60.第一部隊長
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ブラッドフォードは我が目を疑った。
十八歳からグリーンヒル専属剣士隊に入隊し、今や第一部隊長という肩書きを手に入れた、クリフ=ブラッドフォード。四十二歳。
守護剣士に憧れを持って入隊したものの、自分はその器に選ばれる人材ではないと知り、それからはひたすら魔物を斬ることに没頭した。
第三部隊の地方支部所属から始まって、第三部隊本部、第二部隊、第一部隊とセオリー通りに努力で出世し、そこからはちょっと卑怯な手を使ってライバルを蹴落としまくり、近年ようやく第一部隊長の座を勝ち取った。
結婚し子供ももうけたが、家庭に興味は持てなかった。妻はそれなりの家柄の娘で器量も良く、息子も娘もそこそこ聡明で健康に育っている。
――実に退屈である。
強い魔物と対峙した時の、あの高揚感に勝るものはこの家には無い。若い頃に抱いていたあの胸の高鳴り、体の疼くような衝動は、戦場にしか無いのだ。そう思っていた――リズに会うまでは。
初めは十八歳の小娘が守護剣士などと、ふざけているとしか思えなかった。だが彼女の剣が描く太刀筋は、まるで一枚の絵画を見ているかのように美しい。そしてあの宝玉のような瞳に見つめられると、年甲斐もなく胸が苦しくなるのである。
親子ほどの歳の差はあるものの、次第に成熟していく彼女が欲しくてたまらない。家庭を捨てる覚悟もある。
それなのに。今、目の前で繰り広げられているこの光景は何だ?
第三部隊長ライト=ランクの息子、セイル=ランク。なぜこいつと、私のリズが白昼堂々キ、キ、キスをしているのだ!?
ブラッドフォードは拳を震わせ、極力不快を表情に出さないように努めながら――それでも滲み出る憎悪は隠しきれなかったが、彼らの前を通り過ぎる。
(ふ……っざけるな! ちょっと背が高いだけの若造が……!)
殺意に近い嫉妬心が、メラメラと燃えたぎっていた。
(何があのメンツとならばリズはトラブルにならないだ! 否、寧ろトラブルを理由に私の部隊に引き抜く作戦であったのに、何故こんなことになっているのだ!?)
踵を強く床に打ち付けながら、会議室に向かう。
(許せん……! 第三部隊一班、全員許せん!)
自分を翻弄するリズも。リズを掠め取ったセイル=ランクも。子供の癖に守護剣士に選ばれたウィル=レイトも。無礼で頭の悪いラリィ=バイオレットも。……なんかついでにゼン=ハーニアスも!
(絶対に許さん!)
――時を三十分前に巻き戻す。
「リムの村へ?」
ここは第三部隊長の執務室。
昼休み、揃ってやって来たリズとセイルの話を聞いたライトは、指を額に押し当てて考え込んだ。
弥月にしろ焔真にしろ、始まりはウィルの指輪である。ウィルの実家がある村へ行けば何かがわかるかもしれないから、一班をそこへ派遣してほしいという直談判だった。セイルの失った記憶が関係しているかもしれないということは、ライトには伏せてある。無駄に期待をさせたくはない。
「あの村はティルアとの国境付近にあり、ひと月は掛かる。しかも酷い獣道で、竜や魔物も出るという危険な場所だ。往復と滞在を含めて約三ヶ月……守護剣士三人も派遣するのは難しいな」
「こいつらが必要な催事は次の建国祭だろ。それまで四ヶ月ある」
「リムの村に一番近い、グランチェス支部に連絡してみるのはどうだ」
「ウィルが行かなければ意味がない」
食い下がるセイル。自分の記憶喪失と弥月が関係しているのならば、どうしても真実が知りたい。
「ウィルはどう言っている? どうせ嫌がっておるのだろう」
「引き摺ってでも連れて行く」
「無茶苦茶だな……」
ため息をついて、隣のリズに視線を移すライト。
「お前もセイルと同意見か?」
「……と、言うよりもラリィの意見に同意です。最終的に弥月はウィルを殺しに来る。手も足も出ない今のままでは、どうしようも無いと思います。彼らが何者なのか、それがわかるだけでも太刀打ちできる方法が考えられるかもしれません」
「そうだな……」
リズの意見はもっともだ。自分に権限があれば、許可できるのだが――
「一応この後の会議で提案はしてみるが……もう少し後ろ盾があれば、元帥殿を説得できるのだがな」
――結局、返事は保留となった。
セイルとリズは苦い顔で、執務室を出て訓練場への廊下を歩く。
「お前とゼンを残して、俺とラリィとウィルで行くか」
「そんなこと許して貰えるかな。直接元帥に話した方がいいんじゃない?」
「あのじーさんも曲者だからな。規律や秩序を守りたがる」
「秩序ねぇ……」
一般隊士が派遣先を直談判し、それを呑むという前例を作りたくはないだろう。
「私たちより秩序を乱す人もいるのにね」
リズは廊下の先の人影を見て、身体中の毛穴が拒否反応を起こして鳥肌が立った。
「ブラッドフォード……」
第一部隊の長であるはずなのに、第三部隊のこと――主にリズのいる一班に口出しをしてくるこの男。これが秩序の乱れでなくて何だと言うのだろうか。
ブラッドフォードはリズに気付いた様子だが、素知らぬ顔でこちらに向かって歩いて来ている。
「相変わらずなのか?」
「相変わらずよ」
相変わらずブラッドフォードからの気色の悪いアプローチは続いている。
「……なるほど。後ろ盾か」
「セイル?」
セイルは口元で小さく笑みを浮かべた。
「……何か碌でも無いことを考えてる顔してるわよ」
「協力しろ」
リズが返事をするよりも早く、セイルはリズの腕を引いて彼女の背中を壁に押し付けた。
「何を――」
「黙って目を閉じて上を向いていろ」
「……こんなの、上手くいくとは思えないけど」
セイルの意図を理解したリズは、渋々セイルの首の後ろに両腕を回した。セイルも片手でリズの腰を支えて自分に引き寄せる。
そして、ブラッドフォードの角度からは二人が口付けをしているようにしか見えないように、顔を近付けた。
「………………行った?」
ブラッドフォードが通り過ぎるのを待ってから離れる二人。
「凄まじい殺気だったな」
堪え切れずに吹き出すセイルに、リズは呆れ返った目を向けた。
「あなたねぇ……こんなことであの人が私たちをグリーンヒルから遠ざけると思う?」
「やってみなければわからないだろ。これで上手くいけば、お前はあいつからは逃げられるし一石二鳥だ」




