母との再会
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ウィルたちがスラム街で炊き出しをしている頃、ゼンは喫茶店に居た。
いつも通りの無表情のゼンと向かい合って座るのは、ゼンによく似た顔立ちの中年の女性である。
「……ここに来るのは、やめて欲しい」
静かな声で言って、テーブルの上に一枚の小切手を差し出す。女は奪うようにそれを受け取ると、記載された金額に目を通してニコリと笑った。
「手紙を送ったって、一向に返事がないから仕方がないじゃない。どうせ義弟があんたに手紙を渡さなかったんだろうけどさ」
「……手紙」
受け取った覚えは無いが、察しはついた。
「じゃあ……もう用は無いだろう」
「待ちなよ。十年ぶりに会った母親に対して、随分と冷たいじゃないか」
「……」
もう十年も経つのかと、ゼンは胸中で驚いた。
「噂は聞いていたけど、本当にあんたが守護剣士になっていたなんてね。守護剣士ならお給料もいいんだろう?」
「……」
「魔法は父さん似だね。あんたは才能があると思っていたんだ」
「……」
「ちょっと。何とか言ったらどうなの。陰気臭い子だね」
「……話が終わったなら、帰る」
「ちっ。いいさ、また来るよ。あんたを産んで育てたのはあたしなんだから、恩返ししてもらわないとね」
「必要なら、送金する。もう……会いたく無い」
伝票を持って、ゼンは立ち上がった。
酷い目つきでこちらを見上げている母親を、ゼンは静かに見下ろす。
「……年を取ったな」
十年ぶりに顔を見て、声を聞いても、驚くほど何も感じない。ただ、迷惑だなと思っただけ。
女は目を見開き、汚い言葉で罵っていたが、ゼンは無視して店を出た。
ーーその日の夜。
激しく部屋のドアがノックされ、ゼンとセイルは顔を見合わせた。
「ゼン! ゼンはいるか!」
第三部隊長のライトの声。
ゼンは読みかけの本を閉じて立ち上がると、ドアの鍵を開けた。
「ゼン! 来たのか!? あの女が!」
血相を変えたライトが部屋へ入ってきた。
あまりにも騒がしいその声に、隣の部屋のラリィとウィルも、何事かと顔を覗かせる。
「どしたー?」
「おっさん。こんなトコで何やってんの?」
二人が部屋に入ってきても、ライトは構わずゼンに詰め寄ったまま。
「……どの、女?」
「お前の母を名乗る女が訓練場に来たと、さっき聞いたんだ!」
「あぁ……はい」
ゼンが頷くと、セイルは目を見開いた。
「は? 来たのか? 今日?」
「今日」
「どの面を下げて来たんだ……」
セイルは不快感を顕に舌打ちし、新しい煙草に火を付ける。
「ゼンて、母ちゃんいたの?」
「普通は、いるだろ……」
「何かされなかったか? 何を言われた? 何故私に知らせなかったんだ!?」
額を押さえて部屋の中を落ち着きなく歩くライトを、ウィルは不思議そうに見る。
「ゼン先輩の母親って、おっさんに関係ある?」
「関係ある! 可愛い私の甥だぞ!?」
「甥……おい? ん? 誰が?」
ウィルの頭の中を疑問符が飛び交った。
「ゼンは、ぶたいちょの兄貴の子供なんだっけ?」
ラリィの補足に、ゼンは小さく頷いて肯定した。
「え、マジで? おっさんとゼン先輩、血ぃ繋がってるんですか!?」
「ちなみに……これ、息子」
と、セイルを指差すゼン。
「……………………は? だ、誰の?」
「私のだ。知らなかったのか?」
ウィルはライトとセイルを何度も見比べる。
「いや、え? いやいやいや、だって有名でカッコイイ人だって……」
「第三部隊でぶたいちょ知らない奴いないしなぁ?」
「俺はカッコイイと思う……と言った」
「嘘だろ……」
頭を抱えるウィル。まだしばらくは現実を受け入れられそうにはない。
「そんな事よりも、ゼン! 母親は何と言ってきたんだ!?」
「金の無心を」
「渡したのか」
頷くゼンに、ライトは深いため息を吐く。
「一度渡せば、これから先もずっと続くぞ」
「会いたく無いので、送金すると、言いました」
「そういう問題ではない! どこまでゼンの人生を踏み潰す気だ……! 滞在先は? 私が直接話をしてくる!」
「……さあ」
「ひとりだったのか? 義父も一緒か!?」
「……さあ?」
あまりにもマイペースなゼンに、ライトも徐々に冷静さを取り戻していく。
「お前が剣士になってから、時々お前宛ての手紙がうちに届いていた。不愉快な字で不愉快な事しか書いていなかったから、お前には渡さずに全部破り捨てた。まさか直接会いに来るとは……すまなかった」
「いえ……読みたくないので、構いません」
「なんか、家庭環境複雑そうですね」
「だな。ややこしい母ちゃんなんかな?」
よくわからないまま部屋に居座るウィルとラリィは、こそこそと囁きあっている。
「母親が俺を身籠もっている時に、俺の本当の父親は死んだ」
「ゼン」
わざわざ話す必要は無いとセイルは止めたが、ゼンは少し考えてから、また口を開く。
「この間、弥月が俺の記憶を取っていっただろう。他人が見て面白い記憶は無いが……隠す事でもないし、知っておいて貰った方がいい、かもしれない」
そしてゼンは続けた。
「俺は、親から虐待されていた」




