66.幽霊
ディナーは、本館に招かれてディアス侯爵を交えて行われた。セイルの姿はそこには無い。あれからどこを探してもいなかったので、街へ出たのであろう。
「すみません。あの……支部の方に急遽呼ばれてしまって」
セイルの不在を誤魔化すリズに、侯爵は鷹揚に笑う。
「忙しい合間を縫ってお付き合いいただいているのですから、どうか私にお気遣いなく。私も公務で留守が多くなります故、明日からは離れに用意させますがご容赦いただきたい」
本当に出来た人物だとリズは感心する。リズたちが気を遣わないようにとの気遣いであろう。
「クレイドル……これ以上の被害が出る前に、どうか退治をよろしくお願いいたします」
「最善を尽くします」
「その後は、最近発見された山奥の村へ足を運ばれるとか?」
「はい。調査の為に」
弥月のことはまだ部外者に広めたくはないので、曖昧に頷くに留めた。
「あの山、幽霊が出るのでお気をつけくださいね」
「幽霊? オバケってこと?」
肉を噛みちぎりながら、ラリィが顔を上げる。ナイフの使い方を知らないラリィは、相変わらずフォークに肉をブッ刺してかぶりついていた。侯爵はマナーがなっていなくても、特に気にする様子は見せていない。
「そうです。オバケです」
意地悪な笑みを浮かべる侯爵。
「山の何処とは知れませんが、夜な夜な男の呻き声が聞こえてくるそうです……とても苦しそうな、ひく〜い男の声が……」
「ご冗談を……」
「魔物か獣の声じゃねーの?」
リズは顔を引き攣らせる。魔物は怖くはないが、得体の知れない怪談は苦手だ。
対してラリィは怖気付く様子はない。魔物の中には、人間の声真似をするものもいるからだ。
「さて、どうでしょうなぁ。すぅっと消える人の姿を見た、という者もいるようですが」
ゼンはウィルを見てみた。視線に気付いたウィルは、肩をすくめてみせる。そんな怪談も男の声も、ウィルが村にいた頃には聞いた事が無い。
「ティルア帝国との戦争で命を落とした兵士の亡霊だという噂です。当時のものと思われる槍が落ちていた、と」
侯爵はワイングラスを傾ける。バーガンディの色が、シャンデリアの光を受けて光った。
「歴史的な槍かもしれないので回収したいのですが、このクレイドル騒ぎで山に近付くことができなくてね。もしも見かけたら、拾っておいてもらえませんか」
「そんな幽霊に呪われてる槍なんか拾ってきたら、またロクでも無いことになるんじゃねーの」
「あっはっはっはっ! それは確かに!」
侯爵はワインに酔ったのか、はたまたラリィの軽口が気に入ったのか、上機嫌である。
それにしてもこの侯爵。以前元帥が言っていた通り、本当に新しいものや面白いものに目がないのだろう。民間人の噂話ですら、こんなにも間に受けて楽しそうである。
「オバケもいるし、竜もいるし、ここの山は面白ぇなぁ」
「気に入っていただけたのなら光栄です。より良い街にしていく為にも、剣士隊の皆様のお力は必要不可欠。どうぞよろしくお願いいたします」
⭐︎
ウィルたちが豪華なディナーをご馳走になっている頃、セイルは街の酒屋でアルコールを煽っていた。
強い酒をどれだけ体内に流し込んでも、一向に酔う気配はない。もとより強い体質で、ウィスキーは水のようなものである。
煙草の煙と一緒に、憂鬱な気持ちを吐き出すセイル。
あのまま侯爵と顔を合わせていたら、覚えてもいない昔話を聞かされ続けていただろう。そんな不快には耐えられそうになくて逃げて来た。しかし一方で、ここへは失くした記憶の手掛かりを探しに来たのだから、逃げてばかりもいられないという気持ちもある。
「あんたが声掛けてきなさいよ」
「ホントに独りかな? 待ち合わせとかじゃない?」
先ほどからテーブル席の女2人組が、カウンターにいるセイルをチラチラと覗き見しては囁き合っている。その視線の意味がわからないほど、セイルは子供ではない。
女の片割れと目が合った。女は口元に笑みを浮かべて、小さく手招きする。
セイルが席を移動しようと立ち上がりかけた時、別のテーブルから耳障りな男の笑い声が上がった。
「だからさぁ、『クレイドル』っつーのは、オレが名付けたようなもんよ! マジで一瞬よ? 顔見た瞬間にバタバターって倒れていったの! 気持ち良さそうな顔してさぁ」
話の内容が聞こえてきて、セイルは椅子に座り直す。どうやらこの男、クレイドルに遭遇した唯一の生存者であるらしい。
「けどさ、あんた透とも聖ともよくつるんでいたでしょ? 楓だって……」
「あーもーいいって。過去は過去。あいつらのお陰でオレは助かったんだから、感謝ってことで。無事に輪廻転生してくれよってね」
男と同席しているのは、同じ年頃の男女4人。男は酒に酔った赤い顔で、機嫌良く饒舌に武勇伝を語る。
セイルの脳裏に被害者たちの写真が思い浮かび、それと男の口ぶりが重なって、何とも言えない不快感を抱いた。
「……ウィスキー。ストレートのダブルで」
「大丈夫かい?」
バーテンダーが心配になる量を、既にセイルは飲んでいる。
「大丈夫じゃないくらい、酔えるものなら酔ってみたい」
「これで最後にしておきなよ」
そう言って差し出されたウィスキーを、セイルは一気に飲み干した。
「……不愉快な街だ」
テーブルに代金を置いて、セイルは席を立つ。2人組の女も慌てて立ち上がりかけたが、セイルは彼女たちを一瞥しただけで店を出る。
外の雪は止んでいた。それでもグリーンヒルとは比べ物にならないくらい冷える。セイルの頭は冴えているが、体はウィスキーのお陰で温かい。
ーー昔この街を、もしかしたらこの道を、歩いたかもしれない自分。いっその事、思い出せないのならばそれでもいい。思い出そうとする度に締め付ける、この不愉快極まりない頭痛さえ無ければ。
「っっ!」
堪らずセイルは、近くの石壁に拳をぶつけた。じんと痛む拳が、少しだけ頭の痛みを和らげる。




