43.空洞の獣②
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「由利ー?」
海斗はリズの部屋のドアをノックした。
しばらく食堂でひとり悶々としていたのだが、とにもかくにもリズの近くにいたいと思い至り、部屋を訪ねてきたのだ。しかし部屋の中から返事はない。
「由利? いる?」
まさか樹海に行った彼らを追ったのだろうかと、海斗は思わず部屋のノブを回す。
鍵は掛かっていない。
「入るよー? 由利、いないの?」
部屋の中を見渡す。そしてその一角に、リズの姿を見つけた。
「由利、どうし――」
声を掛けようと近づいて初めて、リズの様子に気が付いた。
両手で頭を抱えるようにして耳を塞ぎ、ガタガタと震えている。
「ど、どうしたんだ!? 何かあった?」
海斗の手が肩に触れると、リズは大きく体を揺らして逃げた。
「……たすけ……助けて……」
リズの目に海斗は映っていない。どこか虚空を見つめたまま、助けてと繰り返す。
「由利! 由利!」
「もう、やめてよ……っ」
「しっかりしろ!」
手を掴み、正面からリズの目を見る。
「あ……海斗……」
目の焦点が合った。しかし震えは止まらず、苦痛の表情は消えない。
「由利、何があったんだ? なんでそんな……」
「わから……ない……! わからない……けど……っ」
胸が苦しい。辛くて、辛くて、消えてしまいたい。
頭の僅かに冷静な部分は、これは弥月の力のせいなのだと理解している。全部幻で、今起きていることではないと、わかっている。しかしその冷静さを凌駕するほどの辛い記憶と感情が、リズを襲う。頭の中で嫌になるほど何度も、リアルに。
他人から浴びせられた心無い言葉も、冷たい目も、身体を弄ばれることも、もう慣れたはずだった。何も感じなくなっていたはずだった。それなのに、こんなにも悲しくて、痛くて、怖い。
「助けて……嫌だっ! 嫌だ、来ないで……っ!」
幻聴と幻覚に苦しみ喘ぐリズを、海斗は抱き止める。
「大丈夫! 大丈夫だよ、由利!」
海斗も、リズの様子が尋常ではないと知る。
「俺はどうしたらいい? あのサムライたちに報せに行こうか? それとも由利のそばにいた方がいい?」
感情の波に押し潰されないように、リズは海斗の背中に爪を立てて冷静な自分を呼び起こす。
「連れて……行って……!」
これが弥月の力のせいだとしたら、樹海にいる魔物にも関係しているはず。ウィルたちが危険かもしれない。
海斗はリズと、窓の外に見える樹海とを見た。
「……わかった。行こう」
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「アァァアア゛!!」
吠える獣の前脚の爪が、セイルの左腕に深く食い込んだ。しかしセイルは顔を少し顰めただけで、それには構わない。顔の穴に触れないように体を低くして、獣の腹を思い切り蹴り上げる。そして短剣を首元に突き刺した。
だが刃は、獣の皮膚を通さない。
「ちっ! お前らの剣しか通用しないのか!」
雷撃がセイルを狙う。飛び退って獣と距離を取った。
「……お前は本当に心臓に悪い戦い方をする……」
ゼンはセイルの左腕を見遣る。傷は深いが致命傷ではなさそうだ。
「これ以上大きくなる前に倒したいですね」
ウィルたちが遠巻きに眺めている間に、獣の体長は優に二メートルを超えた。幸いにも一定の距離を開けておけば、今のところ向こうから攻撃をしてくることはない。かといって、あのブラックホールを放置しておくこともできない。
「守護剣が必要なら、リズ先輩呼んできましょう! 馬を走らせれば――」
「リズは今日は有給休暇! ウィルとゼンでどうにかするんだよ!」
「無茶苦茶じゃないですか……」
ラリィをジト目で睨んでから、ウィルはゼンと目線を合わせた。小さく頷き合うと、ゼンは魔法式を唱える。
「……【rai】」
魔法の稲妻が迸る。獣は機敏に反応すると、顔の穴で稲妻を吸い込んだ。立て続けに、二度、三度。獣が魔法を吸い込んでいる隙に、ウィルが守護剣を構えて走る。
黒い雷がウィルを狙って出現した。直撃を避けながら、獣との距離を縮めていく。
「……っ!」
ウィルが正面に躍り出た。ブラックホールがウィルの眼前に迫り――獣のすぐ後ろで、ゼンが剣を振りかざす。
だが獣は瞬時に体勢を変えると、今までよりも強い雷をゼンに向かって放出した。
「ぐ……っ!」
寸前で体を捻り、雷を守護剣で受ける。刀身がビリビリと痺れ、思わず手を離した。
地面に落ちた守護剣を吸い込もうと獣が動く前に、剣を紋章に戻して回収する。
ウィルはその隙に後ろ首を斬ろうと動いたが、鞭のようにしなる尻尾に振り払われて近寄れない。
「ゼン! 大丈夫か!?」
「ああ……問題ないが……」
獣から離れたゼンにラリィが駆け寄った。ゼンの両腕は痺れていて、しばらく剣は握れそうにない。
「ゼンが回復するまで待つか……」
苦々しくセイルがそう言った時、遠くから声が聞こえた。
「おーい! サムライどもー!」
「あの馬鹿、また入ってきやがった!」
海斗の声に、ウィルは思わず悪態をついた。




