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I'll  作者: ままはる
第四章
43/114

43.空洞の獣②

⭐︎


「由利ー?」


 海斗はリズの部屋のドアをノックした。


 しばらく食堂でひとり悶々としていたのだが、とにもかくにもリズの近くにいたいと思い至り、部屋を訪ねてきたのだ。しかし部屋の中から返事はない。


「由利? いる?」


 まさか樹海に行った彼らを追ったのだろうかと、海斗は思わず部屋のノブを回す。


 鍵は掛かっていない。


「入るよー? 由利、いないの?」


 部屋の中を見渡す。そしてその一角に、リズの姿を見つけた。


「由利、どうし――」


 声を掛けようと近づいて初めて、リズの様子に気が付いた。


 両手で頭を抱えるようにして耳を塞ぎ、ガタガタと震えている。


「ど、どうしたんだ!? 何かあった?」


 海斗の手が肩に触れると、リズは大きく体を揺らして逃げた。


「……たすけ……助けて……」


 リズの目に海斗は映っていない。どこか虚空を見つめたまま、助けてと繰り返す。


「由利! 由利!」


「もう、やめてよ……っ」


「しっかりしろ!」


 手を掴み、正面からリズの目を見る。


「あ……海斗……」


 目の焦点が合った。しかし震えは止まらず、苦痛の表情は消えない。


「由利、何があったんだ? なんでそんな……」


「わから……ない……! わからない……けど……っ」


 胸が苦しい。辛くて、辛くて、消えてしまいたい。


 頭の僅かに冷静な部分は、これは弥月の力のせいなのだと理解している。全部幻で、今起きていることではないと、わかっている。しかしその冷静さを凌駕するほどの辛い記憶と感情が、リズを襲う。頭の中で嫌になるほど何度も、リアルに。


 他人から浴びせられた心無い言葉も、冷たい目も、身体を弄ばれることも、もう慣れたはずだった。何も感じなくなっていたはずだった。それなのに、こんなにも悲しくて、痛くて、怖い。


「助けて……嫌だっ! 嫌だ、来ないで……っ!」


 幻聴と幻覚に苦しみ喘ぐリズを、海斗は抱き止める。


「大丈夫! 大丈夫だよ、由利!」


 海斗も、リズの様子が尋常ではないと知る。


「俺はどうしたらいい? あのサムライたちに報せに行こうか? それとも由利のそばにいた方がいい?」


 感情の波に押し潰されないように、リズは海斗の背中に爪を立てて冷静な自分を呼び起こす。


「連れて……行って……!」


 これが弥月の力のせいだとしたら、樹海にいる魔物にも関係しているはず。ウィルたちが危険かもしれない。


 海斗はリズと、窓の外に見える樹海とを見た。


「……わかった。行こう」


⭐︎


「アァァアア゛!!」


 吠える獣の前脚の爪が、セイルの左腕に深く食い込んだ。しかしセイルは顔を少し顰めただけで、それには構わない。顔の穴に触れないように体を低くして、獣の腹を思い切り蹴り上げる。そして短剣を首元に突き刺した。


 だが刃は、獣の皮膚を通さない。


「ちっ! お前らの剣しか通用しないのか!」


 雷撃がセイルを狙う。飛び退って獣と距離を取った。


「……お前は本当に心臓に悪い戦い方をする……」


 ゼンはセイルの左腕を見遣る。傷は深いが致命傷ではなさそうだ。


「これ以上大きくなる前に倒したいですね」


 ウィルたちが遠巻きに眺めている間に、獣の体長は優に二メートルを超えた。幸いにも一定の距離を開けておけば、今のところ向こうから攻撃をしてくることはない。かといって、あのブラックホールを放置しておくこともできない。


「守護剣が必要なら、リズ先輩呼んできましょう! 馬を走らせれば――」


「リズは今日は有給休暇! ウィルとゼンでどうにかするんだよ!」


「無茶苦茶じゃないですか……」


 ラリィをジト目で睨んでから、ウィルはゼンと目線を合わせた。小さく頷き合うと、ゼンは魔法式を唱える。


「……【rai】」


 魔法の稲妻が迸る。獣は機敏に反応すると、顔の穴で稲妻を吸い込んだ。立て続けに、二度、三度。獣が魔法を吸い込んでいる隙に、ウィルが守護剣を構えて走る。


 黒い雷がウィルを狙って出現した。直撃を避けながら、獣との距離を縮めていく。


「……っ!」


 ウィルが正面に躍り出た。ブラックホールがウィルの眼前に迫り――獣のすぐ後ろで、ゼンが剣を振りかざす。


 だが獣は瞬時に体勢を変えると、今までよりも強い雷をゼンに向かって放出した。


「ぐ……っ!」


 寸前で体を捻り、雷を守護剣で受ける。刀身がビリビリと痺れ、思わず手を離した。


 地面に落ちた守護剣を吸い込もうと獣が動く前に、剣を紋章に戻して回収する。


 ウィルはその隙に後ろ首を斬ろうと動いたが、鞭のようにしなる尻尾に振り払われて近寄れない。


「ゼン! 大丈夫か!?」


「ああ……問題ないが……」


 獣から離れたゼンにラリィが駆け寄った。ゼンの両腕は痺れていて、しばらく剣は握れそうにない。


「ゼンが回復するまで待つか……」


 苦々しくセイルがそう言った時、遠くから声が聞こえた。


「おーい! サムライどもー!」


「あの馬鹿、また入ってきやがった!」


 海斗の声に、ウィルは思わず悪態をついた。

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