61.唐揚げ定食ライス大盛りコーラ付き
ーーそして数日後。
リズは初めてブラッドフォードが可愛いと思ってしまった。
面白いほど思い通りに動いてくれたブラッドフォードのお陰で、第3部隊1班は道中の魔物討伐の案件を片付けながらという条件付きで、無事にリムの村までの遠征の許可が下りたのだ。
ライトの話によると、会議でこの案を出してみたところ嬉々としてブラッドフォードが後押しをしてくれたそうだ。リムの村までの道程がどれほど危険なのかは、報告が上がっているので知っているはず。そして道中の魔物討伐の案件も、危険度の高いものを提示してきた。1班の何人かは死んでもいいと、本気で思っている容赦の無さである。
「俺は嫌だって言ったじゃないですか! 信じらんねぇ!」
訓練場の談話室でこの話を聞かされたウィルは、案の定大反対の声を上げた。だがもう決まってしまったことである。
「リムの村まで往路は約ひと月。その経路にあるコールサウイ、ケアリス、グランチェスの案件を片付けながら行く。グランチェスでは支部に合流して欲しいそうよ」
ウィルの抗議を苦笑いで聞き流し、リズは資料を広げながら説明をした。ゼンは少し困ったように資料に目を落とす。
「……3ヶ月か。長いな」
「フォトのことなら、その間ランクの家で預かってくれるそうだ。セアラが学校の長期休暇で帰ってくるし、お互いに遊び相手になるだろ」
「いいのか……?」
フォトはグリーンヒルに戻ってきてからすぐに、目の手術を受けて視力はほぼ回復した。その入院中にゼンはアパートを探し、寮からの引っ越しも済ませた。ゼンとフォトの2人暮らしが始まってひと月程度しか経っておらず、色々な手続きがまだ山のように残っている。ゼンが長期間家を空ける時の預け先にまで、まだ手が回っていなかった。
「俺の無理に付き合わせて、お前にもフォトにも悪いと思っている」
「俺にも悪いと思ってくださいよ!」
「うるさい。お前は黙って付いてこい」
「……っ!」
これ以上は言い返したくてもセイルが怖くて言い返せず、ウィルは言葉を無理矢理飲み込んだ。
「ウィルの為でもあるわけじゃん? 弥月にやられっぱなしじゃ悔しいだろ?」
「そりゃそうですけど……俺、村への行き方とか知らないですし」
フォローするラリィに、いじけた様子で呟くウィル。
「なんで? お前の故郷だろ?」
「だから、すっごいヤバい山の中なんですよ。道らしい道なんか無いし、魔物だらけ。しかもこの時期、あっちは一面銀世界。雪山に遭難しに行くつもりですか!?」
「でも、村から出ることだってあったんじゃねーの?」
「年に1回だけです。創世祭にグランチェスに行く時だけ」
「だったらーー」
「知らないもんは知らねぇの! どうしても行くなら行けばいいけど、俺に道案内とかさせないでくださいね!」
完全に臍を曲げてしまったウィル。ラリィは苦笑いを浮かべて両手を上げた。
セイルはひとつ息を吐き、ウィルの首根っこを掴む。
「な、なんですか……?」
「昼飯。奢ってやるから付き合え」
そのままズルズルとウィルを引き摺って談話室を出て行くセイル。
リズは心配そうにゼンに目配せした。
「大丈夫かな……?」
「さすがに……暴力で解決はしないと…………………………思う」
「セ、セイル先輩……? あの、ごめんなさい……もう文句言わないんで、痛いのは勘弁してください……」
「何を言っているんだ、お前は?」
ガタガタと震えるウィルを放し、前を歩くセイル。火のついていない煙草を咥え、食堂の方へ向かって足を進めている。
「……ゼンのクソみたいな親だったなら近寄りたくないのもわかるが、そうでもないんだろ」
「……まぁ。フツー、ですけど」
「だったら墓参りくらいしてやったらどうだ」
「……」
それが嫌なのだと言いたいけれど、声にならなかった。
両親が殺されて1年以上経った。けれどまだ目を逸らし続けていて、瘡蓋にもなっていない傷を抉りたくはないのだ。
セイルは黙って俯いてしまった後輩を振り返り、ため息をつく。
「……どうしても嫌なら、グランチェスで待っていてもいい」
「……え?」
遠くの方で、教会の鐘の音が聞こえて来た。セイルは足を止めないまま、その鐘の音に耳をすませる。
「俺の親は……少なくとも母親は、いい人間だったと思う」
面識の無いゼンを引き取り、自分の子供と同じくらいの愛情を注ぐほど慈悲深い人。そして竹を割ったようなさっぱりとした性格の、気持ちの良い人だったーーと、ゼンや父親たちに聞いた。
「母親は俺がいなくなった時、最後まで諦めずに俺を探していたそうだ。俺が帰って来てからも、暫くは片時も俺から離れようとしなかった」
帰ってきたことを泣いて喜び、記憶が無いと知ってからも、母は失望もせず前向きだった。
「無くなったものは仕方がない。また最初から積み上げればいいと言っていたな」
「……いい人っすね」
「死んだのはその半年後だ。病気に気付いた時には既に手遅れだった。その葬儀で、俺は何を思ったと思う?」
ウィルは少しだけ想像してみた。子供の身を心から案じる優しい母親だ。当然、悲しいと思ったのではないのだろうか。
セイルはウィルの答えは待たずに言葉を続けた。
「何とも思わなかった」
「……何でですか?」
鐘の音が止んだ。セイルの脳裏に、母親の葬儀の日の光景が蘇る。
棺を囲んで別れを嘆く家族たち。そして、その輪の外にいる自分。
「記憶が無いというのは、そういうことだ」
所詮、知らない場所の知らない人。
気持ちが落ち着いて来た頃に、罪悪感は抱いた。もしかしたら自分が突然いなくなったりしなければ、もっと早く病気に気付けていたかもしれない。帰ってきても記憶も無くしていた息子への心労が祟って、病気が進行したのかもしれない。けれど家族の誰もセイルを責める事はなかったし、今もなお家族の一員として扱ってくれている。それがまた、セイルの罪悪感をより一層強くした。
「好きな物を頼め。足りないなら、して欲しいことを言え。なるべく希望に沿ってやるから、それで許せ」
いつの間にか食堂に着いていた。カウンターの前で、セイルはウィルに注文を促す。
「……ズルいですよ、セイル先輩」
「あぁ?」
「唐揚げ定食ライス大盛り、コーラ付きで」
あんな顔をされたら、こっちが悪者みたいではないか。
ウィルは注文を付け足す。
「ネコ、連れてっていいですか?」




