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I'll  作者: ままはる
第五章
49/114

49.無感情

 ――魔法士としてグリーンヒルで働いていたゼンの本当の父親は、不慮の事故で亡くなった。


 入籍前にすでにゼンを身籠もっていた母親は、堕胎費用を父親の両親に請求したが、堕胎できる期間はすでに過ぎており、出産を余儀なくされた。


 父親の両親はゼンを引き取ることを提案したが、母親はそれを強く拒否した。慰謝料を受け取ると、生まれたばかりの赤子を連れて行方をくらませたのだ。


 母親はやがて別の男と結婚。しかし男は粗暴で嫉妬深く、ゼンを毛嫌いした。特に父親の魔力を受け継いだことが気に入らないと言って、ゼンが魔法を使おうものなら激しく叱責し、躾と称して暴行を繰り返した。


「そんなよくある……虐待家庭」


 両手をぱっと広げ、何でもないことのようにゼンは話した。


「いや……よくはないでしょう、そんな家……」


 ウィルは続きの言葉が出てこなかった。ウィルの家はごく一般的な家庭だと思う。母親はとにかくウィルに甘くて優しくて、父親は厳しかったけれど、尊敬できる人だった。だから、親から疎まれる気持ちは、正直わからない。


「物置小屋に放置されて死にかけていたところに……叔父さんが来て、ランク家に引き取られた」


「ゼンが十歳の頃だったな」


 ライトはあの時、もっと早くに行動していればよかったと今でも後悔している。


「正直なところ、それまでは私もゼンのことは頭の隅にはあったが、気にかけることはなかった」


 きっかけは、妻だった。ライトの妻はゼンのことは知らず、何かのきっかけで親戚の話になった折に、セイルと同い年の従兄弟がどこかにいると話した。妻は父親の人脈と財力を駆使し、ゼンを探し出した。そして彼の置かれた境遇を知ると、断固として引き取るべきだと言い張ったのである。それが、十年前の話。


「取り敢えず、そのクソババアとクソジジイに殴り込みに行く?」


 拳を握り締めて立ち上がるラリィ。


「いや……本当に大丈夫だ」


 ちょっと乗り気で立ち上がりかけたライトを手で制するゼン。


「金には困っていない。別に構わない」


「銅貨一枚たりとも、やる必要はないがな」


 不機嫌そうなセイルに、ゼンは困ったように頭を掻く。


「俺は、ランク家に来てから……幸せだった。叔父さんも、叔母さんも、俺を本当の子供のように扱ってくれた。今も……こうやって、俺の代わりに怒ってくれている」


「ゼン……」


「だから、もう充分。あの人たちには……何の感情も、ありません」


 もう覚えていないけれど、遠い昔は母親に愛されることを望んでいた気がする。手を繋いで歩く親子を羨ましいと思った気がする。しかしそんな想いを遥かに超えるほどの愛情を、ランク家では貰った。


「くっ……! なんていい子なんだ! 健気だなぁ、可愛いなぁ!」


 ゼンに頬擦りする勢いで抱きしめるライトを、ウィルは心底気持ちが悪いものを見る目で見る。


「おっさん……いつもとキャラ違くね?」


「プライベートでは、いつもこんな感じだ」


 ゼンはされるがままである。


「ランク家の人間は……いい意味で頭がおかしい」


「俺はそこに含むなよ」


「いい意味なのに……」


 セイルは煙草の煙を吐きながら、やや自嘲気味に薄く笑う。


「お前の方が、本物のランク家の人間みたいだな」


「……セイル」


 ライトは少し悲しそうな目をセイルに向けたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「なんだ、嫉妬か! セイルも私の可愛い息子だ。ほれ、昔のように高い高いしてやろうか?」


「とっとと帰れ!」


 セイルはライトを追い出し、その日の夜は更けていった。





               

 ――そして翌日、冒頭に繋がる。


 ゼンはゆっくりと地面に置かれた首に近付いていき、血で顔に張り付いた髪を指先で払った。苦悶の表情で歪んだその顔は、間違いなく昨日喫茶店で見た顔。隣の男は、十年前に何度も自分を痛めつけた義父である。


「ゼン! 一体何が――」


 騒ぎを聞いて駆けつけたライトが、首の前にしゃがんでいるゼンを見つけた。


「……部隊長。これ……」


「っ!?」


 ライトもまた、見覚えのある顔に絶句する。ゼンの目を覆うべきか、大衆の目から首を隠すべきか、一瞬迷った。


「――ウィル! ゼンを連れてこの場を離れてくれ」


 人だかりの中にウィルの姿を見つけて、呼び付ける。


「ゼンのご両親だ」


「え……」


 恐る恐る近付いてきたウィルは、その一言を聞いて強くゼンの手を引いた。


「ウィル……大丈夫だ」


「いや、大丈夫じゃ……ないでしょ」


「ウィルは班長に事情を説明しておいてくれ。ゼンはこのまま部屋で待機。恐らく警察の事情聴取があるだろう」


 ウィルはゼンの手を引いて、足早に寮の中に入って行った。どう声を掛けたらいいかわからず、無言で階段を上がっていく。


「……弥月、だろうか」


「え?」


「さっきの、あれ」


 言われてみれば、こんなこと普通ではない。明らかにゼンの両親だとわかっていて、あの場所に晒したのに違いない。


「冷静ですね……」


「……」


「家庭環境は違うとは思いますけど、俺は親が死んだ時、何も考えられなかったから」


「……」


 ゼンは部屋までの廊下を歩きながら、黙考する。この場合、どういう感情が普通なのだろうか。


 悲しむ? 怒る? それとも、死んだことを喜ぶものだろうか。


「何も感じないな……」


 ぽつりと呟いて部屋の鍵を開けるゼンの背中を、ウィルは無言で見守る。そして部屋に入ったゼンがドアを閉じる寸前、口を開く。


「……ゼン先輩、ちょっと待って」


「?」


 ウィルは隣の自室に入り、猫を抱えて出て来た。


「俺、戻ってリズ先輩に報告してから仕事に戻るんで」


「ああ……?」


 猫をゼンに押し付け、ウィルは小走りで来た道を戻って行った。


「ミャァ」


 人懐っこい猫は、ゼンの首元に顔を擦り付けてくる。猫の体は、温かい。


「……俺は、十五歳に気を遣われたのか……」


 部屋の中に入り、ソファに座ってしばらく猫の背中を撫でていた。やがて膝の上で眠ってしまった猫の寝息を聞いていると、不思議と穏やかな気持ちになってくる。動物は会話をしなくていいから、楽だ。

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