、花が咲いたみたいな気持ち。頬が、少し熱くなる。
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「詩先輩って、いつも本読んでますよね」
「うん。本が好きなの」
「どんな本読むんですか?」
「詩集が多いかな。小説も読むけど」
「詩集……」
「読んでみる?」
「え、いいんですか?」
詩先輩が、一冊の本を差し出した。古い装丁で、ページの端が少し黄ばんでいる。インクと紙の匂いがかすかにした。
「この詩人、好きなの」
「ありがとうございます」
わたしは、その本を大切に受け取った。表紙の質感が、指先にざらりと伝わってくる。
詩先輩と、何かを共有できた気がして、自然と口元がほころんだ。
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## 四・憧れの色
五月。
詩先輩に借りた詩集を読んだ。
正直、難しかった。
でも、詩先輩が好きだと言った詩人の言葉は、どこか心に響いた。音読してみると、言葉のリズムが心地よくて、それだけで何か特別な気持ちになった。
「詩先輩、読みました」
「どうだった?」
「難しかったです。でも、なんか……きれいだなって思いました」
「そう。嬉しい」
詩先輩が、微笑んだ。
——あ、この笑顔、好きだ。
そう思った。温室の空気の中で、頬がゆるんでいくのがわかった。
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「小春ちゃんは、どんな本が好き?」
「わたしは、あんまり本読まなくて……」
「そう」
「でも、詩先輩が勧めてくれるなら、読んでみたいです」
「じゃあ、今度、読みやすいの貸してあげる」
「ありがとうございます!」
詩先輩と、少しずつ距離が縮まっている気がした。
足取りが軽くなる。春の花が咲くみたいに、心が明るくなっていく。
温室の花の香りが、いつもより甘く感じた。
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## 五・梅雨空と秘密
六月。梅雨の季節。
わたしは、詩先輩のことをよく考えるようになっていた。
詩先輩が来ると、嬉しい。
詩先輩と話すと、楽しい。
詩先輩の笑顔を見ると、胸がどきどきする。
——これって、何だろう。
わからなかった。
先輩への憧れ? それとも——。
雨の日、温室の屋根を叩く雨音を聞きながら、ぼんやり考えていた。ガラスを伝う雨粒が、視界をぼやけさせる。
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「小春、最近、詩先輩のことよく見てるよね」
真白に言われた。
「え、そう?」
「うん。顔に出てる」
「え、やだ」
わたしは慌てて頬に手を当てた。熱い。
「……好きなの?」
「え……」
真白の言葉に、胸がどきっとした。
「わかんない……」
「そう」
真白は、それ以上聞かなかった。
でも、その言葉が、ずっと頭に残っていた。
——好き、なのかな。
温室の湿った空気の中で、わたしは自分の心を探した。雨の匂いが、いつもより濃く感じられた。
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## 六・友達の涙
六月の終わり。
真白の様子が、少しおかしかった。
柚葉先輩を見る目が、違う。視線が追いかけている。目が、何かを訴えているみたいだった。
——もしかして、真白、柚葉先輩のことが好き?
なんとなく、そう思った。
「真白」
「なに」
「柚葉先輩、いい人だよね」
「……別に」
真白は、そっぽを向いた。
でも、耳が少しだけ赤い。
——やっぱり。
わたしは、くすっと笑った。
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真白の恋を、応援したいと思った。
でも、複雑な気持ちもあった。
柚葉先輩と凛先輩は、特別な関係に見える。二人が一緒にいる時の空気が、他とは違う。視線が交わる時、会話のトーン、距離感。全部が特別だった。
中学からの付き合いで、いつも一緒にいる。
——真白の恋、叶うのかな。
心配だった。でも、言えなかった。
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八月の終わり。花火大会の夜。
花火を見ながら、ふと気づいた。
真白がいない。柚葉先輩も。
——どこ行ったんだろう。
しばらくして、二人が戻ってきた。
柚葉先輩は、いつも通りだった。
でも、真白の様子がおかしかった。
何かを堪えているような顔。唇を噛みしめて、目を伏せている。
「真白、大丈夫?」
「……大丈夫」
嘘だ。全然大丈夫そうじゃない。
でも、みんなの前では、真白は平気なふりをしていた。
「後で話そう」
真白が、小さく言った。
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花火大会が終わって、みんなと別れた後。
二人きりになった公園で、真白がようやく口を開いた。
「小春」
「うん」
「……ダメだった」
その瞬間、真白の目から涙がこぼれた。
今まで堪えていたものが、一気にあふれ出したみたいに。月明かりの中で、涙が頬を伝って落ちていく。
「真白……」
「泣かないって、決めてたのに……」
真白が泣いているのを見て、わたしも泣きそうになった。
「真白、大丈夫?」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ」
「……うん」
真白を抱きしめた。
真白の肩が小さく震えている。夜の冷たい空気の中で、真白の体温だけが温かかった。
友達が泣いているのは、辛い。
真白は、わたしにだけ涙を見せてくれた。
それが、少しだけ嬉しくて、そして、とても悲しかった。
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## 七・夏の答え
その夜、考えた。
真白は、柚葉先輩のことが好きだった。
好きだから、告白した。
——わたしは、どうなんだろう。
詩先輩のことを考えると、息がほどけるような心地がする。
会いたいって思う。
笑顔を見ると、嬉しくなる。温室で一緒にいると、時間が止まったみたいに感じる。
——これは、恋だ。
やっと、気づいた。
わたしは、詩先輩のことが好きなんだ。
ベッドの中で、そう認めた時、胸がいっぱいになった。嬉しくて、怖くて、でも確かなものが、心の中に根を張った。
マーガレットみたいに、前を向いて咲く恋。
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七月。夏休み前。
温室で、詩先輩と二人きりになった。
みんなは、まだ来ていない。
「暑いね」
「はい」
温室の中は蒸し暑くて、額に汗がにじむ。でも、不思議と不快じゃなかった。
「でも、温室の花は元気」
詩先輩が、窓際の花を見た。
「小春ちゃんも、元気そうでよかった」
「え?」
「最近、ちょっと元気ないように見えたから」
詩先輩は、わたしのことを見ていてくれた。
——嬉しい。
「大丈夫です。ちょっと、考え事してただけで」
「そう。悩みがあったら、言ってね」
「……はい」
詩先輩の優しさが、胸に染みた。
温室の緑の匂いの中で、わたしの心は、少しずつ前を向き始めていた。
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## 八・海の記憶
八月。みんなで海に行った。
詩先輩は、白いワンピースを着ていた。風が吹くたび、スカートが揺れる。日差しを浴びて、黒い髪が艶やかに光っている。
——きれい。
見とれてしまった。
「小春ちゃん、どうしたの?」
「え、何でもないです」
慌てて目をそらした。
顔が熱い。海からの風が頬に当たって、塩の匂いがした。
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「詩先輩、一緒に貝殻拾いませんか?」
「いいよ」
二人で、波打ち際を歩いた。
足元に波が寄せては返す。冷たい海水が足首を撫でて、砂がさらさらと流れていく。遠くで、カモメが鳴いていた。
「きれいな貝殻、ありますね」
「うん。小春ちゃん、これ」
詩先輩が、桜色の貝殻を差し出した。
「きれい……」
手に取ると、つるつるして、冷たくて、でもどこか温かい気がした。
「小春ちゃんに似合うと思って」
「え……」
「あげる」
「ありがとうございます……」
わたしは、その貝殻をぎゅっと握った。
胸が、どきどきしていた。貝殻の冷たさが、手のひらの中でだんだん温まっていく。
わたしだけの、詩先輩からの贈り物。
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## 九・冬の問い
十二月。凛先輩の誕生日。
柚葉先輩が、手編みのマフラーをプレゼントした。
凛先輩は、泣きそうな顔をしていた。目が潤んで、でも笑っている。
——あの二人、仲いいな。
見ていて、ふっと肩の力が抜けた。
同時に、少しだけ羨ましかった。
わたしも、詩先輩に何かあげたい。
でも、何がいいかわからない。
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「小春ちゃん、どうしたの?」
「え?」
「考え事?」
詩先輩が、隣に座った。そばに来ると、詩先輩のシャンプーの香りがかすかにした。
「ちょっと……」
「何か、悩んでる?」
「……詩先輩に聞いてもいいですか」
「うん」
「好きな人に、何をあげたら喜ぶと思いますか」
詩先輩が、少し驚いた顔をした。
「小春ちゃん、好きな人いるの?」
「……はい」
「そっか」
詩先輩は、少しだけ寂しそうに見えた。視線が一瞬落ちて、それから、笑顔を作った。
——気のせい、かな。
「その人が好きなものを、あげたらいいんじゃないかな」
「好きなもの……」
「小春ちゃんが、その人のために選んだものなら、きっと喜ぶよ」
「……ありがとうございます」
温室の空気が、少し冷たく感じた。
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## 十・バレンタインの勇気
二月。バレンタインデー。
わたしは、詩先輩にチョコレートを作った。
手作り。何度も失敗して、やっと完成した。甘いチョコレートの匂いが、キッチンいっぱいに広がった。手についたチョコレートを舐めると、ビターで少し苦かった。
「詩先輩」
「なに?」
「これ、どうぞ」
小さな箱を差し出した。手が震える。
「バレンタイン?」
「はい。手作りです」
詩先輩が、箱を開けた。
「かわいい。ハートの形だ」
「下手くそですけど……」
「ありがとう。嬉しい」
詩先輩が、微笑んだ。
——よかった。
でも、まだ言えなかった。
「好きです」とは。
箱を開けた時、詩先輩の笑顔を見た時、胸がぎゅっと締め付けられた。言いたい言葉が、喉の奥で詰まっている。
いつか、伝えたい。
この気持ちを。
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## 十一・春を待つ
三月。卒業が近づいていた。
詩先輩は、三年生になる。
わたしは、二年生になる。
まだ卒業じゃない。
でも、一年間、あっという間だった。
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「小春ちゃん」
「はい」
「来年も、よろしくね」
「……はい」
詩先輩が、わたしの頭を撫でた。
手のひらが、頭にやさしく触れる。温かくて、柔らかくて、でもすぐに離れていった。
「小春ちゃんがいてくれて、楽しかった」
「わたしも、です」
「来年は、先輩だね」
「はい。頑張ります」
詩先輩が、微笑んだ。
——やっぱり、好きだ。
この気持ちを、いつか伝えたい。
温室の外では、早咲きの桜が咲き始めていた。まだ冷たい風の中で、小さな花びらがひらひらと揺れている。
春は、もうすぐそこまで来ていた。
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## 十二・虹のかかる日
二年生の夏。
七月の、雨上がりの日。
詩先輩が、わたしに言った。
「小春ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだけど」
「え? はい」
「二人で、いい?」
指先が、かすかに冷たくなった。
——何だろう。
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温室の裏。小さなベンチに、二人で座った。
虹が、空にかかっていた。七色の光が、雨上がりの空に美しく弧を描いている。空気が澄んでいて、草の匂いが濃かった。
「詩先輩、話って……」
「うん」
詩先輩は、少し黙った。
それから、ゆっくりと話し始めた。
「小春ちゃん」
「はい」
「『温室の午後』——あの詩に、『あなた』って出てくるでしょ」
心臓が、どきどきし始めた。
「小春ちゃんは、訊いたよね。『あなた』は誰ですか、って」
「……はい。詩先輩は、答えてくれませんでした」
「うん」
詩先輩は、少しだけ俯いた。
「答えられなかったの。その時は、まだ」
風が吹いた。雲が動いて、虹がさらに鮮やかになった。
詩先輩が、顔を上げた。
「あの詩の『あなた』は——小春ちゃんだよ」
——え。
世界が、止まった気がした。
「今まで、詩でしか書けなかった。自分の気持ちを、直接、言葉にするのが怖くて」
詩先輩が、わたしを見た。まっすぐに。逸らさずに。
「言葉にしたら、壊れてしまうかもしれないって、ずっと思ってた。小春ちゃんとの関係が。この温室での時間が」
「詩先輩……」
「でも、言葉にしなかったら——小春ちゃんには、届かないまま消えてしまう」
詩先輩の目が、潤んでいた。
「私、小春ちゃんのことが、好きです」
静かな声だった。でも、一文字ずつ、丁寧に、選び抜いた言葉を渡すように。
「友達としてじゃなくて。先輩としてでもなくて。——一人の人として」
涙がこぼれた。自分でも、止められなかった。
「迷惑だったら、忘れてくれていい。今まで通りの関係でいい」
詩先輩が、かすかに微笑んだ。泣きそうな顔で、笑っていた。
「でも——どうしても、伝えたかったの。詩じゃなくて、私の言葉で」
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涙が、止まらなかった。
嬉しいのか、驚いているのか、自分でもわからない。全部が混ざって、涙になって、溢れてくる。
——わたしも。わたしも、好きです。
——ずっと、ずっと、好きでした。
でも、どの言葉も足りない気がした。詩先輩が、さっき言った通りだ。大切なことほど、言葉が追いつかない。
涙を拭った。袖で、少し乱暴に。
そして、詩先輩を見た。
「わたしも——」
声が震える。でも、まっすぐに。
「わたしも、詩先輩のこと、好きです」
「……」
「ずっと、好きでした。いつから好きだったか、正確にはわからないけど——」
息を吸った。
「詩先輩の詩を読んだ時、この人の見ている世界はこんなにきれいなんだって思いました。詩先輩が言葉を選んでいる時の横顔が好きです。大切にしてるんだなって、わかるから」
「小春ちゃん……」
「紫陽花の詩を読んだ時、すごくどきどきして。『あなた』が誰なのか、知りたくて——でも、もしわたしじゃなかったら、って思うと怖くて」
涙で、視界がにじんでいる。
「でも、嬉しいです。詩先輩の言葉の『あなた』が、わたしで」
詩先輩も、目が潤んでいた。
「私も、嬉しい」
詩先輩が、わたしの手を取った。
温かい。手のひらが重なって、体温が伝わってくる。
「じゃあ、私たち……」
「はい」
「付き合う、ってことでいい?」
「はい」
わたしは、大きく頷いた。
「よろしくお願いします、詩先輩」
「こちらこそ」
二人で、手を繋いだまま、虹を見上げた。
温室の花が、わたしたちを祝福しているようだった。風が吹いて、花の香りが運ばれてくる。
雨上がりの匂い、土の匂い、花の香り、詩先輩の匂い。
全部が混ざって、この瞬間を形作っている。
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## 十三・祝福と見守り
詩先輩と付き合い始めた。
みんなに報告した時、全員が祝福してくれた。
「おめでとう」
「小春と詩、お似合いだね」
真白が、わたしに言った。
「よかったね、小春」
「ありがとう、真白」
真白が祝福してくれて、思わず目頭が熱くなった。真白の目が、優しく笑っている。
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秋。
凛先輩と柚葉先輩が、付き合うことになった。
温室で、報告された。
「おめでとうございます!」
わたしは、真っ先に言った。
凛先輩が、照れくさそうに笑った。柚葉先輩は、顔を真っ赤にしている。
真白を見た。
真白は、黙っていた。少しだけ、胸が痛そうな顔。唇を噛んで、手を膝の上に置いている。
でも、すぐに「おめでとうございます」と言った。
声が、少しだけ震えていた。
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帰り道。
「真白、大丈夫?」
「……大丈夫」
「本当に?」
「うん。わかってたことだから」
真白は、空を見上げた。秋の空は高くて、雲が流れている。
「柚葉先輩が幸せなら、それでいいんだ」
「真白……」
わたしは、真白の手を握った。
冷たい手。でも、握り返してくれる力は、確かに温かかった。
「真白、強いね」
「……そんなことない」
「ううん、強いよ。すごいと思う」
真白は、何も言わなかった。
でも、手を握り返してくれた。
——真白、強いな。
わたしは、この子の友達でよかったと思った。
秋風が吹いて、金木犀の香りがした。甘くて、少し切ない香り。
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## 十四・新しい春、新しい花
四月。新学期。
わたしは三年生になった。真白も三年生。
園芸部の部長は、真白になった。
「真白、部長、頑張ってね」
「……うん」
「わたしは副部長として、サポートするから」
「……ありがとう」
真白が、小さく笑った。
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遥ちゃんが、真白の隣にいた。
遥ちゃんは、二年生になった後輩。最初は人見知りだったけど、今はすっかり馴染んで、明るい子。
真白を見る目が、優しい。視線が追いかけている。真白が話すと、遥ちゃんの顔がぱっと明るくなる。
——もしかして、遥ちゃん、真白のこと……。
なんとなく、わかった。
真白は気づいているのかな。気づいていないのかな。
まあ、いつかわかるだろう。
わたしは、見守ることにした。
花がそれぞれの時に咲くように、恋もそれぞれの時がある。
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温室で、花を世話しながら、思った。
みんな、それぞれの道を歩いている。
凛先輩と柚葉先輩は、大学で。
詩先輩は、文学部で詩を学んでいる。
真白は、部長として成長している。
遥ちゃんは、真白のそばで。
そして、わたしは——
詩先輩を想いながら、この温室を守っている。
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## 最終話・陽だまりの庭
卒業式の日。
詩先輩が、高校を卒業した。
桜が満開だった。ピンクの花びらが、風に舞っている。空気は冷たいのに、光は温かい。
「詩先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
「寂しいです」
「会えなくなるわけじゃないよ」
「でも……」
「小春ちゃん」
詩先輩が、わたしの手を取った。
「大好きだよ」
「わたしも、大好きです」
桜の花びらが、ひらひらと舞っていた。花びらが、わたしたちの間を通り抜けて、地面に落ちていく。
春の香りが、空気いっぱいに広がっていた。
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憧れだった人は、恋人になった。
大切な友達は、強くて、優しい。
陽だまりの庭で始まった恋と友情は、これからも続いていく。
みんなの幸せを願いながら。
温室の花が、今日も静かに咲いている。
マーガレット、スイートピー、ひまわり、カスミソウ、紫陽花、スミレ。
それぞれの色で、それぞれの香りで、それぞれの時に。
わたしも、この庭の一輪の花として、これからも咲き続ける。
詩先輩と紡いでいく未来に、希望を胸に。
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> 小春の日記 3月某日
>
> 詩先輩が卒業した。
> 寂しいけど、嬉しい。
> わたしたちの恋は、これからも続く。
>
> 真白は部長になった。
> 遥ちゃんが、真白の隣にいる。
> この先、どうなるかな。見守っていきたい。
>
> 温室の花は、今日も元気。
> 春の陽射しを浴びて、きれいに咲いている。
>
> わたしは、この庭が好きだ。
> ここで出会えた人たちが、大好きだ。
>
> これからも、ずっと。




